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第411話 さっぱりすっきりでまったりな焼肉パーティー。穏やかな食事風景。肉で強靭な肉体に――。

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 現在お腹がいっぱいちゃんなクマちゃんは、大好きな彼のお膝でまったりしたり、ちゅめたいデザートをお上品にいただいたりしている。



 まるで海底のような青と白の空間。砂の地面と貝殻のランプ。
 キラキラと煌めくウロコ模様の中央通り。
 空中では熱帯魚やクラゲのランプが、スイスイふわふわと気持ちよさげに泳いでいる。

 幻想的な屋外の宴会場から、男女の明るい笑い声が上がる。

 乳白色と淡い水色の光を放つ、貝殻を模したテーブル席に着いているのは、幸せそうに昼食をとる『お菓子の国の住人達』であった。

 森の中に広がる海底都市をイメージしてつくられたお菓子の国では、現在甘いお菓子とは似ても似つかない『焼肉パーティー』が行われているのだ。

 ジュー……――。

 円卓とテーブル席、あちこちから聞こえる肉と野菜が焼ける音。
 空いた皿がぽん! ぽん! 新しい皿に入れ替わり、そのなかをヨチヨチ、ヨチヨチ、と小さなグラスを抱えた妖精が歩いてくる。

「あ、妖精ちゃんありがとー」

 礼を言ったリオが猫手から受け取ったのは『ウーロンハイちゃん』という未知の飲み物だった。
 ぽん! と軽快な音を立て、おもちゃのような小さなグラスが人間用のそれへと戻る。

「あっつ」焼き上がったばかりの肉を熱に耐えつつ咀嚼したリオは、良く冷えたそれを口元に運び、ぐいと傾けた。

 カラン――。崩れた氷が涼し気な音を立てる。

 彼がごくごくと喉を鳴らすと、喉仏が大きく動いた。

 口からグラスを離し、冷たい吐息を漏らす。
 スッキリとした苦みはすぐに消え、フルーツのような風味と花の香りが鼻腔を通り抜けていった。

 香り高いそれは肉の濃い味と油を洗い流すようにも、さらに旨味を引き立てるようにも感じられた。

「めっっちゃ爽やか。ヤバい俺いま浄化されてる……」

 リオは自身の細胞が突然活性化したような、なんとも不思議な感覚を味わい、少しのあいだ瞳を閉じてそれに身をゆだねた。
 
 食事中だというのに突然瞑想を始めた男を見たウィルが、長いまつ毛をぱさりと動かす。
 
「うーん。全身がきらきらと光っているね。……浄化というより、もしかすると君がいま食べたものが急激に魔力へ変換されているのかもしれない」 
 
 派手な男は涼やかな声でそう言うと、微かに首を傾げた。
 耳元の装飾品がシャラ――と揺れる。

 リオの魔力は目に見えて増え、瞑想を止めたあとも継続して増え続けている。

 通常であれば消化というのはもっとゆっくりと行われるものだ。
 しかしこの様子からすると、カフェ店員妖精の作った『ウーロンハイちゃん』には何か特別な効果が付いているのだろう。

 どんな食材も体内で分解されれば魔力になることに違いはないが、その中でもとりわけ多くの魔力を得られるのが肉だ。
 そのうえ彼らが食べているのは癒しの力を持つクマちゃんが用意した『特別な焼肉』である。

『ミステリアスなシェフ』の願いがこめられた『特別な料理』と『特別な飲み物』。

 相乗効果で全身が輝くのもおかしなことではない。――のかもしれない。

 ルーク達が以前クマちゃんの『野菜ジュース』を飲んだ時も、凄まじい勢いで魔力が増えた。

(たしかあの時のリオは床でごろごろしていて……)

 ウィルは何かを思い出しかけたが、ちょうどそのタイミングで肉がほどよく焼けたため、さほど重要ではない『かつて床に転がっていたリオ』から緊急性の高いそちらへ意識を戻した。

 芸術的で使い勝手のいい『クマちゃんおはしちゃん』で『クマちゃんの真心がこめられた料理』を食す。
 その行為は、彼をとても幸せな気持ちにさせた。

 ――可愛い『クマちゃんおはしちゃん』を直視できぬクライヴは、あちこちでもこもこしている『幸福の象徴』に箸を持つ手を震えさせ、そのたびにヨチヨチ……! と『クマちゃんおはしちゃん』の予備を運んできてくれる妖精ちゃんに心臓をひとつきされていた。

 リオとほぼ同時に『ウーロンハイちゃん』を飲んだ冒険者達も、皆穏やかな表情で目を閉じ、内側から煌めきを放っている。
 が、途中で何かに気が付きカッ! と目を見開いた。

「やべぇ漲ってきた。いやそれより腹減ってきた」
「いま食ってたでしょーが。っていいたいとこだけども……俺もぐんぐん魔力増えてるしまだまだ食えそう。なんだこれ成長期か」

 そうして彼らはより勢いを増して肉を焼き始めた。
 冒険者達との中が深まってきた火加減妖精ちゃんが、可愛い猫かきダンスで肉の焼き時間を短縮してゆく。

 つま先立ちでぷるぷるしながら猫かきをする妖精ちゃんは大層愛らしく、とても健気だった。
「妖精ちゃん……!」感極まった彼らは眼前のもこもこ妖精を抱き上げると、優しくもふもふした。

 当然つられたクマちゃんも愛らしい猫かきを「クマちゃ……!」と披露して、死神と会計をますますぐらぐらさせた。

 そして『ハイボールちゃん』を注文した冒険者達も、シュワー……キラキラー……と飲食物が魔力へ換わり、『そろそろデザートでも……』の状態から『もっとイケる』状態へと体が整えられていった。
 


『さっぱりちゃんですっきりちゃんで爽快ちゃんなお飲み物ちゃん』

 その効果ですっきりしすぎた結果、成長期まっさかりの少年のように『大食らい』なってしまった彼らの前に、丸い壺に入れられた漬け込み肉がヨチヨチと運ばれてきた。

 丁寧に隠し包丁が入れられた長い肉が、特製のタレで艶めいている。
 トングでそれを引き出しただけで、冒険者達の喉がごくりと鳴った。

 ジュー――!

