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第320話 聖獣っぽい彼の正体。超えてしまった肉球。「クマちゃ……」「えぇ……」

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 現在クマちゃんは、クマちゃんの強そうな肉球を、彼らに見せてあげている。

 うむ。声も出ないほど驚いているようだ。



 リオの言葉を聞いた彼らは、もこもこに視線を向けたまま首を傾げた。

「聖獣っぽい生き物……?」

「いやそっちのもこもこじゃなくてあっちのもこもこだから」

 彼は自身の座るベッドの奥を指さした。「そこにデカいのいるでしょ」

「うーん。クマちゃんは特別愛らしくて、不思議な癒しの力を持っているからね。君たちがそう思うのも分かるよ」

「だが白いのはその程度の枠におさまる器ではない――」

 南国の派手な鳥が苦笑し、死神が聖獣の枠にもクマの枠にもおさまらないクマちゃんを、遥かなる高みへ押し上げる。「あの肉球は、すでに神を超えている――」「クマちゃ……」

「不穏なこと言うのやめてほしいんだけど」

 表情を消したリオは、高位で高貴なお兄さんへ視線を向けずに言った。
 彼が何者なのかははっきりしていないが、赤ちゃんクマちゃんが下剋上を狙っていると疑われたらどうするのか。
 
 その程度扱いされた聖獣っぽい生き物は、人間達の会話など興味がないらしい。
「頭巾があると寝にくかろう」こちらの独り言も不穏だ。人形のお帽子は、どうなってしまうのか。

 もこもこした敷物でヨチヨチしていたクマちゃんは、両手の肉球を高く上げ、パッと開いていた。

「めっちゃ可愛い……」

 リオには分かった。
 思わず口から褒め言葉が漏れ出してしまうほど可愛いあれは、超えてしまった肉球を表現しているのだ。
 クライヴの言葉に良くない影響を受けてしまったのだろう。

