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第302話 思い込みの激しい生徒会役員達と、優しい死神。死んでいない彼らと、愛想のない店長。「クマちゃ、クマちゃ……」「いやいやいや」

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 働き者なクマちゃんは、賑やかなお店に相応しい華のあるお菓子について考えつつ、格好良く『にゃー』をしながらプリンを作っていた。

 美味しいイチゴが到着したら、パンケーキの飾りにするのはどうだろうか。
 それとも、新メニューの開発をしたほうがいいだろうか。

 うむ。お客ちゃんがたくさんいるなら、メニューもたくちゃんあったほうがいいかもしれない。

 ◇
 
 夜の夜景も楽しめる、クマちゃんリオちゃんレストラン。
 たくさんの客でにぎわう店内。『クマちゃのげーむ』で遊ぶ人間達の喜びの声が、あちこちで上がる。

 壁のない店の外に、あたたかな光が漏れ、通りを照らす。
 道の向こう側では、癒しの力が満ちるオアシスが、水色の光を放っていた。

 趣のある道の中央で、魔法陣からふわり、と光の粒が舞った。

 あらたな客は背後の夜景に気付くことなく、楽し気な声に惹かれ、レストランの中へと入って行った。


 濃い色のカウンターを、黄色がかった光が照らし、氷の入ったグラスの下に、影の世界にあるような、逆さのグラスが写り込む。
 
 中で調理をしていた男の手が、丸いガラスのツボをコツ、とクッキーがのせられた皿の横へ置いた。

「リーダーが行った方がいいんじゃね?」

 可愛いもこもこと調理をしているリオは、手が離せない。
 ナイフを持った死神と、近づき難い雰囲気の美麗な魔王なら、魔王のほうがましだろう。

「クマちゃ……」

 もこもこした副店長が、クマちゃ、と遠慮がちにもこもこのお口を挟んだ。
 ルークちゃ、忙しいちゃん……、と。

「いやどう見てもクマちゃん見てるだけでしょ」

 リオはもこもこの手元のフライパンに、ムニュ、と生地をしぼりつつ、忙しいらしい魔王を観察した。

 切れ長の美しい瞳が、もこもこのお耳に向けられている。

 普通の調理台はカウンターよりも低い位置にあるが、天板のすぐ下にあるこの台は、正面に座っている魔王からでも、黒猫さんの着ぐるみが良く見えるのだろう。

 お仕事に戻った副店長が「クマちゃーん」と、着ぐるみの上から装着した肉球つき猫の手鍋掴みを振り下ろし、次のパンケーキをぽふん、と焼き上げた。

『にゃー』

「すげぇな」

 低く色気のある声が、万能調理器を使いこなすもこもこを褒める。
 
 リオはまさか――、と思った。

 いまのが『忙しい』の正体か。
 ほんとうに思っているのか、と尋ねたくなるそれが。

「えぇ……」

 店長は心の声を漏らした。

 見てるだけ、たまに『すげぇな』と声をかけるだけ、の『だけ』が、彼らにとっては重要なことらしい。

 まだ赤ちゃんなクマちゃんから彼を引き離すのは難しいようだ。

 諦めた彼がクライヴのいた席を見る。
 だが、そこにあるのはとけずに残る、氷の結晶だけだった。



 学園の裏の森。もこもこ桃源郷。
 夜の闇にひらり、ひらり、と薄桃色に輝く花びらが舞い落ちる。

 淡いピンク色に光る花樹。
 癒しの力が満ちる空間に、男達の話し声が、ぼそぼそと消える。

「私の可愛いクマちゃん……。今日はもう来ないのかな……。こっちのお家は無事なのに……」

 白金髪の会長は、美しい顔を悲し気に歪ませた。
 彼の視線の先には、イチゴ屋根の家の模型、その二があった。

「もっと大きい模型の方がいいでしょうか……」

 同じ模型を見ていた会計が、聖なるもこもこの気配がする、白っぽい丸太をなでる。
 もっと立派な模型でないと、わさわさの葉っぱに隠れてしまい、気が付いてもらえないかもしれない。

