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第392話 世界一愛らしい『まっちゃーじ』を受けるクライヴの雄姿。心配する外野。

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 現在クマちゃんはクライヴちゃんがふらふらしなくなるための施術を行っている。



 まったく悪気なく『俺も見たい』と言った男の言葉に影響されてしまった大人の影響を受けやすい赤ちゃんは、ヨチヨチ、ヨチヨチと、さきほど意識を取り戻したばかりの男のもとへ近付いた。

 ――――!!

 大人達に衝撃がはしった。まさか、よりにもよって〝もこもこ耐性のないクライヴ〟をふみふみするつもりなのか! と。
 人選がまずい。まずいというより最早えぐいというレベルだ。

「いやいやいやいやいや、クマちゃん氷の人はやめたほうがいいいって! えーと、なんていうか……死、じゃなくて起きなくなっちゃうから!」

 動揺したリオは『クライヴへピンク色の肉球を伸ばす先生』の進行をなんとか阻止しようと赤子に理由を説明した。
 しかしそれを止めたのは、なんとクマちゃん先生の肉球に狙われた張本人であった。

「問題ない――」

「何言ってんのこの人」

「本人が良いっつってんなら問題ねぇだろ」

 普段はまったく口を挟まない男が愛しのもこもこの援護射撃をする。

「クマちゃ……」
『揉むちゃ……』

 お墨付きをもらった先生が両手の肉球をあげる。

「あ~、白いの。人間には向き不向きというものがあってだな……」

「先生の施術は愛らし過ぎるから、彼には少し早いかもしれないね……」

「クマちゃ……」
『揉むちゃ……』

 クマちゃん先生がうむ……と頷く。
 問題ちゃんを揉んで解決するちゃ……と。

「問題ない――」

「えぇ……」

「クマちゃ……」
『揉むちゃ……』

 こうして周囲の『やめたほうがいいって』という空気は、本人達の強い意志によって跳ねのけられた。



 だが仲間達は諦めずに考えた。一人と一匹をこのままにしてはおけないと。

「心臓に近い場所は止めた方がいいだろうな……。いっそ横にならんほうがあちこち揉まれずに済むんじゃねぇか?」

 採用されたのはマスターの『座ったまま〝まっちゃーじ〟を受けてはどうか』という案であった。

「クマちゃん、寝ないで出来る『まっちゃーじ』ってなんかないの?」

 もこもこした先生に仲間の死を見せるわけにはいかない。
 リオは先生に尋ねた。

 クマちゃん先生はうむ……と深く頷いた。

「クマちゃ……」
『お手々ちゃ……』

 では『おハンドまっちゃーじ』はいかがちゃんでしょうか……。


 新たなサービスの準備のため『やわらかマシュマロ座椅子ちゃん。お耳付き』『クマちゃん黒糖ちゃん。座卓ちゃん』『やわらかマシュマロクマちゃんお手々まくらちゃん』という三つのアイテムが急遽追加で購入された。
 なお商品を購入したのは『ブラック お菓子 カード』をお持ちの魔王様ルークである。



 クライヴが『座椅子ちゃん』に座ると、彼の体にフィットするように椅子がむにゅ……と伸び、変形した。
 脚を伸ばして〝おくちゅろぎ〟ください……。
 ということらしい。

「……――」

 クライヴは真剣な表情、を超え、人を死へと導く死神のごとく恐ろしい顔をしている。
 先生が「クマちゃ……」と頷く。まったく『おくちゅろぎ』できていない男の太腿から膝のあたりに、座卓ちゃんが――クマちゃーん――とセットされる。

 座卓ちゃんの上にはクマちゃんの胴をみょーんと長くしてうつ伏せに寝かせたようなもこもこまくらが。
 これが『やわらかマシュマロクマちゃんお手々まくらちゃん』という商品らしい。
 
