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第244話 余計なことを言うリオ。大変なことを聞いてしまったクマちゃん。

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『暮らしの手引きちゃんその一』を完成させたクマちゃんは、現在村長のリオちゃんに最終確認をしてもらっている。
 
 うむ。絵も文字も、とてもお上手にかけている。
 素晴らしい出来である。
 
 リオちゃんに抱えられ、一緒に原稿を見ていたクマちゃんはハッと気が付いた。
 お名前を書くのを忘れている。
 リオちゃんとクマちゃんは村長と副村長なのだから、誰が見ても分かるように書いておかなければ。



 クマちゃんに『クマちゃ……』とお願いされたリオが

『えぇ……もう三回くらい読んだんだけど……』

『いやこれ以上確認するとこないよね』

『そっかぁ……』

『じゃああと十回読むから待ってて……』

もこもこの制作した〝暮らしの手引きちゃん〟を自身の『俺めっちゃ読むから!』宣言通りめっちゃ読んでいたとき。

「はらへり うみづり――」

 彼の腕のなかで頷いたりお手々のさきをくわえたりしていたもこもこが「クマちゃ……!」と声をあげた。

『お名前ちゃ……!』

「いやいやいやいやお名前とかいらないから。このもこもこした白いのはどっからどう見てもクマちゃんだし全然大丈夫だから」 

 リオは『この両肩にスイカのせてんの俺だし』とは言わなかった。

 そちらの紙に住んでいる金髪とはできるだけ無関係でいたい。
 まだスイカから直接汁を吸ったこともないのに、皿すら使わず肩から上だけですべてをこなす難易度の高い生き方選んだ者と一緒にされては困る。

 自分とスイカの関係も、そのような肩のあたりがべたべたしそうなものではない。
 ときどきかかわることがあったとしても適温に冷やし『冷たくておいしー』と適切な距離を保っていただくだけだ。

 今後も服装の一部にスイカ二玉を取り入れるつもりはない。絶対に。

 リオは心の扉から完全にスイカを閉め出した。
 今後はなんびとたりとも彼の肩にスイカをのせることは出来ない。
 
 
 わずかなスイカをショリ――とねじ込むこともできないほど心を閉ざした村長は、もこもこ画伯が肉球とクレヨンで一生懸命描いた金髪を嫌そうに見た。

 考えたことが口から出過ぎる男の口から、余計な一言が漏れる。

「ケルベロス……」

「クマちゃ!!」

 聞いてしまったクマちゃんが愛らしい悲鳴を上げた。

 
 仲良しなリオちゃんと一緒に仲良く原稿の確認をしていたクマちゃんのもこもこしたお耳に、大変な情報が飛び込んできた。

『ケルベロ――』

 ケルベロチュ――。

 聞き取りにくかったが間違いない。
 元冒険者の村長はケルベロチュの気配を察知したのだろう。

 大変だ。いったいどこから入ってきてしまったのか。「クマちゃんいまケルベロチュって言わなかった?」風のささやきもケルベロチュを恐れているらしい。

 真剣な表情で考えながら、自身の行動を振り返るクマちゃん。

 今日行った場所といえば海である。
 もしや、クマちゃんの素敵な釣り竿で釣ってしまったのでは――。
 
 村に怪物を釣り入れた犯人かもしれないクマちゃんは、震える肉球をなめた。

「ねぇクマちゃんケルベロチュっつったよね?」

 風のささやきが『ねぇクマちゃんケルベロチュ釣ったよね』とクマちゃんから言質をとろうとしている。
 証拠をもとにクマちゃんを締め上げたくなるほど不安なのだろう。
 
「クマちゃ……」
『クマベロチュ……』

 クマちゃんがベロチュをやったね……。
 もこもこのお口から無意識に、悲しい呟きが漏れた。

 毎日幸せなクマちゃんの幸福度、七・五。



「クマちゃんいまクマベロチュって言った?」

 細かい男リオがしつこく尋ねる。
 新米ママは丸くて可愛い我が子のもこもこ頭を撫でた。

「めっちゃもこもこ……」リオが無意識に呟き、考える。

 もこもこは先程から何を言っているのか。
 可愛いが気になる。
『ケルベロチュ』よりも『クマベロチュ』が。

『クマベロチュ』とはいったいどんな生き物なのだ。 
  
「クマちゃ……」
『クマチュン……』

 落ち込むクマちゃんのもこもこのお口が勝手に動いている。
 考えごとで忙しい副村長は自身が何を言っているのか分かっていないようだ。

「なに『クマチュン』て」

「可愛いんだけど」と村長は『クマチュン』を仰向けに抱えてみた。

 彼が視線を落とすと『クマチュン』は不安げにお手々のさきをくわえていた。

「どしたの? 眠い?」

 リオが優しい声でもこもこをあやす。
 
 副村長の幸福度を下げたのは自身の放った『ケルベロス』である。
 気付かない村長が「一緒におねんねする?」と無責任な発言をする。
 
 
「クマちゃ……」
『クマチュ……』

 クマチュンは忙しいので……、という意味のようだ。
  
 仰向けのもこもこがそっと彼に両手の肉球を向けた。
 クマちゃんはつぶらな瞳をうるうるさせている。

『ケルベロチュ』対策に忙しい副村長に『おねんね』は必要ない。

「そっかぁ『クマチュ』かぁ。肉球めっちゃピンク」
 
 我が子が愛らしくて幸せなリオは可愛い肉球を指先でつついた。

◇ 
 
 海からザバァッ! と釣られ『キャンキャンキャンキャン!!』と吠えるケルベロチュを想像し、もこもこもこもこと体を震わせていたクマちゃんはハッと思いついた。

 まさか、以前クマちゃんを襲った犯人もケルベロチュだったのだろうか。   
 大変だ。きっと犯人はふわふわで可愛いクマちゃんを再びもぐもぐするために追いかけてきたのだ。

 海から上がってきたのなら、今頃は露天風呂で海水を洗い流している頃だろう。

 このままだと湯上りでご機嫌なケルベロチュにクマちゃんの頭がベロベロもぐもぐされてしまう。
 もしかしたら、仲良しなリオちゃんの頭まで仲良くベロもぐされてしまうかもしれない。

 恐れている場合ではない。
 クマちゃんはキュム、と肉球を握った。

 強くて格好いいクマちゃんが「あークマちゃん可愛い。めっちゃもこもこ……」恐怖で力の抜けてしまったリオちゃんと村を守らなければ。

「クマちゃ……」
『避難訓練ちゃ……』
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