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第437話 マスター達からの指示。知ってしまったクマちゃん。

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 クマちゃんはそれを聞いて、ハッとした。
 まちゃかクマちゃんは……と。



 赤子よりも先に目覚めてしまったせいで闇に落ちかけていた商隊長は、もこもこした光を見つけたことでふたたび幸せを取り戻した。
 そんなひとりと一匹が現実世界で最初にしたことは――。

『朝になったら起こす』という約束を果たすことであった。



 まずは商隊長が幸福に満ちた表情で、夜の森にそっと横たわる。

 と同時に、リオの肯定的ではない声が闇夜に響く。「えぇ……」

 次に、商隊長のお腹の上に座っているクマちゃんが「クマちゃ……」と移動を開始する。
 暗いせいで少々軌道がずれ、短い棒のようなあんよがヨチ……! と脇腹を踏みつけるが、ニコニコ顔の商隊長にダメージはなく、寝たふりをしたまま体の上にもふ……と戻した。

「クマちゃ、クマちゃ……」
『商隊長ちゃ、朝ちゃ……』

 商隊長ちゃん、朝でちゅよ……、起きるお時間でちゅよ……。

「……ああ、なんだか凄く愛らしい声が聞こえるな。可愛すぎてもっと聞きたくなってしまう。……もう一度声をかけてくれたら起きられるかもしれん」

「クマちゃーん」
『ちょうちゃいちょうちゃーん』

 雲が月を遮り、地面で大小の影がうごめく。

「何言ってんのこの人。俺ら何見せられてんの」

 謎めいた光景に、かすれた風が不満をささやいた。

 闇に包まれた森。
 仰向けで寝たふりを続ける美青年と、その顔を猫手でテチテチする白い影――。

「クマちゃ、クマちゃ……」
『起きるちゃ、あちゃちゃん……』

「もうそんな時間か。こんなに愛らしい子猫に起こしてもらえるなんて……私は幸せ者だな。……ありがとうクゥ。明日も私を起こしてくれるか?」

「どうみても朝ではないでしょ」と暗闇で余計な口を利いた男は、夜でも派手な男と尖った氷を持った男の手で速やかに処理された。

「クマちゃ」

「はは、そうか。起こしてくれるのか。明日も楽しみだな」

 彼らはとても幸せそうだった。

 リオは派手で力の強い男の手で物理的な口封じをされながら『これ森でやる必要なくね?』『何でみんな黙ってみてんの』『色々おかしいでしょ』という複雑な想いを抱えつつ、大人しく一人と一匹を見守った。



 カサ――。
 
 草を踏む音が微かに聞こえ、王都からの客達が視線を向ける。
 姿を見せたのは冒険者ギルドのマスターである渋い男と、暗い場所が良く似合う悪役顔の商業ギルドマスターであった。

「あ~、落ち着いたなら話を聞きたいんだが……まずは街に入れるか試してもらえるか」

 片方の手をズボンのポケットに入れ、渋い男が顔をしかめて佇んでいる。

 疲れの滲むその声には、男が聞いてもあこがれる深みと艶があった。
 命令というほど強い言葉は使っていないのに、不思議と『彼の言うことを聞かねば』という気にさせられる。そうするのが当然であるように思えた。

 酒場のマスターを彷彿させる服装をしている彼からは、只者ではないことが一目で伝わってきた。

 王都の冒険者は相手を不快にさせぬ程度にチラと彼を観察し、それによって『美女に言い寄られても軽く苦笑してあしらいそうだな……』という、森の街の人間が聞けば『よく分かったな』と答えるであろう印象を抱いた。

 森が暗いせいか、王都でも有名人であるリカルドの異様な若返りについては言及されずに済んだ。

 ロープで縛られた商人達は「この街には美形しか住めないのか……」と、小さな声で呟き、そんな自分にますます悲しくなったが、打ちひしがれているうちにロープをほどかれ、ちょっとだけ癒された。

『手付きが優しい……』と。


 
 まるで何事もなかったように歩いて結界を超えた彼らに、悪役顔の美形が告げる。

「では、商業ギルドで話を……いえ、その前に子猫を彼らに返してください。幼子に聞かせる話ではないでしょう」

 リカルドは視線をとある商人のおさげに向けないように気を付けつつ、ホワイトスープよりも顔で王都を騒がせそうな商隊長の手元を見た。

 もこもこした天使のような生き物が、つぶらな瞳でリカルドを見上げ、肉球を見せている。

「……くっ!!」

 リカルドは心臓にナイフを突き立てられた悪役のような表情で、苦し気な声を漏らした。
「……愛らしすぎる……!」

 そして再会できたばかりの子猫と早々に引き離されそうな商隊長は、ふたたび絶望し、うつろな目になった。

「この世に神などいない……」

「ちょっとおっさん不吉なこというのやめてくんない?」

 なんてことをいうのか。
 森には神聖な生き物が多く住んでいるのだ。これだから王都の人間は。

 普段は神など信じていないような顔をしているリオでも、神秘的な生き物の存在を疑うような発言はしない。
 
 そんなリオの言葉に反応したのは、王都の冒険者であった。

「なぁ、さっきから気になってたんだが。アンタらってもしかして、エルフなのか?」

「いやどっからどうみても人間でしょ。つーか何でエルフだと思うわけ?」

「うーん。たまに言われるのだけれど、本当に不思議だね。耳を隠しているわけでもないのに。……もしかすると、僕たちの知るエルフ族と、王都に住む君達の認識には違いがあるのかな」

 あちこちに付けられた色鮮やかで優美な羽飾り。青くきらめく髪。浮世離れした容姿。
 全身に装飾品を纏ったウィルが首を傾げると、繊細な鎖が擦れる音がシャラ――と響いた。

「…………」王都の冒険者は『だから、そういうところだろうが……』という言葉をなんとか飲み込み、自分の知っているエルフ像について語った。

「たしかにアンタらにはエルフがもつ特徴的な耳はないし、特別肌が白いわけでもねぇけどな。やたらと綺麗な顔も長身で細身なのに馬鹿みてぇに強いつえーとこも、街ごと覆う規格外な結界も、どれも普通の人間ならありえねーだろ。髪の毛だって妙にキラキラしてるしな。他の国の奴らが見たって『エルフじゃねぇか』って疑うと思うぜ」

 それを聞いたクマちゃんはハッとした表情で、もこもこしたお口を押さえた。

 特徴的な耳――。

 特別白い肌――。

 やたらと綺麗な顔――。

 長身で細身――。

 バカみたいに強い――。

 街を覆う結界の製作者――。

 髪の毛が妙にキラキラしている――。


『エルフじゃねぇか』


「クマちゃ……」
『エルフちゃ……』

 まちゃか、クマちゃんはエルフちゃんだったのでちゅか……?

 クマちゃんはエルフ――!!!

 爆弾発言を聞いた精鋭達は動揺し、激しくせき込んだ。
『ま、まさか……!!』『馬鹿な……!!』と。

「ふさふさしすぎじゃね?」

 といったリオの口はまたしても派手な男と氷塊を持った死神にふさがれることとなった。
 余計なことを言う男の口には氷塊を――。

 もこもこした赤ちゃんを傷つけることは絶対に許されないのだ。
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