上 下
431 / 444

第431話 赤子には難しいお話。とにかく優しいクマちゃん。森の街の冒険者とルーク様の強さについての考察。

しおりを挟む
 ハッとしたクマちゃんは急いでそれを届けた。
 どうぞ、と。



 人形姿の精鋭達が、掲示板の映像からふっ――と消え、ふたたび現れた。
 人ならざる魔王のごとく能力も容姿も図抜けているルークはもちろんのこと、リオ達、冒険者達にはすべて見えていたが、ヨチヨチ歩きの赤ん坊であり、性格も動作もおっとりしているクマちゃんにはまったく見えていなかった。

 精鋭達は王都からの客(あるいは迷惑客)を、気配を絶ったまま瞬時に囲ったのだ。
 
 人形劇の中心に立つ商隊の護衛の頭上には『……』と、音の鳴らない吹き出しが浮かんでいた。
 続けて、優秀そうな王都の冒険者の頭上に、色の薄い吹き出しも現れる。
 
『おいおい、バケモンだらけかよ……。Sランク……いや、それ以上か……。囲まれてんな……。殺気は感じねぇが、こんな状況そうそうねぇぞ。おっさん達いったい何をやったんだ? ……先に言っておく。万が一戦うことになったら、アンタらをかばい切れねぇ。戦力に差がありすぎる』

 それを見たリオは顔を歪めた。

「うわ……小声の会話まで拾うんだこれ……」

 内緒話まで丸見えとは、なんて恐ろしい魔道具だろうか。それとも猫と同じで掲示板も耳がいいのか。

 彼が気になったのは『Sランク』などという森の街の冒険者にとっては何の意味も持たないそれではない。

『クマちゃんの作る魔道具は反則すぎる』ということだ。

『ルーク』という真の化け物――まるで本物の魔王のような『世界最強』を知っている彼らには、自分達が『Sランク』になっても、幻の『SSランク』へ到達しても、Sが三つ、四つ、と増えても、決して威張れるようなものではなかった。
 いちいち祝う気にも、王都のギルドへ報告する気にもならなかった。

 世の冒険者達のあこがれである『S』をいくつ並べようとも、『ルーク』という高みには誰も近付けない。『SSSS――』と書かれたカードを握りしめ、地上から太陽を見上げて、それがいったい何になる。あまりの馬鹿馬鹿しさに鼻で笑ってしまう。

 そんな暇があるなら大型モンスターを一匹でも多く狩るべきだ。

 クマちゃんと会う前から超人的というより厄災のように強かった男は、世界一愛くるしい生き物との出会いでさらに強くなってしまった。
 たとえSランク百人で襲い掛かっても、ルークなら一瞬で無力化してしまうだろう。呼吸をするのと変わらぬ、ごくわずかな労力で。
 彼の持つ力とは、そういう次元の強さなのだ。

 ――『ルークの結界』で護られたクマちゃんでも同じことができるのでは……という恐ろしいそれについて、リオは一切ふれないことにした。
 爪の先すら丸い我が子は、人間に武器を向けたりしないのだ。謎の棒でSランク冒険者をつついてまわるようなことをするはずがない。
 
 精鋭達を『バケモン』と評する男が『伝説級の武器』を持った『魔王』を見たら何というのか。
 そんな考えがリオの頭を一瞬過ぎったが、すぐに首を振った。
 
 今は余計なことに気をとられている場合ではない。
 純粋な我が子が人間同士の争いを見てしまわぬよう、どうにかしてクマちゃんの気を逸らさねば。

 新米ママがジュースの入った哺乳瓶に思いを馳せているあいだにも、掲示板の中では人形劇が進行していた。

「え、Sランク以上だと……?! そ、そんな冒険者がこんな辺鄙な場所にいるはずがないだろう。それだけ強ければ王都へ行って貴族や王族と知り合おうとするに決まっている! でたらめを言うな! それにお前もSランクだというから高い金を払ったんだぞ! 何か凄い特技でもあるんだろう! 実は一発でババーンと敵を蹴散らすような魔道具を持っていたりするんじゃないのか?!」

「……あのなぁ、『敵』になるかどうかはこっちの出方次第だろ。アンタは知らないみてぇだが、冒険者ってのは色々と決まりがあるんだ。特別な事情がないかぎり人間相手に本気で武器を向けることはねぇ。……たとえば、おっさん達が『過ち』でも犯していない限りな」  


 たくさんの文字をいっぺんに読めないクマちゃんは、その一部に着目し、ハッとした。
 遠くから来た怪しいお客ちゃんは『一発』で『ババーン』とできる凄いアレを貸してほしいらしい。
  
 心優しいクマちゃんはごそごそ! と鞄を漁ると、掲示板を通して急いでそれを送った。

「クマちゃ……」

 どうぞ、と。

 ほぼ全員が見つめる掲示板のなか、キーキー騒いでいる商隊長の足元に、ぽと、と何かが落ちる。

 それは、土台が黄色と黒のシマシマ模様で、黒いボタンの上に白いドクロの絵が描かれた、押して使う魔道具のようだった。
 
 リオは言った。

「何あのクソガキのおもちゃみたいなスイッチ」
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない… そんな中、夢の中の本を読むと、、、

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

異世界でドラゴニュートになってのんびり異世界満喫する!

ファウスト
ファンタジー
ある日、コモドドラゴンから『メダル』を受け取った主人公「龍河 由香」は 突然剣と魔法の世界へと転移してしまった。 メダルは数多の生物が持つことを許される異世界への切符で・・・! 伝説のドラゴン達の加護と武具を受けて異世界大冒険!だけど良く見たら体が?! 『末永く可愛がる為って・・・先生、愛が重いです』 ドラゴニュートに大変身!無敵のボディを駆使して異世界を駆け巡る! 寿命が尽きたら元の世界に戻れるって一体何年?ええっ!千年以上?! ドラゴニュートに変身した少女が異世界を巡ってドラゴン達を開放したり 圧倒的な能力で無双しつつ尊敬を集めたりと異世界で自由にするお話。 ※タイトルを一部変更しました。ですがこれからの内容は変えるつもりありません。 ※現在ぱパソコンの破損により更新が止まっています

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

迷い人と当たり人〜伝説の国の魔道具で気ままに快適冒険者ライフを目指します〜

青空ばらみ
ファンタジー
 一歳で両親を亡くし母方の伯父マークがいる辺境伯領に連れて来られたパール。 伯父と一緒に暮らすお許しを辺境伯様に乞うため訪れていた辺境伯邸で、たまたま出くわした侯爵令嬢の無知な善意により 六歳で見習い冒険者になることが決定してしまった! 運良く? 『前世の記憶』を思い出し『スマッホ』のチェリーちゃんにも協力してもらいながら 立派な冒険者になるために 前世使えなかった魔法も喜んで覚え、なんだか百年に一人現れるかどうかの伝説の国に迷いこんだ『迷い人』にもなってしまって、その恩恵を受けようとする『当たり人』と呼ばれる人たちに貢がれたり…… ぜんぜん理想の田舎でまったりスローライフは送れないけど、しょうがないから伝説の国の魔道具を駆使して 気ままに快適冒険者を目指しながら 周りのみんなを無自覚でハッピーライフに巻き込んで? 楽しく生きていこうかな! ゆる〜いスローペースのご都合ファンタジーです。 小説家になろう様でも投稿をしております。

処理中です...