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第398話 大人達が仕事へ行くのであれば、とうぜんクマちゃんも――。

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 現在クマちゃんはお仕事を頑張っている。

 ◇

 クマちゃんは大人達のあやしい動きを察知した。
 国民ちゃんが減っているのだ。

「クマちゃ……」
『事件ちゃ……』

「いやいや、全然事件じゃないから。レストラン行っただけだから。あ、俺らも店見てこよっか。『クマちゃんくじ』引きにいこ」

「あ~、そうだな。一旦外へ出るか。湖で散歩するのもいいんじゃねぇか?」

 ルークの腕の中のクマちゃんがきゅおーと泣きだす前に、リオとマスターはもこもこの予定をあれこれと詰め込んだ。

 ルーク達が森へ行きマスターが書類以外の仕事を済ませるには、少々どころではない時間がかかる。
 今日の討伐はいつもと違い〝倒すだけ〟というわけにはいかないのだ。

 クマちゃんの猟銃型魔道具が生み出した、あるいは変質させた謎の生命体『マイナチュイオンちゃん』のおかげで森の一部は〝精霊の森〟といっても過言ではないほど清らかになったが、その結果、毎日たおしてもたおしても湧いていた『大型モンスター』の姿が見えなくなった。

 しかし遠くで増え続けていると予想されるそれらを放置するのはあまりに危険だ。
 では『マイナチュイオンちゃん』を増やさねばいいのかというと、そう簡単に片付く問題でもない。

 高位で高貴な人外お兄さんに守護されている『癒しのもこもこクマちゃん』が作ってくれた魔道具。
 それを使わずに『嫌な気を放つ綿ボコリ』を武器で叩き切れば、ホコリは分裂し、森は嫌な気で満たされ、やがて『不気味なホコリ』が森を枯らすだろう。
 
 数日前、街はずれの人間達を苦しめた『悪夢』の通りに。

 ならばそうなる前にすべてのホコリを『マイナチュイオンちゃん』へ、大型モンスターも今まで通り、否、今まで以上の数を討伐すべきである。

 敵の殲滅を最終目標として、同時に『大型モンスター』が増殖する謎を解き明かし、鍵であると思しき『少女』の捜索も続ける。

 そのためには一度『マイナチュイオンちゃん』の配置を調整し、敵を自陣へ誘導する必要があるだろう。

 本日の『精鋭達』の主な仕事は森の深い場所へ行き『大型モンスター』の生息地を洗い出すこと。そのうえで『マイナチュイオンちゃん』の一部を回収することだ。

 と、昨日の会議でマスターは真面目な話をしていたのだが、赤子の美味すぎる差し入れ『ジューチーカチュチャンド』『ジューチーからあげちゃん』『おちゅまみセット』『キンキンに冷えた辛口ビール』『ちゃわやかレモチャワー』で別の盛り上がりをみせてしまった冒険者達がきちんと己の職務を覚えているかどうかは不明である。



 みんなで仲良く朝のお散歩代わりに、『クマちゃんリオちゃんパーク』を歩く。

「クマちゃん噴水綺麗だねー」

「クマちゃ」

 朝日を浴びてきらきらと光る水飛沫。ザァー……――と絶え間なく聞こえる水音。
 あちこちではためく鮮やかな色合いの織物。
 小鳥の鳴き声。

 パークの中央広場にある巨大な噴水は、今日も美しく輝いていた。

 ふんふん、ふんふん……。

 ルークに撫でられてご機嫌なクマちゃんが、愛らしく湿ったお鼻を鳴らす。

「クマちゃーん」

「クマちゃん可愛いねー」

「ああ」

「朝からこんなに美しい町をクマちゃんと歩けるなんて、僕たちは幸せ者だね」

「眩く輝く純白の――」

 もこもこのつくった城下町を眺め、白さと美しさを称えようとしていたクライヴが不意に言葉を切る。

『クマちゃんリオちゃんパーク』にはとにかくたくさんの可愛い像が隠れている。
 もこもこを愛する男は見てしまったのだ。
 ホイップクリームに似た屋根の上で両手の肉球を掲げている『純白のクマちゃん像』を。

 マスターと仕事の話をしていた冒険者は、重要なことを告げるかのように声を低めた。

「マスター……。あそこの建物の陰に一クマちゃん……いや、二クマちゃん隠れてますね」

「ああ、そうだな。だがお前が探さなきゃならんのは『白いのの像』じゃねぇ。『大型モンスターの巣』だ。分かったら先に行って昨日いなかった奴らにも伝えてこい」

 お疲れなマスターは穏やかな口調で指示をだし、ついでのように男を睨みつけた。
 
「分かりました。先に『クマちゃんくじ』を引いてきます」

 一応精鋭なはずの冒険者は真面目な表情で答え、振り向いたさきに見つけた『隠れクマちゃんの像』を指さし確認してから風のように駆けて行った。

「あいつ図太すぎでしょ」

「お前にひとのことが言えると思ってるのか」

 マスターのこめかみに青筋が立つ。
 自分を棚にあげる金髪に鋭い視線を送ったが、悪気のないリオにはまったく効果がなかった。


 そうして結局全員で『クマちゃんリオちゃんレストラン』へ移動すると、おそらく昨晩から『クマちゃのげーむ』で遊んでいたであろう冒険者達を発見した。

 つかつかと彼らへ近付き、マスターがサイコロを没収する。

『マスター! ひどい!』

 一度は落ち込んだ彼らだったが、『クマちゃんくじ』を引く者達に目を輝かせ、素早くそれに倣う。彼らの心はひとつだ。

 今日こそ! 『クマちゃんカードケース』を我が手に!!

