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第393話 仲良しな彼らのしあわせな朝。仲良く朝食の準備をする一人と一匹。

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 現在クマちゃんは大好きな彼と幸せな朝のひとときを過ごしている。



 ザァー……――。

 青いソーダ色の湯が朝日と共に輝きを放ち、室内の温泉にきらきらと落ちてゆく。
 早起きな妖精達が彼らの目覚めを促すかのように、パチャ……パチャ……と小さな水音を立てていた。

 チャ……チャ……チャ……。

 クマちゃんの舌がおねむの子猫にそっくりな動きをする。
 その愛らしい姿を見た銀髪の男は、自身の大きな手でふわりと赤子を撫でた。

 ルークの胸元を肉球でふみぃ……ふみぃ……と揉むもこもこはいったいどんな夢を見ているのか。

 もこもこした口が開くのをじっと観察していると、天上の子猫のごとく可愛らしい美声がミィ……と鳴くかのように「クマちゃ……」と言った。

 揉むちゃ……。

 ルークは人ならざる魔王じみた美貌のなかでもひと際印象的な切れ長の瞳をほんのわずかに細め、吐息をはきだすようにふっとわらった。



 寝ても寝なくても生命維持にはなんら問題ない。

 そういう部分も含め『本当に人外なのでは』『否、本物の魔王なのでは?』と周囲から疑われているルークが本日も幸せそうなクマちゃんを見つめていると、お休み中の子猫にそっくりなお顔で眠っていたクマちゃんがぱち、と目を覚ました。

 きゅお……きゅお……。

 クマちゃんは自身のお鼻が甘えるように鳴っていることにも気付かず、大好きな彼に朝の挨拶をした。

「クマちゃ……」

 鼻先にある彼の胸元に濡れた鼻をピチョ……とくっつけ、ボタンの外れている白いシャツをしっとりとさせつつ、るーくちゃ……と大好きな彼を呼ぶ。

 愛しのもこもこから鼻先で『おはようございまちゅ……』と伝えられた彼は、いつものように声に出さずに、指先でからかうように『おはよう』を返した。


 朝から大好きな彼と『やわらかマシュマロ特大クマちゃんベッド。海色天蓋ちゃん付き』でお菓子のように甘い時間を過ごしていたクマちゃんは、ハッとそれに気付いた。
 
 今日は朝から予定がぎっちりと詰まっているというのに、仲良しのリオちゃんがぴくりとも動かず寝ているのだ。 

 ――宅配ちゃんですちゃーん――。

 大変である。
 お家にアイチュの配達員ちゃんが来ている。

 ということは、きっと他のお家ちゃんでも活動をはじめている国民ちゃんがたくちゃんいるのだ。
 空腹に耐えきれず『朝ごはんがないならアイチュを食べるしかありませんね……』としょんぼりしているかもしれない。

 クマちゃんはキュ……と子猫的なお手々をクリームの入ったパンのように丸めると、やわらかマシュマロの上をヨチヨチヨチヨチヨチヨチと全力疾走した。



 あまり時間はかけられない。しかし朝の目覚めというのはとても重要である。
 リオちゃんが心地よく起床できるような音楽ちゃんがあれば……。

 ザァー……――。

 青色ソーダの滝の音に、もこもこしたお耳がピクリと反応する。
 クマちゃんはハッと、もこもこのお口に子猫によく似たお手々を当てた。
 

 リオは何者かがケーキ的な何かを落としてくるのを防ぐため、自身の顔に腕をのせた格好でぐっすりと深すぎる眠りについていた。

 野生動物のごとく警戒心の強い彼は本来ならば眠りが浅く、小さな物音ですぐに起きてしまうような男であった。
 ――同室が最強冒険者様で気配を完全に消せるルーク様だったため、寝不足になったことはない。

 しかしもこもこした生き物と出会ってからというもの、底知れぬ癒しの力のせいか、育児疲れのせいか、多少の物音や――宅配ちゃんですちゃーん――カリカリ……カリカリ……――頻繫に響く小さくはない音声、猫的な生き物がかたいもので爪とぎをする音程度では目覚めないという特殊な能力を身に着けてしまっていた。

 そんな彼の耳元に、何者かがヨチヨチヨチヨチと忍びヨチる。

 何も知らぬ彼の無防備な耳の穴の真横で、やわらかな被毛で輪郭のぼやけた生き物が『クマちゃ……』と、何かを構えた。

 ざざざぁ……! ざざざざざぁ……!! ざざざざざざぁ……!!