「クマちゃ……」

 空中遊泳もできるクマちゃん先生が猫かきで座卓ちゃんへたどり着く。
 ごそごそと身だしなみを整えてから、肉球を上にしてスッとお手々を前に出す。

 どうぞ、と。

「……――」

 緊張感を漂わせる暗殺者のごとく恐ろしい顔をした男は、無言のまま『クマちゃんお手々まくらちゃん』にむにゅ……と腕をのせた。

 すでに険しいクライヴの表情が数人殺ってきた男の顔に変わり、それを見た先生の体がもこもこもこもこと震える。
 しかしもこもこは諦めなかった。
 クマちゃん先生が黒革に包まれた彼の手にヨチヨチ、ヨチヨチと近付く。

 ふんふん、ふんふん、ふんふんふんふん……。

 黒革に丸い頭を伏せ、湿ったお鼻をふんふん鳴らす子猫、にそっくりなクマちゃん先生。

「――――」

 死神の目がスッと閉じられ、存在が希薄になる。

 死んだんじゃね――?
 だから止めておけと言っただろ……。
 うーん。でも、まだクマちゃん先生は肉球を動かしていないと思うのだけれど。
 
 外野がざわついているが、一人は意識を失い、一匹はお仕事中なため、施術はそのまま続行される。

「クマちゃ……」

 お手々の位置が高いことにようやく気付いた先生が『妙技・空中猫かき』をつかい、被験者の手の平に全身で乗り上がる。

 クライヴの瞳がカッ!! と見開かれた。

 生き返ったっぽくね?
 これは良かった……のか?
 先生はきっと手袋越しでももこもこしているからね――。
 ああ。

「クマちゃ……!」

 先生が〝凄いことに気付いてしまった〟という風に、お口をもふっと膨らませる。 
 ちゅめたいちゃ……! と。
 心優しい先生はそのまま、彼の手をあたためるべく、ふみふみを開始した。

 クライヴの目の前で、お目目をきゅ……と閉じた白い子猫にそっくりな先生が、子猫ハンドをぐぅ……と握りながら彼の手の平を押す。

 ――――!!
 
 至近距離で見てしまったクライヴの目が見開かれ、手が震える……が、彼は息を止め、それを堪えた。
 こんなにリラックスした表情の先生を揺らして驚かせるなど、許されることではない。

 今度は子猫ハンドがぱぁ……と限界まで開かれ、すぐにまた、ぎゅぅ……と丸められた。

 一連の動作を網膜に焼き付けられた男の目がふたたびふっ……と閉じられる。
 
 今度こそ死んだんじゃね?
 自分の手の上であんなに可愛らしい仕草をされたら誰だって心臓に負担がかかるだろ……。
 横で見ているだけでも胸が苦しくなるよ……。
 ああ。

 そのとき、懸命に彼の手を揉んでいた、あるいは愛くるしすぎる『肉球ふみぃ……ふみぃ……おハンドまっちゃーじ』でクライヴにとどめを刺していた先生が、ハッと何かに気付いたようにお鼻を鳴らした。

 きゅお……、きゅお……、と。

 悲しみを多分に含んだその鳴き声は、まるで〝母猫のお乳が出なくなってしまった〟と嘆く離乳前の子猫のようであった。
 
 愛するもこもこの悲しみを感じ取ったクライヴの目がふたたびカッ!!! と開く。

 あの人そろそろやばいんじゃね?
 あ~……、お前の言い方はほんとうにどうかと思うが、言いたいことは分かる。
 なんというか、過酷な試練、という感じだね。もしかすると、乗り越えた先には何かがあるのかもしれない。
 かもな。

 当事者じゃなくとも心臓をギュッとされてしまう先生の危険すぎる〝おハンドまっちゃーじ〟に、またしても外野が騒がしくなった。クマちゃん先生は一体何に気付いたのか。

 きゅお……、きゅお……。
 先生が悲し気に湿ったお鼻を鳴らしながら、懸命にお手々をふみぃ……、ふみぃ……と動かす。
 クマちゃん先生のもこもこボディが、微かにふるえている。

