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第397話 称えられるクマちゃん。色々大変なマスター。すてきなお勉強セット。幸せの絶頂。迫る仕事。

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 現在クマちゃんはお勉強をしている。

 ハッ……! まさかこれは――。



 冒険者達はクマちゃんの作ってくれた『おそうざいぱんちゃん』と絶品料理をすべてくらいつくした。

 通常食事は体内で魔力に変換される。(スピードには個人差がある)
 それゆえ一般人より魔力量の多い彼らはひとに比べて食事量が多い。
 魔法に特化した冒険者などは、まだまだ食べられるといった顔で妖精ちゃん達がヨチヨチしているキッチンを見ていた。

 普段は馬鹿なことを言ったりやったりしているだけに見える彼らは、これでも一応『精鋭』なのだ。

 そんな彼らはシェフに感謝を伝えたり、子猫的な肉球とそっと握手をしてあまりの愛らしさに手を震えさせたりしてから食休みをしていたのだが、ひとつだけ気になることがあった。

 できれば愛らしいもこもこに訊きたい。

 しかしルークの膝に座り幼児用のおもちゃらしきもので遊んでいるクマちゃんの邪魔をすれば、守護者達に何をされるかわからない。
 彼らは『気になることそれ』を酒場のマスターによく似た格好の渋い男に尋ねることにした。

「マスター、あっちにあるすげー城みたいなやつ、なんなんすか?」

 一人がそう言ったのをきっかけに、他の冒険者達からも矢継ぎ早に質問が飛び出す。

「私も気になってました! でもちっちゃい妖精ちゃん達がいっぱいいたんで、あの子達のお家なのかなーって。違うんですか?」

「わかるー! 〝高貴な方々の住む異国のお城〟って感じだったから、妖精ちゃん達って普段ああいう風に過ごしてるんだぁ、すごいなぁって思って覗いたんですけどー。あ、もちろん中には入ってませんよ!」

「だよな。しかもあの通路……いや通路なのか? 真ん中がずっと温泉っつー見たこともねぇつくりだったしよ。ちっせー妖精がパチャパチャしてんの見たら邪魔できねぇよな」

「俺はふらっと近付いた瞬間に頑固親父に捕まって『アイス用の菓子を集めてくるから溺れないように見ててくれ』って頼まれたんで、まぁ……たぶん十分くらい? 見てたんですけど、あの妖精ちゃんって溺れるんすか? なら、あぶねーから何人か残ったほうがよくないっすか? たとえば俺とか」

「ハイ俺! 俺におまかせください! すっげぇ目に自信あります!!」

 マスターはうるさい馬鹿どもを黙らせるべく腕組みをしていた手を片方外し、こめかみを揉んでから話しだした。

「騒ぐな。……まぁお前達が気にするのは分かる。あれは白いのがお前らのために作った温泉施設だ。本当は昨日のうちに説明する予定だったんだが、子供の寝る時間だったからな。それと、妖精のことはこっちでなんとかする。お前らはお前らのすべきことをしろ」

 と、その部分を聞いただけで冒険者達は感激し『ぐ、ぐばぢゃんありがどー!!』と涙を流している。
『幼いもこもこがヨチヨチしながら温泉施設を作ってくれた』などと聞かされれば誰だってこうなるか。マスターは『ぐばぢゃーん』と濁った声で赤子の名を呼び涙を流す彼らに苦笑した。

『今から入ってきます!!』と駆け出しそうな馬鹿共を、マスターの厳しい声が止める。
「動くな」

「今から仕事だろうが。入るなら別の場所で入ってこい。白いのがつくってくれた温泉はあちこちにあるだろ」

「え。でもここが一番近いですよね? 徒歩一分もないですよ」

「時間までには出てきますよー」

「せっかくクマちゃんが新しい温泉をつくってくれたんですから、そこでいいじゃないですかぁ」

 マスターの眉間の皺が紙をはさめそうなほど深くなる。

 ――こいつらは何も分かっていない。
 二十分やそこらで出てこられるほど『りゅうぐうじょう』は甘くない。

(……竜がいたってことは『竜宮城』か?)

 マスターは肺がからになるほどふかーいため息を吐いた。

「お前らも行けば分かるはずだ。……詳細を聞かんと納得できないという顔だな。……あ~、なんというか、あそこには小さいのがたくさんいるだろ。あの小さいのは非常に働き者で優秀なわけだが……人間が湯からあがると『マッサージ』をしてくれるらしい」

 ――――!!!

 あちこちで悲鳴に近い叫び声が上がった。

『マッサージ――?!!』

 子猫にしかみえない生き物が人間にマッサージを?! どうやってだ?!

