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第431話 赤子には難しいお話。とにかく優しいクマちゃん。森の街の冒険者とルーク様の強さについての考察。
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ハッとしたクマちゃんは急いでそれを届けた。
どうぞ、と。
◇
人形姿の精鋭達が、掲示板の映像からふっ――と消え、ふたたび現れた。
人ならざる魔王のごとく能力も容姿も図抜けているルークはもちろんのこと、リオ達、冒険者達にはすべて見えていたが、ヨチヨチ歩きの赤ん坊であり、性格も動作もおっとりしているクマちゃんにはまったく見えていなかった。
精鋭達は王都からの客(あるいは迷惑客)を、気配を絶ったまま瞬時に囲ったのだ。
人形劇の中心に立つ商隊の護衛の頭上には『……』と、音の鳴らない吹き出しが浮かんでいた。
続けて、優秀そうな王都の冒険者の頭上に、色の薄い吹き出しも現れる。
『おいおい、バケモンだらけかよ……。Sランク……いや、それ以上か……。囲まれてんな……。殺気は感じねぇが、こんな状況そうそうねぇぞ。おっさん達いったい何をやったんだ? ……先に言っておく。万が一戦うことになったら、アンタらをかばい切れねぇ。戦力に差がありすぎる』
それを見たリオは顔を歪めた。
「うわ……小声の会話まで拾うんだこれ……」
内緒話まで丸見えとは、なんて恐ろしい魔道具だろうか。それとも猫と同じで掲示板も耳がいいのか。
彼が気になったのは『Sランク』などという森の街の冒険者にとっては何の意味も持たないそれではない。
『クマちゃんの作る魔道具は反則すぎる』ということだ。
『ルーク』という真の化け物――まるで本物の魔王のような『世界最強』を知っている彼らには、自分達が『Sランク』になっても、幻の『SSランク』へ到達しても、Sが三つ、四つ、と増えても、決して威張れるようなものではなかった。
いちいち祝う気にも、王都のギルドへ報告する気にもならなかった。
世の冒険者達のあこがれである『S』をいくつ並べようとも、『ルーク』という高みには誰も近付けない。『SSSS――』と書かれたカードを握りしめ、地上から太陽を見上げて、それがいったい何になる。あまりの馬鹿馬鹿しさに鼻で笑ってしまう。
そんな暇があるなら大型モンスターを一匹でも多く狩るべきだ。
クマちゃんと会う前から超人的というより厄災のように強かった男は、世界一愛くるしい生き物との出会いでさらに強くなってしまった。
たとえSランク百人で襲い掛かっても、ルークなら一瞬で無力化してしまうだろう。呼吸をするのと変わらぬ、ごくわずかな労力で。
彼の持つ力とは、そういう次元の強さなのだ。
――『ルークの結界』で護られたクマちゃんでも同じことができるのでは……という恐ろしいそれについて、リオは一切ふれないことにした。
爪の先すら丸い我が子は、人間に武器を向けたりしないのだ。謎の棒でSランク冒険者をつついてまわるようなことをするはずがない。
精鋭達を『バケモン』と評する男が『伝説級の武器』を持った『魔王』を見たら何というのか。
そんな考えがリオの頭を一瞬過ぎったが、すぐに首を振った。
今は余計なことに気をとられている場合ではない。
純粋な我が子が人間同士の争いを見てしまわぬよう、どうにかしてクマちゃんの気を逸らさねば。
新米ママがジュースの入った哺乳瓶に思いを馳せているあいだにも、掲示板の中では人形劇が進行していた。
「え、Sランク以上だと……?! そ、そんな冒険者がこんな辺鄙な場所にいるはずがないだろう。それだけ強ければ王都へ行って貴族や王族と知り合おうとするに決まっている! でたらめを言うな! それにお前もSランクだというから高い金を払ったんだぞ! 何か凄い特技でもあるんだろう! 実は一発でババーンと敵を蹴散らすような魔道具を持っていたりするんじゃないのか?!」
「……あのなぁ、『敵』になるかどうかはこっちの出方次第だろ。アンタは知らないみてぇだが、冒険者ってのは色々と決まりがあるんだ。特別な事情がないかぎり人間相手に本気で武器を向けることはねぇ。……たとえば、おっさん達が『過ち』でも犯していない限りな」
たくさんの文字をいっぺんに読めないクマちゃんは、その一部に着目し、ハッとした。
遠くから来た怪しいお客ちゃんは『一発』で『ババーン』とできる凄いアレを貸してほしいらしい。
心優しいクマちゃんはごそごそ! と鞄を漁ると、掲示板を通して急いでそれを送った。
「クマちゃ……」
どうぞ、と。
ほぼ全員が見つめる掲示板のなか、キーキー騒いでいる商隊長の足元に、ぽと、と何かが落ちる。
