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第374話 クマちゃんの『ジューチーからあげちゃん』。仲良しなお料理風景。耐える冒険者達。

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 現在クマちゃんはあちゅあちゅのおちゅまみを作っている。

 うむ。素晴らしい出来である。



 一人と一匹がキッチンカウンターへ戻ると、なんとカフェ店員妖精クマちゃん達が待機していた。

 もこもこ似の可愛い生き物を甘やかす高位で高貴なお兄さんが台に乗せたに違いない。彼の皿を見ると、すでに空になっていた。食事など必要なさそうに見えるが、『カチュチャンドちゃん』を残す生き物は存在しないということだ。

 当然である。もこもこシェフを抱えたまま、リオが頷く。

「なに、もしかして一緒に料理したい感じ?」

 カフェ店員だから料理好きなのだろうか。
 尋ねると、シュッ――と素早い動きでメニューを見せてきた。

「えぇ……」と言いながら一応受け取る。

 幼い子供が書いた文字を小さくしたようなそれ。

『けいしょく めにゆ ちゃん』『じゅーちー かちゅ ちゃんど ちゃん』
『げんてい ひん ちゃん』『いちにち ごじゅう しょく ちゃん』

「上手だねークマちゃんよ……」

 新米ママリオはあやうく、我が子よりも妖精のほうが『小さい文字を書くのが上手い』事実を漏らしそうになった。クマちゃんよりもやや小さいのだから当然。というには一枚の紙に何とかおさまっていたせいで、うっかり口が滑ってしまったのだ。

 腕の中のクマちゃんが、お口を開けて彼を見上げている。

「クマちゃん可愛いねー」

 何事もなかったように、続きを話す。

「なるほどぉ。クマちゃんが作った物なら作れるようになる感じかぁ。でも大変だから一日五十食限定っつーことだよねぇ」

 と胡散臭く誤魔化しながら、妖精クマちゃん達を空いている調理スペースへ移動させる。

「んじゃこっちで……食材とか出せんの? 揚げ物危なくね?」

 お仕事妖精クマちゃん達はしっかりしているが、見た目がヨチヨチなせいで心配してしまう。
 一応避難用のドアを設置したほうがいいだろう。

 ――ポチ。

 ――クマちゃーん――。
 ――お買い上げちゃーん――。

 と購入し、火元から離して置いてやる。すると感謝をするように両手の肉球を上げ、みんなで一生懸命振り出した。
 喜んでいるらしい。大変愛らしい。

「良かったねークマちゃん」
「クマちゃ、クマちゃ」



「あー、なるほどね。妖精が使うと小さくなるんだ。高性能すぎる……」

 もこもこと一緒に次の料理の準備をしながらそちらを見ると、調理器具の一部が妖精サイズに変形していた。さすがは超高級キッチンだ。
 きっと小さな完成品も、人間に渡せば大きくなるのだろう。どういう仕組みかまったく分からないが。

「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『お肉ちゃ、すじちゃ、切るちゃ、丁寧ちゃ……』

 ふんふん、ふんふん。湿ったお鼻を鳴らしながら、クマちゃんが本を読み上げる。

「なるほどぉ」

 丁寧にすじを切り、余計な部分は切り取るのがポイントらしい。一口大とは何だ。誰の口だ。個体差はどうなっている。まさかクマちゃんの――。
 今回も片手では作れない。一度、もこもこを台に置く。

「クマちゃ……」

 クマちゃんがサッと下を向いた。身を切られるような表情で。もふっ――とお口を膨らませて。

「ごめんねクマちゃん……こうしないと丁寧に肉切れないから……」

 切なげにいいながら、肉の、たぶんすじってここだよね……というそれっぽい箇所を切る。
 余計な部分がさっぱり分からないので、ピンク色ではない、やや黄色い場所も切る。
 きっとここだよね……と切なげに。一口大は己の勘で。

「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『おちおちゃ、おこちょうちゃ、いっぱいちゃ、もむちゃ、クマちゃ、なでるちゃ……』

 ふんふん、ふんふん。悲しみを乗り越え先程よりも湿ったお鼻を鳴らしながら、次の工程を読み上げる。

『宝石クマちゃんキャンディちゃんガラス風ボールちゃん』に入れられた肉と、目の前に座っているクマちゃんをどうこうするらしい。
 重要なポイントだ。間違えてはならない。 

「えーと、塩ふって、胡椒ふって、いっぱいもんで、もみまくって、手浄化、……一応もっかい浄化して、クマちゃんめっちゃなでる。とにかくめっちゃなでる」

「クマちゃ、クマちゃ」

 素晴らしい手際に、シェフが喜ぶ。
 喜びのあまり調理補助の手をかじる。

 彼らの幸せそうな調理タイムの間に、冒険者達は熱い議論を交わしていた。

「マスター、今後の冒険者活動について、重要な話があります!」

「珍しいな……。言ってみろ」

「俺たち冒険者は、森だけでなく、世界の平和も護るべきではないでしょうか……!」
  
「まずは森を護れ。話がそれだけなら――」

 ――そんな! マスター待ってください……!