 そこで、大人達はクライヴが『氷の男』であることに思い至った。

 もしかして冷たいんじゃね?
 魔法でどうにか……。いや、あいつの魔法はどれでも冷たいんだったな……。
 彼の手を温めてあげたいけれど、他人の体温を調整する魔法となると、危険すぎて手がだせないね。

 しかしこの場にはどんな魔法でも使いこなしてしまう最強の男がいる。
 大雑把で無神経。躊躇を知らぬ魔王様ルークが革手袋の方向へすっと手を伸ばす。

 あのひと別の意味で死ぬんじゃね?
 おい、ルーク。それはさすがに……。
 うーん。リーダーならできるのかもしれないけれど……。

 と言っている間に、クライヴの手に見ただけで分かるような変化が起きた。
 黒い革手袋が、ぷくっと膨らんでいる。

 手めっちゃ腫れてんじゃん!!
 いや、あれは空気で膨らんでるだけだろ。もしかして温風か……?
 さすがはリーダーだね。彼の手袋の中だけに温めた空気をふき入れるなんて、僕には到底真似できないよ。

 クライヴの革手袋にふきこまれたのは温風ではなくほぼ熱風だったが、それは悪意ではなく、クライヴの体温と体から常に放出されている吹雪のごとく冷たい魔力のせいであった。

 ぷくっと膨らんだ革手袋をぷみぃ……ぷみぃ……と揉んだクマちゃん先生のお口がもふっと膨らむ。
 ぷみぃ……ぷみぃ……。ぎゅぅ……ぱぁ……。
 そして子猫ハンドの怪しい動きが加速する。

 途中で数回クライヴの意識がどこかへ旅立ち、帰ってくるという、生と死を繰り返す不死鳥にも似た神秘的な出来事が起こった。
 ――甦りと共に新たな能力に目覚めているかどうかは不明である。

 顔色が粉雪のようになってしまったクライヴの目が再度カッ!! と開かれた、そのとき。

 ツルッとしてぷくっとした革手袋から先生が落ちないようにと、ほんの少し椀のようにくぼませていた手の平で、なんと、クマちゃん先生が仰向けに!

 ――――!!

 さらには驚愕に目を見開くクライヴに追い打ちをかける出来事が。

 リラックスしきった離乳前の子猫のような生き物が、お目目をきゅむ……と閉じたまま、お手々をぐぅ……ぱぁ……ぐぅ……ぱぁ……する。

 それはどこからどうみても〝仰向けの子猫ちゃんが夢のなかで母猫のお乳を探しふみぃ……ふみぃ……する姿〟であった。

 もう限界をとっくに超えている彼を襲う、クマちゃん先生のおねんね子猫ちゃん風空中ふみぃ……ふみぃ……。

 きゅお……、きゅお……。ちゃ……、ちゃ……。

 気持ちよさそうに湿ったお鼻を鳴らし、母乳を味わうかのように小さな舌を鳴らすクマちゃん先生。

 その世界一愛くるしい姿を『肉球ふみぃ……ふみぃ……おハンドまっちゃーじ』を受けるクライヴ本人が目にすることは、残念ながらなかった。

「あれはえぐい。可愛すぎる。俺でも途中で〝ぎゃー〟ってなると思う」

「おい、クライヴ……大丈夫か……」

「そのうち起きるとは思うけれど……。なんというか、愛くるしいクマちゃんへの耐性が付いたようには見えなかったね」
 
「かもな」

 きゅお……、きゅお……。ちゃ……、ちゃ……。

 このあとなんとか、ギリギリのところで死の淵から生還したクライヴに、クマちゃん先生から『左手ちゃんをだちてくだちゃい』というとんでもない要請があったが、今日はもう寝る時間だからと理由をつけ、仲間達は一人と一匹を無理やり止めた。

「問題、ない――」

「マジで何言ってんのこの人」 
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