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第259話 お上品にお食事をする幸せそうな彼ら。「クマちゃん可愛いねー」「クマちゃ」

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 一瞬で昼食のコース料理を完成させてしまった天才シェフクマちゃんはみんなと仲良く一緒にご飯を食べるため、現在テーブル席のほうへ移っている。



 クマちゃんの肉球にしたがいテーブル席へ移動した彼ら。

 ウィルは赤ちゃんクマちゃんを不安にさせぬよう倒れているクライヴをマスターに託し、さりげなくルーク達の席へ移動した。

 手の平ほどの大きさのクマちゃん型魔道具を持ってきたリオに、テーブルの真ん中にいるもこもこシェフの愛らしい声がかかる。

「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、鳴らすちゃ……』

 ではリオちゃんは魔道具のお鼻のところを押してください……、という意味のようだ。

「あ、やっぱ俺が押すんだ……」

 もこもこと同じテーブルに着いているリオが細かいことを気にしつつ半球の上の黒いお鼻をポチ、と押す。

 ――チリリーン――。

 ――キュオー――。

 ――クマちゃーん――。

 魔道具から愛らしい音と音声が響く。
 可愛い声はなんとなく『前菜ちゃーん』と言っている気がする。
 
 音に反応した四角いほうの魔道具が、カウンターの上で強く光りを放ち――キュオー――と鳴いた。
 
 気になった彼らがそちらを見ていると、自分達の座るテーブルに癒しの力が広がり、美しく盛り付けられた料理が現れた。
 
 真っ白なお皿の端に、クマ耳のような二つの出っ張りがある。

 料理は少量ずつ、三か所に分かれ盛られている。
 それぞれ違う味付けなのだろう。
 
 焼いたエビに白いソースが掛かったもの。
 アスパラガスに生ハムが巻かれたもの。
 瑞々しい赤ともっちりとした白にブラックペッパーとオリーブオイルが掛けられたもの。

 中央には小さくて可愛らしいクマちゃん像がちょこんと座っている。
 それは真っ白で、陶器のようにツヤがあった。
 食べ物ではないらしい。

「あのドア開くわけじゃないんだ……」

 細かいことを気にする村長に、魔王のような男の切れ長の瞳が向けられた。

 視線の成分は『細けぇな』二十、『いちいちうるせぇな』八十である。

 ――起きろクライヴ、白いのが頑張って作った料理だぞ。食わなくていいのか――。

 隣の席のマスターは昼食時まで忙しそうだ。

「とても綺麗で美味しそうなお料理だね。クマちゃんのお皿もクマちゃんの人形も凄く愛らしいよ。……おや? この袋はなんだろう」

 ウィルはお料理と同じようにテーブルの中央に座っているシェフに優しく声を掛け、途中で何かに気が付いた。
 皿の影に平たい袋状の何かが置かれている。

 指輪で飾られた指で中身を取り出す。

 すると中から出てきたのは、とても可愛らしいクマちゃんが本物そっくりに写されている素敵なカードだった。

 銀色で縁取られたカードのなかのクマちゃんは両手の肉球を顔の前に掲げ、最高に愛らしい格好でこちらを見つめている。

「素晴らしいね……僕が貰っていいのかな?」

 真剣な表情のウィルが、静かにシェフに尋ねる。
『だめちゃん』と言われたらしばらく落ち込んでしまうだろう。

「クマちゃ、クマちゃ……」
『どうぞちゃ、おまけちゃん……』

 ええ、それはお料理のおまけの村民ちゃんカードです。ふちが銀色なので少し良いカードちゃんですね……、という意味のようだ。
 
「え、なにそれ! 俺も欲しい!」

 可愛いクマちゃんカードを貰い「ありがとうクマちゃん。とても嬉しいよ」と綺麗な笑顔を浮かべるウィルに「ずるいと思うんだけど!」村長の獲物を狙う目が向けられる。

 スイカサングラスから邪気が漏れている。
 感じ取ったウィルがふんわりと断る。

「君の分もあるのではない?」
 
 声はいつも通り涼やかで優しいが、目は笑っていない。
 彼からクマちゃんカードを奪った者には災いが降りかかるだろう。

 ――クライヴ。お前の好きな肉球のカードが貰えるらしいぞ……おい! 急に立ち上がるな! ――。

 隣が騒々しい。
 この村一番の高級店、クマちゃんリオちゃんレストランにマナーは存在しないらしい。

「あ、ほんとだ。おまけって全員もらえんの?」

 吞気な村民が『村民ちゃんカード』が入った袋を開ける。

 出てきたそれは金色に縁どられ、ビカビカと激しく光っていた。
 だが残念なことに、光に包まれたカードに写っているのは期待していたもこもこではない。
 輝く紙を埋めるのは緑と黒の縞柄丸眼鏡を掛けた怪しい金髪の青年だけだ。