 しばらくのあいだ混乱していた彼らだが『クマちゃんにそっくりな妖精ちゃん達がヨチヨチしているあの地』は非常に危険な場所であり、不用意に近付けば取り込まれかねない、ということは理解できた。

 彼らは己の弱さも知る『精鋭』なのだ。

「……解りました。マスター、かの地へ行くのは昼にします」

「俺の話を聞いてたか? 『仕事のある時間帯に行くな』と言ってるんだ!」

 こうして、毎日忙しいマスターは仕事前から疲れた顔になった。



 クマちゃんは大好きな彼ルークのお膝に座り、お勉強をしていた。
 朝ごはんのあと、お兄ちゃんがクマちゃんのために『お勉強セット』を用意してくれたのだ。

「クマちゃ……」

 お手々にもった三角形の立体をじっと見つめ、クマちゃんが目の前の立体的な箱へ視線を移す。
 箱にはいくつもの穴があいていた。
 四角、星、丸、ギザギザの丸、バツ、三角。

 ハッと手元を見る。とても似ている。

 もしや、これは……。
 凄いことに気が付いてしまったクマちゃんは、震えるお手々で三角形の穴へと、三角形の立体を近付けた。
 
 カコン――。ぴたりと形が一致したそれが、箱の中へ落ちてゆく。

 ピンポーン!! 

 箱から心地好い音が鳴り響き、続けて男の人の声が聞こえてきた。

『正解です! クマちゃんは天才ですね!』

 感動したクマちゃんは、震える両手でサッともこもこした口元を押さえた。

「クマちゃ……」
『天才ちゃ……』

 クマちゃんはやはり天才ちゃんだったのでちゅね……。

「すげぇな」

 大好きな彼ルークも天才のクマちゃんを称えてくれている。

「クマちゃ……」

 クマちゃんはゆっくりと頷き、彼の大きな手から次の立体を受け取った。

「クマちゃ……」
『ギザギザちゃ……』

 クマちゃんはハッとした。似ている……。
 
 またしても凄いことに気が付いてしまったクマちゃんは、手元と箱を何度も見比べた。
 まさか、この形は……。
 震える肉球にきゅむ……と力を入れ、ギザギザした丸へ、ふるえるギザギザを近付けた。

 ガタタタタ……。

 カコン――。困難を乗り越えたギザギザは、吸い込まれるように箱の中へ落ちていった。

 ピンポーン!!

 箱から心地好い音が鳴り響き、続けて男の人の声が聞こえてくる。

『大正解です! クマちゃんは天才ですね! 超難問に正解したので二百点です!』

「クマちゃ……!」
『二百点ちゃ……!』

 天才すぎるクマちゃんは、もこもこした体と声を震わせた。
 お目目をうるませ、二百点ちゃ……を繰り返す。

「すげぇな」

 ルークが色気のある低音で、クマちゃんを褒め、指先でくすぐり甘やかす。

 もこもこした天才は、喜びのあまり彼の指をカジカジとかじり、硬いおやつをかじる猫ちゃんのような顔になった。

 ふんふんふん、ふんふんふん……。

 小さき獣の鼻息が聞こえる。

 離れた場所では、苦しむ男が小さな声で『すばらしい――』と天才を称え、直後、雪の中に倒れた。

「ほんとうに、クマちゃんは天才だね。お勉強もできて、料理上手で、愛らしくて、見ているだけで幸せな気持ちになるよ」

 ウィルが涼やかな声でもこもこを称賛し、拍手を贈る。
 彼の腕に着けられた装飾品がシャラシャラ――と綺麗な音を立てる。

 その様子を見ていたリオは限界まで目を細め、難しい顔で呟いた。

「なんだろ。その勉強道具よくない気がする。何が駄目なのかわかんないけど」

 何がだめなのだろうか。ほめすぎなのか? いやしかし子猫がこれを解いたと思えば『天才』と呼ぶのはおかしいことでもない。しかし何かが引っかかる。

「めっちゃもやもやする……」新米ママリオは唸った。
 我が子がアレで勉強するのは正しいことなのか。

 何でも疑う男は高位で高貴なお兄さんが用意した『クマちゃん専用お勉強セット』へ懐疑的な視線を送ったが、結局なにが、どこらへんが『駄目』なのか、答えはでなかった。



 どんな難問でも解いてしまう頭脳明晰なクマちゃんは、仲間達から褒められ、お勉強も順調で、朝から絶好調であった。
 が、もこもこにはまだ気が付いていないことがあった。

 朝ごはんも済み、食休みも終わる。そうすれば、避けられないことがある。

 大人達には仕事の時間が迫っているのである――。
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