 音と匂いを楽しみながら、厚みのあるそれが焼き上がるのを、良く冷えたビールをお供に待つ。
 至福のひとときである。

 きめ細やかな泡が上唇で弾け、冷たいビールが喉を通り過ぎてゆく。

 妖精ちゃんの猫かきダンスに胸を締め付けられ、ハァハァしたり肉を裏返したりしながら待っていると、お待ちかねの時間はすぐにやってきた。

 良い色に焼き上がった『特上壺漬けカルビちゃん』へ、汚れが付着せず特別よく切れる『ハサミちゃん』を近付ける。

 焼き網の上で待機中の肉は、刃にふれただけで適当な大きさにスススと解体された。
 そしていよいよ食べるだけとなったカルビちゃんを、トングで迅速に取り皿へ移す。

 利き手におはしちゃんを構えた彼らはもう片方の手でビールを掴んだまま、熱気を放つそれを口の中に勢いよく放り込んだ。

『あつい!! 美味すぎる……!!』

 舌の上でとろける上質でやわらかな肉! あふれる肉汁、極旨なタレ。
 唸るように顔を顰めた冒険者達が、ほとんど同時にビールを呷る。

 すると何故か数秒間シン――と円卓が静まり返った。

「……っあ゛ー!! やべぇ今一瞬意識飛んでた」
「同じく。あやうく召されるところだったぜ……」
「壺漬け肉であの世行き寸前だったな。これが『焼肉パーティー』か……」

 脳裏に棺桶や骨壺が過ぎったが、彼らはそれでも肉を食らい、ビールを浴びるように飲み続けた。
 時々マスターの渋い声に「野菜も食え」と叱られて、焼くだけで美味い野菜に特製の味噌ダレを付けて食したり、肉にも野菜にも合う岩塩の素晴らしさを褒め称えたりしながら。



『焼肉パーティー』の参加者達は、すっきりさっぱりする酒で体調を整えつつ、すべての肉を食らい尽くした。
 しかし『ウーロンハイちゃん』のおかげか胃もたれもせず、余力も残っている。

 そんなわけで、彼らの前には爽やかなデザートが並べられていた。

 ルークの膝に座るクマちゃんの薄い舌が、チャ――チャ――チャ――とお上品に動く様子を眺め、幸せを感じながら、果汁とリキュールで作られた『クマちゃんソルベちゃん』に舌鼓を打つ。

 種類は『パイナップルちゃん』『リンゴちゃん』『レモンちゃん』『マンゴーちゃん』『洋ナシちゃん』『イチゴちゃん』『青ゆずちゃん』の七つで、赤ちゃん用はお酒が抜かれている。

「はぁ……。冷たい……幸せ……」
「あ、クマちゃんがキラキラしてる……可愛い……」
「可愛い……美味しい……」

 冒険者達、一部のギルド職員達は、妖精ちゃん達のお手々で綺麗に片付けられた円卓と、魔王にお世話されるクマちゃんを、ひたすらぼーっと見つめていた。

 不思議なことにあれだけ食べて、飲んで、満腹になっても不快感はまったくなかった。
 むしろ全身から魔力がほとばしり、身も心も満たされている。

 いまなら大型モンスターの討伐も、山のような書類の処理も容易いだろう。

 彼らは働きたいとはいささかも思わなかったが、可愛いクマちゃんのかたちに成形された『クマちゃんソルベちゃん』を食べながら二倍速で働く自分を想像したおかげで、本日の仕事を終えたような、非常に爽やかな気持ちになった。

『クマちゃんソルベちゃん』をまったりと味わっていたクマちゃんは、子猫によく似た肉球をひんやりするお口に当てて「クマちゃ……」と言った。
 
『焼肉パーティー』のあとは温泉ちゃんでちゅね……と。
 そういう決まりらしい。

「あ、お風呂? んじゃ『竜宮城』いこっか」

 リオのその発言で、まったりしすぎて半分寝かけていた国民達はカッ!! と覚醒し、機敏な動作でザッと立ち上がった。

「行きましょう」と。

「いやお前らは誘ってないから」

 男のかすれ声が、肉で腹を膨らませ期待で胸を膨らませた国民達をソルベのように冷たく斬り捨てる。
 しかし朝から『竜宮城』が気になっていた人間達が、その程度で諦めるわけがない。
 彼らはもう一度芝居がかった口調で「行きましょう」と言った。

「クマちゃ……」

「えぇ……」

 心優しいクマちゃんが、子猫がミィ……と鳴くように『みんなちゃ……』と愛らしく告げる。

 こうして、絶品焼肉を食し、ぐつぐつと魔力をたぎらせ、無意味にたぎらせすぎて逆に眠くなっていた冒険者、ギルド職員達は、『おもてなちをしたい妖精ちゃん達がヨチヨチしながら待っている竜宮城』へ、その危険性を知らぬまま行くことになったのである。
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