それは、土台が黄色と黒のシマシマ模様で、黒いボタンの上に白いドクロの絵が描かれた、押して使う魔道具のようだった。
リオは言った。
「何あのクソガキのおもちゃみたいなスイッチ」
どうぞ、と。
◇
人形姿の精鋭達が、掲示板の映像からふっ――と消え、ふたたび現れた。
人ならざる魔王のごとく能力も容姿も図抜けているルークはもちろんのこと、リオ達、冒険者達にはすべて見えていたが、ヨチヨチ歩きの赤ん坊であり、性格も動作もおっとりしているクマちゃんにはまったく見えていなかった。
精鋭達は王都からの客(あるいは迷惑客)を、気配を絶ったまま瞬時に囲ったのだ。
人形劇の中心に立つ商隊の護衛の頭上には『……』と、音の鳴らない吹き出しが浮かんでいた。
続けて、優秀そうな王都の冒険者の頭上に、色の薄い吹き出しも現れる。
『おいおい、バケモンだらけかよ……。Sランク……いや、それ以上か……。囲まれてんな……。殺気は感じねぇが、こんな状況そうそうねぇぞ。おっさん達いったい何をやったんだ? ……先に言っておく。万が一戦うことになったら、アンタらをかばい切れねぇ。戦力に差がありすぎる』
それを見たリオは顔を歪めた。
「うわ……小声の会話まで拾うんだこれ……」
内緒話まで丸見えとは、なんて恐ろしい魔道具だろうか。それとも猫と同じで掲示板も耳がいいのか。
彼が気になったのは『Sランク』などという森の街の冒険者にとっては何の意味も持たないそれではない。
『クマちゃんの作る魔道具は反則すぎる』ということだ。
『ルーク』という真の化け物――まるで本物の魔王のような『世界最強』を知っている彼らには、自分達が『Sランク』になっても、幻の『SSランク』へ到達しても、Sが三つ、四つ、と増えても、決して威張れるようなものではなかった。
いちいち祝う気にも、王都のギルドへ報告する気にもならなかった。
世の冒険者達のあこがれである『S』をいくつ並べようとも、『ルーク』という高みには誰も近付けない。『SSSS――』と書かれたカードを握りしめ、地上から太陽を見上げて、それがいったい何になる。あまりの馬鹿馬鹿しさに鼻で笑ってしまう。
そんな暇があるなら大型モンスターを一匹でも多く狩るべきだ。
クマちゃんと会う前から超人的というより厄災のように強かった男は、世界一愛くるしい生き物との出会いでさらに強くなってしまった。
たとえSランク百人で襲い掛かっても、ルークなら一瞬で無力化してしまうだろう。呼吸をするのと変わらぬ、ごくわずかな労力で。
彼の持つ力とは、そういう次元の強さなのだ。
――『ルークの結界』で護られたクマちゃんでも同じことができるのでは……という恐ろしいそれについて、リオは一切ふれないことにした。
爪の先すら丸い我が子は、人間に武器を向けたりしないのだ。謎の棒でSランク冒険者をつついてまわるようなことをするはずがない。
精鋭達を『バケモン』と評する男が『伝説級の武器』を持った『魔王』を見たら何というのか。
そんな考えがリオの頭を一瞬過ぎったが、すぐに首を振った。
今は余計なことに気をとられている場合ではない。
純粋な我が子が人間同士の争いを見てしまわぬよう、どうにかしてクマちゃんの気を逸らさねば。
新米ママがジュースの入った哺乳瓶に思いを馳せているあいだにも、掲示板の中では人形劇が進行していた。
「え、Sランク以上だと……?! そ、そんな冒険者がこんな辺鄙な場所にいるはずがないだろう。それだけ強ければ王都へ行って貴族や王族と知り合おうとするに決まっている! でたらめを言うな! それにお前もSランクだというから高い金を払ったんだぞ! 何か凄い特技でもあるんだろう! 実は一発でババーンと敵を蹴散らすような魔道具を持っていたりするんじゃないのか?!」
「……あのなぁ、『敵』になるかどうかはこっちの出方次第だろ。アンタは知らないみてぇだが、冒険者ってのは色々と決まりがあるんだ。特別な事情がないかぎり人間相手に本気で武器を向けることはねぇ。……たとえば、おっさん達が『過ち』でも犯していない限りな」
たくさんの文字をいっぺんに読めないクマちゃんは、その一部に着目し、ハッとした。
遠くから来た怪しいお客ちゃんは『一発』で『ババーン』とできる凄いアレを貸してほしいらしい。
心優しいクマちゃんはごそごそ! と鞄を漁ると、掲示板を通して急いでそれを送った。
「クマちゃ……」
どうぞ、と。
ほぼ全員が見つめる掲示板のなか、キーキー騒いでいる商隊長の足元に、ぽと、と何かが落ちる。
それは、土台が黄色と黒のシマシマ模様で、黒いボタンの上に白いドクロの絵が描かれた、押して使う魔道具のようだった。
リオは言った。
「何あのクソガキのおもちゃみたいなスイッチ」
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