 一日遅れでようやく『クマちゃんカードケース』をゲットした者達が『うおー!』と雄叫びを上げる。
 これでようやく彼らも『お菓子の国』へ入国し、『世界平和のためのお菓子集め』に参加できるようになったのだ。

『簡単にできる』と思っている『お菓子集め』が甘いものではないと知るのは、彼らが『お菓子の家』をもらってからである。

 このとき、テーブルの上に放置されていた巨大な鉱石の輝きが最初に目にしたときよりもややマシになっていたのだが、それに気が付いたのは細かいことにも細かくないことにも興味を持たない男ルークだけだった。
 


『クマちゃんリオちゃんレストラン』前の魔法陣から、湖畔にある『水の宮殿』前へ移動した一同。
 森の奥へ行くため、冒険者達は一足先に展望台付近にある『イチゴ屋根のお家』へ入っていった。

 ふわり、ふわりと光の蝶が舞う、真っ白な花畑が絨毯のように広がる美しい湖畔。

 ルークはそっと、腕の中のもこもこを撫でた。

「すぐ戻る」

「…………」

 リオは『いやさすがに今日は無理じゃね?』と思ったが、口には出さなかった。
 子守りが子の心を乱してはならない。
   
「クマちゃーん、クマちゃーん」

 クマちゃんも行くちゃーんという意味合いの鳴き声が花畑に響く。
 もこもこはべったりとルークのみぞおちあたりに張り付いている。 

 毎度のことながら、美しい別れとはいかないようだ。

「クマちゃんほらこっちおいでー。戻ってアルバイトからお菓子もらお」

 きゅおー……きゅおー……。

 リオはもこもこをもふ……と受け取ると、ルークの顔へ猫手を伸ばすクマちゃんを、望み通り彼の顔へ近付けてやった。

 人外のごとく麗しいルークの顔に濡れた鼻をくっつけたクマちゃんが「クマちゃーん、クマちゃーん」と鳴いている。なかなか耳に響きそうだ。

 赤子を完璧に納得させることなどできぬ。

 諦めたリオはもこもこをルークから引き離し、撫でまわし、ウィルとクライヴと握手をさせると、渋い表情でもこもこを見守っていたマスターに声をかけ、そのまま仕事場へついて行った。

 クマちゃーん……――クマちゃーん……――きゅおー……――。



「マスタ~。商業ギルドのマスターから伝言です~」

「クマちゃーん、クマちゃーん」

「マスターここクマちゃんの遊び道具とかねーの? 鳴いてんのってこの部屋つまんなすぎるせいじゃね?」

「黙れクソガキ。すまんな、白いの。これで遊んでてくれるか」

 マスターは立入禁止区画の奥、自身のつまらない仕事場で、天井に飾られた赤子用のオルゴールを鳴らすと、押すと舌が出る動物さんのおもちゃをもこもこへ渡した。

「クマちゃ……」

 素直なクマちゃんはマスターから受け取ったおもちゃを肉球でキュム……と押した。
 ビュッ!! 勢いよく舌が出る。クマちゃんが頷く。
 
 良い感じちゃ……。 

 大人達がほっこりした気持ちで赤子を見守っていると、大雑把な女性ギルド職員が、思い出したように『伝言』の内容を伝えてきた。

「『いつまで待たせる気だ!』って言ってました~。応接室で~」

「そういうことは先に言え!!」



 少々待たされイラついてはいたものの、商業ギルドのマスターが冒険者ギルドのマスターに暴言を吐くことはなかった。

 立場としては対等だが、年齢的に言えば若造である男が突っかかるには『癖のある大勢の冒険者達をまとめあげ、一度も大きな問題を起こした、あるいは起こさせたことがない男』は雰囲気がありすぎた。

 威圧などされていないにもかかわらず、眉間の皺を見ただけで機嫌でも悪いのかと、つい構えてしまう。

「待たせて悪かった。こっちも色々と立て込んでるものでな」

「……いえ、こちらとしては問題さえ解決できればそれで」

「問題? まさか、うちの奴らが何かしでかしたか?」

 マスターがぐっと眉間に深い皺をよせ難しい顔をしたとき、扉からノックの音が聞こえた。

「失礼します」

 女性職員の声に『ああ、飲み物か』と思った二人が話を続けようとすると、室内にいかにも強い冒険者といった気配の男が入ってきた。

 視線を動かし、侵入者を見る。

 そこにいたのは、白いシャツに黒いネクタイ、細身の黒いズボン、黒縁の眼鏡をかけた金髪の男で、首にはアルバイト専用のギルドカードが掛けられていた。

 そしてその腕には当然、アルバイト専用ギルドカードを首から下げた白いもこもこが抱えられている。

 新人アルバイタークマちゃんにはなんと、後輩アルバイターができてしまったのである。

「リオ……お前、何をやってる」

「いや俺もよく分かんないんだけど」
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