 影響を与えた本人は、赤ちゃんらしい薄いピンク色の肉球に心臓をひとつきされ、建物の外へと逃亡した。


 生徒会役員の彼らも、愛らし過ぎるもこもこの仕草にハートを撃ち抜かれ、話を聞ける状態ではない。

「私の……私の可愛いクマちゃんが……! お手々をパッと開いた子猫ちゃんみたいに……!」
 
「くそ……! なんつー試練だ! 天使の肉球から、視線が逸らせねぇ……!」

「そんな……! 子猫ちゃんが自分から肉球を見せてくれるなんて……!」


 室内にいる者達はときを忘れ、神々を超えた肉球を眺め続けた。



「クマちゃんこっちおいでー」

 リオはベッドから下り、人心を惑わすもこもこをもふ、と掴んだ。「クマちゃん可愛いねー」「クマちゃ……」

 子猫のような生き物が肉球を見せてくれたら、全員の視線が集まるに決まっている。
 偉そうな獣を地元へ帰すまで、もこもこのお手々は隠しておこう。

「私の可愛いクマちゃんが……」「天使の肉球には勝てねぇ……」「肉球のあいだに、ほわほわした毛が……」

「会長クン達さぁ、こっちのデカい聖獣っぽいのが住んでるとこ知ってる?」

 リオはもこもこをおくるみで優しく包みながら、彼らに訊いた。

「クマちゃ……」可愛いもこもこは頬のあたりにお手々を上げ、肉球を見せつけてくる。
 肉球を仕舞わせないつもりらしい。

 生徒会役員達は大きな獣に驚愕し、叫んだ。

「わ、私の可愛いクマちゃんのぬいぐるみが、いにしえの聖獣様に……!」
   
「畜生! 結界が破られたのか……! 聖獣様め! 帽子をどこにやった……?!」

「数百年間行方不明と授業で教わった聖獣様が、ぬいぐるみの帽子を行方不明に……!」


「知ってるっぽいからこいつらと一緒に帰せばいいよね」

「そのようだね。クマちゃんの占いのおかげで、迷子の問題はすぐに解決したよ」

「ああ」

「クマちゃ……」

「素晴らしい、肉球だ――」

 リオは彼らの言葉から『大体知り合いである』と雑に判断した。
 大雑把な鳥と魔王が相槌を打ち、赤子が大人の真似をし、苦し気な死神が占い師の肉球を褒める。

「ん? 戻ってきたのか」

 マスターは可愛いもこもこに弱すぎる冒険者を心配するギルドマスターのような顔でクライヴへ視線をやり、小さな占い師に感謝を伝えた。

「ありがとうな、白いの。お前のおかげだ。これほど有能で愛らしい占い師は、他にはいないだろう」

 そう言って優しく笑いかけ、視線を『聖獣様』へ移すと、難しい顔で腕組みをして、深くため息を吐いた。

「まぁ、何か問題があれば学園生が大人に相談するだろ……」



『じゃあこの聖獣っぽい生き物連れて、学園帰って』
 
『私達は私の可愛いクマちゃんと幸せに暮らすため、学園には戻れない体になりました。それよりも、いにしえの聖獣様から私の可愛いぬいぐるみを取り返すのを手伝ってください』

 おくるみで包まれた可愛いクマちゃんを抱えた金髪の守護者リオと、体がどうにかなったらしい生徒会役員達との舌戦は、数分間続いた。


 そうして無益な口論が終わり、さきほどと変わらぬ室内で、彼らともこもこは別れの挨拶をする。


「またすぐに帰ってくるからね、私の可愛いクマちゃん……」

 生徒会長が悲し気な表情で、おくるみの中を見る。

「クマちゃ……」
『またちゃん……』

 キュ……。引き摺られやすい赤ちゃんクマちゃんが、湿ったお鼻を鳴らした。

「聖獣様ー。俺らって初対面じゃないですかぁ。知り合いじゃないって金の守護者に言ってくださいよ」

「美クマちゃんのぬいぐるみを返して下さい。聖獣様の大きな手では、ブラシをかけれませんよね」

「生意気な人間の小童共め。目に映るものだけが真実ではない。……我は心が広いゆえ、貴様らにも我が力の一端を見せてやろう」

 心の広い彼は、大きな手で学園生達をどつきまわしたりはしなかった。

 矛先を『聖獣様』へ向け、帰るのを渋っていた彼らの前で、青白い光が放たれる。

「いや眩しいんだけど」体が半分輝いている男から、かすれた苦情が飛んだ。発光体の真横に座っているせいだろう。
 もこもこの力のおかげで見えなくはないが、できればやめてほしい。

「クマちゃ……」
『サングラスちゃ……』

 心優しいもこもこは、スイカサングラスの使用を勧めた。

「クマちゃん可愛いねー」リオはおくるみに包まれたもこもこを持ち上げ、頬をくっつけた。だが縞々のサングラスは不要である。


 光がおさまった場所で、『聖獣様』が獣のように頭を振った。

 リオは嫌そうな顔で隣を見た。さきほどまでとは微妙に気配が違うのは気のせいか。
 
 視線の先に、青みがかった白い髪の男が座っている。
 獣王のたてがみを想起させる長髪が、力を放出するかのように、ふわりと靡く。

 藍白の髪と揃いの獣耳を見ながら、リオが言う。

「えぇ……」

「クマちゃ……」

「うーん。たしかにそちらのほうが、手先が器用そうに見えるね」

「変わんねぇだろ」

「帽子はどこだ――」

「あ~、お前たちはもう少し言い方というものを……。いや、それはそれで不気味だな……」

 マスターは彼らの少々どころではなく失礼な言葉を正そうとして、すぐに止めた。
『素敵なお姿ですね』などと言い出されても困る。

 獣人の姿にもなれるらしい聖獣と生徒会役員達の、ぬいぐるみをめぐる不毛な戦いは、数分間続いた。

「ブラシを寄越せ。我が手本を見せてやろう」

「分かりました。では私の可愛いぬいぐるみを、先に私に渡してください」


「どうでもいいから早く帰って欲しいんだけど」
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