「今日はアレも無かったな……」

 目つきの悪い副会長は、自身の光りやすい胸元へ手を当てた。

 彼の宝物は、今日は増えなかった。
 大人のクマが忙しいのだろうか。
 それとも、何か驚くようなことがおこり、撮影どころではなくなってしまったのか。

 美しく幻想的な森のなかで、もこもこ畑を囲んでいるのは、湯上りの生徒会役員達だった。

 もこもこの作った聖なる泉で身を清め、聖なるもこもこが現れるのを待っているのだ。

 昨日置いたイチゴ屋根の模型は、残されたままだった。
 ドロドロだった畑は、彼らが授業を受けているあいだに元に戻ったようだが、わさわさに実ったイチゴはそのままで、誰かが取りに来た形跡はない。

 イチゴ畑と泉、どちらで待つべきか。
 彼らが考えていると、ほかほかの体を冷やす、恐ろしい冷気が身を包んだ。

「白いのは、ここには来ない――」

 凍える美声が、闇に静かに落とされた。
 背に冷たいナイフを当てられたような緊張感が、あたりに漂う。

 天使の畑に来たのは、天使ではなく死神だったようだ。

 しかし、恐怖を感じるよりも先に、彼らが思い浮かべたのは、『白いの』の言葉が当てはまる、白くてもこもこの愛しい存在だった。

◇ 

 もしも一日中もこもこに会えなければ、それはどれだけ辛く、悲しいことだろうか。
 
 小さきもこもこの気配がする癒しの畑で、何時あらわれるとも知れぬ存在を待つ彼らを見た死神は、イチゴだけを収穫して帰る事などできなかった。


 だが、声を掛けたのは失敗だったかもしれない。

「私の可愛いクマちゃんに会わせて下さい……! そこが神の国だとしても、文句は言いません!」

 会長と呼ばれている白金髪が、バッ! と芝居がかった仕草で、両腕を広げた。
 その恰好のまま目を閉じ、小さな声で「いま会いに行くからね……」と呟いている。

「会長。それ死ぬって意味ですよね」

 白金髪の仲間が冷めた目を向け、「それで美クマちゃんに会えるなら……」と覚悟を決めた人間のようなことを言った。

「やっぱ天使と暮らすなら肉体は邪魔っすね」

 目つきの悪い男が胸元へごそごそと手を入れ、何かをずらすような仕草をしつつ、「刺すならここらへんにお願いします」と己の体を親指で指した。

「…………」

 意外と優しい男クライヴは、彼らをもこもこと会わせてやるにはと考え――。

「条件がある」

 美しいナイフをスッと、畑へ向けた。



 目を閉じていろ――。

 転生の儀、イチゴの収穫を手伝った彼らへ、冷たい美声が告げた。

 もこもこに会うためなら何でもする覚悟な男達は、夜の森に白く浮かび上がる美麗なナイフへ視線を向け、「お気遣いありがとうございます。私の可愛いクマちゃんのような素敵なナイフですね」「なるほど、それで」「次に目を開けると――、ってやつっすか。できれば、クマちゃんが好きそうな外見でお願いします」と好き勝手な妄想を広げてから、ようやく目を閉じた。

 闇が、彼らをのみこんだ。



 彼らが目を開けると、目の前に、南国のような雰囲気の、行列のできる店があった。
 
 真っ白な砂地からは、幻想的なオアシスと、明るい光が漏れる店、両方が眺められる。

「ここが、私の可愛い聖クマちゃんが暮らす場所……ふっ……空気まで可愛い」

「確かに美クマちゃんの気配を感じますが、その言い方はちょっと」

「あれは、天使に会うための行列……。さすがっすね」

 もこもこに会うためなら手段を選ばない男達は、自身の肉体がどうなったか、ここはどこなのか、という当たり前の疑問すら持たず、謎の行列に並ぼうとした。

「ついて来い――」

 美しい死神が、彼らを導く。

 彼らは無言のまま、光を目指した。


「連続もこもこ事件じゃん」

 リオは正面を避け、横から店に入ってきた、見覚えのある変態達へ視線を向け、かすれた声でいった。

 しつこそうな変態達は、死神のおそろしさに打ち勝ち、もこもこに会いたいと粘ったのだろう。
 さすがは変態である。普通の学園生なら、氷のような眼差しを向けてくるクライヴに頼み事などできない。
 