「――何事?!!!」

 ガバッ! と勢いよく金髪が跳ね起きる。
 何だ今のざざざざ! という音は。胸と鼓膜が異様にざわつく。
 
 リオは自身の肩越しにベッドを見下ろし、そこにいるはずの犯人を探した。
 
 視線の先ではやはり、両手の肉球で丸みを帯びた横長の箱を持った『犯もこ』が口をあけ、つぶらな瞳で彼を見上げていた。
 
 箱の中には紫がかった茶色の豆が。
 リオは即座に理解した。

 あれは豆がざらざらざらざら! とぶつかり合う音――。
 だが目的は? 人間の耳元で激しく豆を揺らす理由とは。

「クマちゃ……」
『波の音ちゃ……』

 こちらは心地好い波の音ちゃんでちゅ……。
 
「豆の音だよね」

 きゅおー……! ざらざらざらざらざら……!

 荒れ狂う海に投げ込まれるあずきのごとく残酷に投げつけられた言葉。
 傾いた眼鏡ケースからあずきがこぼれる。

 純白の天使が悲しんでいる――!
『肉球ふみぃ……ふみぃ……まっちゃーじ』のおかげで体幹が鍛えられたクライヴは暗殺者じみた身のこなしで上体を起こすと、ふ――と音もなく氷の矢を飛ばした。



 冬の海であずき大のヒョウに見舞われたかのような刺激的な目覚め。
 金髪に氷の粒をのせたリオはひとりで粛々とあずきを回収した。 

「おはよークマちゃん。今日も可愛いねー」

「クマちゃ」

 毎日仲良しな一人と一匹は仲良く頬をよせ、ピチョ……と濡れた鼻をくっつけ朝の挨拶を交わした。

「はー、クマちゃんかわい。お鼻びちょびちょだねー」

「クマちゃ」
『リオちゃ……』

「いや人間はこのままでいいから。ぜんぜん大丈夫だから」

 少しの間たわむれた一人と一匹は、すでに起きている仲間達に「クマちゃ」「うわマスターめっちゃ書類溜まってんじゃんやべー」「黙れクソガキ」と挨拶をしつつ、室内の夏色ソーダ温泉でまったりとくつろいだ。



『最強冒険者ルークの手』『クマちゃん専用ブラシ』『超高度な魔法』でふわっふわに乾かされ、『世界一美しくお手入れされた子猫ちゃん』的な美しさを手に入れた美クマちゃんは、突然ハッとお目目を開いた。

「何? その『クマちゃん凄いこと思い出しちゃった!』みたいな顔」

「クマちゃ……」

 もふわり――。美クマちゃんはお上品に首肯した。
 よくお分かりでちゅね……と。

 ふわふわ度一・五倍のクマちゃんはルークにもふり……もふり……と優しく撫でられながらリオに告げた。

「クマちゃ……」
『急ぐちゃ……』

 急いで国民ちゃん達の『あちゃご飯』をちゅくりましょう……と。

「クマちゃんやばいねぇ」

 赤子の肉球は家庭内にとどまらず国民全員へ伸ばされるらしい。

「この家の分だけで十分だって」

 リオは一般家庭のママ的な主張をしてみた。

「クマちゃ……」
『急ぐちゃ……』

 が、その程度では『凍ってしまった茹であずきの煮汁ぐらい固いもこもこの意志』を曲げることはできない。
 赤ちゃんクマちゃんの固すぎる意思は、ときに前歯も海賊も倒せる硬度なのだ。

「クマちゃ……」
『急ぐちゃ……』

「えぇ……」 



 神秘的な青いオパール風――超高級カウンターキッチン。

 正式名称『宝石クマちゃんキャンディキッチンちゃん。輝く海のお色ちゃん。屋外用。マーメイド妖精クマちゃんダンサー付き』の中に入った一人と一匹。
 カウンター席に着いた仲間達に見守られながら、さっそく朝食の準備に取り掛かる。

 リオはシェフの肉球を流水で優しく洗いながら尋ねた。
 ――今朝のシェフは首元から『水色の生地に黒いコックタイが描かれたお洒落なよだれかけ』を下げている。着せたのは当然ルークだ。

「クマちゃん、今日は何作んの?」

「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『具だくちゃ、おスープちゃ、新鮮サラダちゃ、お肉ちゃ、おトマトちゃ、おそうざいぱんちゃ……』

「そっかぁ。多すぎるよねぇ」 
  
 調理補助リオはクマちゃんやばいねぇ、と優しい口調で言ったあと、ちょっと減らそうねぇ、と赤ちゃんシェフに進言した。
 が、お口を開けたまま虚空を見つめているシェフの耳に届いたかどうかは怪しいところだ。

 クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……。
 そんなに作れないよねぇ。よく分かんないけど簡単なのから作ろっかぁ。
 クマちゃ……。
 おそうざいぱんちゃん? んじゃそれにしよー。よく分かんないけど。
 
 すれ違う一人と一匹。口出しする者はいない。
 そうして仲良しな彼らは、素敵な『おそうざいぱんちゃん』を作るため、いつものように仲良く食材を選びを開始した。
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