 もこもこしていない村民は顎に大量のクリームをつけ楽しそうに笑っている。
 
「いらないんだけど」

 不要――。それに限る。
 貰ってもまったく嬉しくない。
 顎のクリームすらどうでもいい。
 
 この世に必要のないおまけを渾身の力で破ろうとするが、癒しの力に護られたカードは破壊出来ないようだ。
 
「めっちゃ腹立つ」

 なんて憎らしい『村民ちゃんカード』だろうか。
 破棄に失敗したリオが嫌そうに呟き、どうでもいいそれをテーブルに伏せた。

 そして気付く。
 裏側も金色なそれの真ん中に、可愛いクマちゃんのお顔の絵が描かれている。
 子供が描いたようなそれは、クマちゃんの作品だろう。

「あぶなっ!」
 
 危うく大変なことをしてしまうところだった。
 リオはカードに傷が無いか確かめた。

 だが『村民ちゃんカード』は少しの歪みもなく、無事なようだ。

「えぇ……」

 村民代表が複雑な声を漏らす。
 輝くそれは冒険者である男の渾身の力にも、びくともしないらしい。

 ――おいクライヴ、大丈夫か……そうか良かったな――。

 隣のテーブルで当たりもこもこカードが出たらしい。
 振動がカタカタカタ――とこちらまで伝わってくる。

「クマちゃ、クマちゃ……」
『金色ちゃ、凄いちゃん……』

 もちゃもちゃと動いていたお口を止めたクマちゃんの、愛らしい声が響く。
 仲良しなリオちゃんの残酷な破壊活動には気が付かなかったようだ。

 先程までテーブルの中央にいたもこもこシェフはルークに抱っこされ、小さく切られた前菜をお口に運んで貰っていた。
 過保護な魔王は昼食の遅れを心配し、先に食べさせていたらしい。

 ルークはもこもこに食べさせる合間に自身の料理に手を付け「うめぇな」とシェフを喜ばせている。

「味もとても素晴らしいね。爽やかな風味で、この村にぴったりなお料理だと思うよ」

 ウィルはもこもこシェフとシェフの考案した『一瞬ちゃんお料理ちゃん』へ賛辞を贈った。
 最高に美味しい料理に舌鼓を打ち、愛らしいクマちゃんカードも手に入れた彼は機嫌が良さそうだ。

 ――白いのは凄いな。こういう食い方は初めてだが、そのままよりも美味いかもしれん――。

 ――これほどの料理を一瞬で……――。

 隣のテーブルでも『一瞬ちゃんお料理ちゃん』は絶賛されていた。

「この赤いのトマトかと思ったらスイカなんだけど……でもめっちゃ美味い……」

 トマトとチーズの料理に似ているそれに騙され『うるせぇな』と言われそうな苦情を漏らしていた男は「美味すぎる……めっちゃいい味……」と呟きながら考えていた。
 このままもこもこの肉球を放置すれば、あちこちに『不要なリオちゃんカード』をばら撒かれるだろう――。

 細かいことを気にする村長はもこもこ副村長に悲しいお知らせをした。

「クマちゃん。実は俺のカードとか欲しがるやついないんだよね」

「クマちゃ……!」

 仲良しのリオちゃんの不安を聞いてしまったクマちゃんが悲しみの声を上げ、お魚さんの鞄から何かを取り出す。

 猫のようなお手々が握るそれは、小さな金髪の人形だった。
 頭身はだいたい三頭身。大きさは五センチ程度。
 
 サングラスは掛けていない。眩しい笑顔が憎たらしい。
 可愛くない人形は白い猫足のような可愛い靴を履いている。
 もこもこした生き物のほうへ寄せた危険なお揃いだ。

「クマちゃんまさかそれ俺じゃないよねぇ」

 村長がいやらしく尋ねる。

 さきほどの可愛くないカードは『捨てられる確率五十パーセント』くらいだったが、欲しくないのに立体的で場所も取るこちらは『捨てられる確率百パーセント』を超えてしまっている。
 燃やされる確率十五パーセント。

「クマちゃ……」
『リオちゃ……』

 これは可愛いリオちゃんのお人形ちゃんです。きっとみんな欲しがります……、という意味のようだ。
 自慢げにキュ! と湿ったお鼻を鳴らすもこもこが小さなお手々で、リオちゃん人形の口元におもちゃのフォークを運ぶ。

 ――シャクシャク――。

 人形から水分量の多い野菜を咀嚼しているような音が響いた。

「気持ちわるいねぇ」

『そっかぁ』と間違え本音を言ってしまった男に「リオ」とウィルの涼やかな声がかかる。

『黙れ』という意味だろう。
 もこもこにはシャクシャク人形のおかげで聞こえなかったようだ。

「クマちゃんは何が当たったのかなー?」

 黙らない村長がいやらしく探りを入れる。 
 ――金髪が写っていたらこっそり始末せねば。

「クマちゃ……」

 お食事中にお人形で遊んだりしない良い子なクマちゃんは鞄へシャクシャク人形セットを戻し、ルークを見上げた。

「…………」 

 愛しのもこもこの願いをなんでも叶える魔王がテーブルへ片手を伸ばし、魔法で袋の封を切る。
 彼は可愛いクマちゃんを抱えたまま、ふんふんふんふんと興奮しているもこもこに良く見えるように、ゆっくりと中身を取り出した。