 やつらにもこもこゲームをさせてはならない。
 どこにあるのか分からない学園に、とっとと返すべきだ。


 クライヴは連れてきた彼らに一度だけ冷たい視線を向けると、カウンターに並べられた菓子を配りに行ってしまった。
 彼の代わりに接客業務をしていたはずのゴリラちゃんが、何故か客に混じり、『クマちゃのげーむ』をしているせいだ。

 お兄さんは姿を消したまま、カウンター席へ着き、闇色の球体が、イチゴの入ったカゴを並べた。


「私の可愛いクマちゃんが……、私の可愛いクマちゃんが……!」

 会長は見た。
 彼の可愛いクマちゃんが、小さな黒猫ちゃんの姿で、可愛いお手々袋をはめて、お菓子を作っているのを。

 会長は「私の可愛いクマちゃんが……」と繰り返しながら、涙を零した。

「クマちゃーん」

『にゃー』

「くっ!」

 会計は胸を押さえ、膝を突いた。足元に、大事な丸太が転がる。
 同じ黒猫ちゃんの姿なのに、愛くるしさが『シャー』とは違う。

 なぜ……、なぜ美クマちゃんは、子猫ちゃんのような大きさになっているのか。

 あの姿で『にゃー』というなど、絶対にかわすことのできない魔法を、胸に『にゃー』と撃ち込まれたようなものだ。

「……さすが、地元で過ごす天使は威力がちげぇ……」

 副会長は自身の宝である胸元の菱形に拳を当て、苦し気に笑った。
 天使は体の大きさまで自在に操れるらしい。愛らしさで、めまいがする。


「店に変なの連れてくるのやめて欲しいんだけど」

 リオは可愛いもこもこを護るように抱え、くずおれる彼らのもとへスタスタと近付いた。
 
 いつの間にか、行列ができるほど客が入っているのに、変態の相手などしていられない。
 放っておきたいが、もこもこが学園でつくったお友達を無視するわけにはいかないだろう。


 仲良しのリオちゃんに抱えられ、作業を中断されたクマちゃんは、むむ、と不満をお口のもこもこで表現し、彼の腕をカリカリしつつ、前を見た。

 そこには、クマちゃんのお友達の会長達がいた。
 
 大変だ。今日のぶんのお手紙を書くのを忘れてしまっていた。
 もしかすると、クマちゃんお手紙はまだですか、と聞きに来てくれたのかもしれない。
 
 落ち着いた赤ちゃんなクマちゃんは「クマちゃ」と頷いた。
 せっかく会長がきてくれたのだから、いま書けばいいのである。
 
 そして、クマちゃんが美しい文字を綴っているあいだに『クマちゃのげーむ』で遊びながら待っていてもらえばいいのだ。

 クマちゃんはお店まで来てくれたお友達に「クマちゃ、クマちゃ……」と声を掛けた。


 来てくれてありがとうございます。クマちゃんは、うれちいです。そちらに座ってお菓子ちゃんを食べて、クマちゃのちゅくった、たのちいゲームちゃんで遊びながら、待っていてくだちゃい……、と。


「いやいやいや待って待って待って。クマちゃんのお菓子だけでいいんじゃね? ほら、こいつらすぐ帰るし」

 リオは急いで『クマちゃのちゅくった、たのちいゲームちゃん』の存在を隠そうとした。
 変態学園生達に『クマちゃのげーむ』は刺激が強すぎる。

 あれは、大人の、二十……、否、二十三を超えた人間にしか許されない遊戯なのだ。

 しかし、彼らの耳にはすでに、二十三才以上のみを対象とする二十三禁ゲームの話が届いてしまっていた。


「私の可愛いクマちゃんがちゅくったたのちいゲーム……? それは、私のために存在するゲーム? 景品は、私の可愛いクマちゃんかな?」

「会長、変態みたいな発言は慎んでください。……時間ならたっぷりあるので、大丈夫です。それで、美クマちゃんの美しい肉球で作られたゲームとは……」

「なるほど……な。会長と会計に勝てば、天使と会話する権利が貰えるってことか……。最初っからもこもこ遊戯でお出迎えなんて、さすが天使の住まう楽園。刺激的だぜ……」
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