「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『おにんにくちゃ、おしょうがちゃ、揉むちゃ、いっぱいちゃ……』 

 作業を再開した一人と一匹は、再び手を綺麗にしてから、次の工程へと進んでいた。

「えーと、さっきおいといたやつ……なんか気付いたら勝手にすりおろされてる系のやつを、さっきの肉にかけて揉む……。めっちゃ揉む……」

「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『おちょうゆちゃ、おちゃけちゃ、揉むちゃ、いっぱいちゃ……』

「この黒いやつ? 匂いすげー。なんか強そう。『おちょうゆ』ヤバい。何入ってんだろ。『おちゃけ』……おちゃけめっちゃ酒くせーけどこれ『酒』じゃね?」

 赤ちゃん用は抜くべきか、高位で高貴なお兄さんへチラリと視線を向ける。
 が、反応はなし。よろず屋お兄さんから仕入れた調味料で『赤ちゃんピンチ』的な問題はないらしい。

 謎のさじに勝手に計量された凄そうな調味料をかけ、とにかく揉み込む。

「クマちゃ、クマちゃ……」
『まよちゃ、揉むちゃ……』

「えーと最後にマヨネーズを少々……」

 少々がさっぱり分からない彼のために勝手に計量された、ガラス容器風『宝石クマちゃんキャンディ計量用容器ちゃん』に入っていた『まよちゃ』をかけ、かるく揉む。

「クマちゃ……」
『しまうちゃ……』

「そっかぁ……しまっちゃうんだぁ……」

 何故か分からないが、ここまで荒波にもまれるより揉まれ、耐えてきた肉をしまうらしい。
 料理とは謎の塊である。もういい。いいかげん揚げさせてくれ。と言ってはいけないのだろう。

 肉球マークが付いた袋の中へ、おつかれ……と下味をつけた肉をしまう。

 すると――クマちゃーん――と袋が鳴いた。

 気のせいだろうか。『染み込んだちゃーん』とお知らせしてくれた気がする。
 シェフがハッとした表情でお目目をうるうるさせた。

「クマちゃ……」
『じたんちゃ……』と。

 漬け込む時間がたんちゅくされまちた……と。

「よく分かんないけど良かったねークマちゃん」

 一人と一匹は喜びを分かち合った。

 シェフが頷き、ふたたびお鼻をふんふん鳴らす。

「クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ、クマちゃ……」
『小麦粉ちゃ、まぶちゅちゃ、しっかりちゃ、かちゃくりちゃ、さっとちゃ……』

「台にのせてー、小麦粉しっかりまぶして、『かちゃくり』ってなんだろ。なんか白っぽい気もする」

 謎の多い工程を黙々とこなす調理補助リオ。
 小麦粉をまぶす。しっかりとはどの程度なのか。『なんかさらっとしたかも』『まぁ粉だしまぶしたらそうなるよね』程度だろうか。
『かちゃくり』という名の妙な粉もかける。『サッと』とは。相対的にという話か。料理とはミステリーである。

「クマちゃ……」
『にどあげちゃ……』

 もこもこは真剣な表情で語った。
 肉は二回揚げるのだと。

「そうとう肉を痛めつけるよね」

 もう勘弁してください……。というほどに。
 しかし赤子が覚悟を決めているのだ。命へ感謝をささげ、揚げまくろう。
 
 彼らはふたたびスッと、妖精風羽付きサングラスをかけ、最終工程へ進んだ。



 油は取り替えずとも澄み渡った色をしていた。勝手に浄化されるらしい。
 実は酸化もしない。つねに最高の状態の超高級食用油なのだが、料理などもこもこの手伝い以外はしない男にはその凄さが分からなかった。

『百六十度ちゃん』らしい油の中で、『たぶん一口大』の肉が踊っている。

 ――シュワー――ジュワー――パチパチパチ――シュワー――ジュワー――パチパチパチ――。

「めっちゃいい音」

「クマちゃ」

 手を浄化しまくり、しっかりともこもこを抱えたリオが、やや離れた場所から裏返し終えた肉を見守る。

 会議の場では再び、冒険者達が揚げ音を呟きはじめていた。

『シュワー……』『ジュワー……』『パチパチパチ……』
『シュワー……』『ジュワー……』『パチパチパチ……』

 一度は頑張った冒険者達の集中力は、すでに限界を迎えていた。
『妖精クマちゃんカフェ』の美味しい飲み物だけでは耐えられないほど、良い音、良い匂いが彼らのもとへと届いている。
 なぜなら、彼らのほぼ真横で揚げているからだ。

「クマちゃ……」
『取り出すちゃ……』

「なるほどぉ」

 胡散臭い調理補助が、赤子の指示に従う。便利な網で掬い、勝手に隣に用意されていた『きらめく揚げ物用バットちゃん。見守る妖精ちゃん付き』へ移す。

 が、すぐに――クマちゃーん――の音声が流れ、見守り役の妖精クマちゃんがスッと肉球を上げた。こちらも時間短縮ちゃんらしい。

「なるほどぉ」

 といいながら、『揚げ物用トングちゃん』を使い、勝手に温度の上がった『百八十度ちゃん』の油へ戻す。何をさせられているのかさっぱり分からない。そのまま揚げるのと何が違うのか。

『トングちゃん』が何なのかも分からぬまま、「クマちゃ……」の声に従い続ける。

 一分ちゃんでいいらしい。肉は『いっかいちゃ』または『にかいちゃ』回すのだと。
 正解はどっちだ。ささっと二回ひっくりかえす。無心に。どれが二回目なのか、微妙に分からなくなりつつ。

 そして一分後。

「クマちゃーん」
『完成ちゃーん』

「クマちゃん良かったねぇ」

 冒険者達が一斉に席を立つ。もこもこのテチテチに合わせ、パァンパァン!! と手を鳴らす。ついに……ついに良い匂いの正体が――。

「座れ」

「すいませんでした」

 渋い男の声が、クソガキ共を静める。が、謝罪してすぐに、言葉を返した。 

「マスター。……いよいよですね」

「お前のそれは今の話に関係のある言葉か?」

 絶対に違うだろう。ギルドマスターの勘などなくても分かる。
 だが今のこいつらに何を言っても無駄だろう。 

『ジューチーからあげちゃん』という謎めいた食べ物を、もうすぐ食べられるのだから。
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