「当たりだろ」

 ルークが低く色気のある声を響かせる。
 彼にとっての『当たり』は当然最愛のもこもこだ。

 カードの縁は銀色で、写っているのは可愛らしい花柄スカーフと麦わら帽子姿で哺乳瓶を持っている子猫のようなクマちゃんだった。

「クマちゃ……」
『残念ちゃ……』

 いいえ、残念ですがこれは当たりではありません……、という意味のようだ。
 もこもこの欲しいものでは無かったらしい。

「え、めっちゃ見たい。リーダーそれこっち向けて」

 魔王が当たりというなら可愛いもこもこカードだろうと思ったリオが、ルークの手元へ視線を向ける。

 その瞬間『前菜ちゃん』を食べ終えていた彼の皿が、スープの入ったものと入れ代わった。

「なにこれすげー」彼は天才魔法使いクマちゃんの『一瞬ちゃん給仕ちゃん魔法』に驚きつつ黄緑色のスープをスプーンで掬い

「とにかく美味い。やばい。なんのスープか分かんないけど美味い」

もこもこシェフがよろず屋お兄さんから仕入れた食材で作られた『謎の野菜をふんだんに使用したポタージュ』を褒め称える。

 ルークは指先を動かしカードを裏返した。 
 無表情な彼が『めんどくせぇ』と思っているか『めんどくせぇ』と思うほうが面倒なのか、分かるものはいない。

「とても良いカードだね。コロンとした形の麦わら帽子とクマちゃん専用のグラスを握るふわふわの手の角度が特に素晴らしいと思うよ」

『食べたことの無い味だと思うのだけれど、深みがあって本当に美味しいスープだね』と『謎の野菜をふんだんに使用したポタージュ』の評論をしていた南国の鳥がクマちゃんカードの評論へ移る。

「えー、めちゃくちゃ可愛いじゃん! これは大当たりでしょ」 
  
「いいなー。俺もそっちがいい……」と言うリオは本気で羨ましがっていた。


 チャ――、チャ――、チャ――とお上品な猫のようにスープを味わっていたもこもこが、ハッとしたようにリオを見た。

 両手の肉球でもこもこした口元を押さえたクマちゃんが、遠慮がちに呟く。

「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、交換ちゃ……』

 ではリオちゃんとクマちゃんのカードを交換しませんか? という意味のようだ。
 もこもこが欲しかったカードは仲良しなリオちゃんのカードだったらしい。

「クマちゃん可愛すぎる……。ありがとーめっちゃ嬉しい」

 誰もいらないはずの自身のカードを欲しがる可愛い我が子に、感動した新米ママはサングラスの裏で瞳を潤ませた。

「はいこれ俺のやつ」

「クマちゃ……」

 誘惑に負けたリオはこの世に存在してはいけない『リオちゃんカード』をもこもこに差し出し、

「……ヤベーこのクマちゃんカード可愛すぎる」

代わりに素晴らしいもこもこカードを手に入れた。

 嬉しそうにクマちゃんカードを眺めていたリオは「なんかある……」スープ皿の影に置かれていたものに気が付き

「どーせまたアレでしょ……」心の扉をスッと閉じる。

「もう俺いらない……」

 リオは悲しい言葉を呟きつつ袋を開いた。

「……あれ。肉球のカードだった。これ当たりじゃね? ほら、スイカ柄だし」

 この時隣が騒がしくなったが、リオは可愛いもこもこと話をするのに夢中で気にしなかった。

「クマちゃ……」
『残念ちゃ……』

「え、違うの? でもめっちゃ可愛いから当たりってことでよくね?」

「クマちゃ、クマちゃ……」
『リオちゃ、当たりちゃ……』

「そっかぁ。俺が当たりなんだぁ。クマちゃん可愛いねー」

「クマちゃ……」
『リオちゃ、ねー……』

 可愛いもこもこと楽しそうなリオを見守っているウィルがルークに話しかける。

「相変わらずとても仲良しだね」

「ああ」

 ルークはもこもこの口元へ少量のスープを運びながら相槌を打った。

「そうだな」

 切れ長の美しい瞳が幸せそうな金髪を見る。

 シャクシャク人形に嫌そうな顔を向けていたのは気のせいだったらしい。


 仲良しな彼らを静かに見守り、もこもこが一瞬で作った料理に舌鼓を打っているお兄さんのテーブルでは少々揉め事が起こっていた。

「クライヴ、気持ちは分かるが――」

 と言いつつ自身のもこもこカードを手放さないマスター。

「――――」

 氷の紳士がリオへ氷のような視線を向けている原因はスープに付いてきたカードである。

『リオちゃんの』と添えられている矢印。

 それは金色に輝く『村長の手カード』だった。


 仲良しな彼らの昼食はまったりと進む。

「クマちゃん肉球のカードって何種類くらいあるの?」

「クマちゃ……」
『一個ちゃ……』
 
「そっかぁ。クマちゃん可愛いねー」

 頷いたリオは狙われている貴重なカードを厳重に道具入れに仕舞った。
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