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第243話 優しいクマちゃんの伝わりにくい優しさ。

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 村のみんなのために『暮らしの手引きちゃん』を作っているクマちゃんは、現在リオちゃんの絵の仕上げをしている。
 うむ。これならいつもお声がかすれているリオちゃんのノドもしっとりと潤うだろう。

 キュ、とスイカからリオちゃんの口につなぐ長いストローを描き終えたクマちゃんは、ハッと気が付いた。
 もしかしたら、一玉だけだとすぐに果汁を飲み終えてしまうかもしれない。
 
 クマちゃんは真剣な表情でうなずくと、ストローをもう一本追加した。



 画伯の作品の不可思議な部分はすべて優しさで出来ている、ということに気付かないリオが真剣な表情で呟く。

「ひとりだけ様子おかしいと思うんだけど」

 さらし者のように前に出されている村長の口から、ついに二本目の管が出てしまった。

 クマちゃん画伯のお手々がスススス! と素早く動く。

 村長の口から細長い何かが伸びてゆく。
 顔の両脇に並んだ第二、第三の顔――
のようなスイカが、謎の管で連結された。

 ケルベロス――。
 クマちゃんの地元ではありふれているのかもしれないが、森の街でのそれは怪物である。

 画伯は忙しいらしい。
 愛らしい声で「クマちゃ……、クマちゃ……」と作品の構想を練っている。

「俺も普通がいいんだけど……」風のささやきを聞いていたのは、すべての生き物を見守っているが見守っているだけで何もしないお兄さんだけだった。



「クマちゃんお客さんの足短くしたでしょ!」

 リオが心の扉を閉め、クマちゃん画伯のやばい絵から目を離しているあいだに、お客さんの絵も肉球被害に遭ったようだ。
 もこもこの手元にクレヨンも消せるふわふわがある。
 やつはアレで全員の足を消し、丸い猫足に描きかえたのだろう。
 
 こちらを見ない画伯からチャ――、チャ――、チャ――とお口を動かす音が聞こえてくる。
 しらばっくれるつもりらしい。

 画伯が二枚目の紙を取り出した。
 子猫のような小さなお手々を大きく動かし、へたくそで可愛い文字を書いている。
 いつもなら一文字書くのに四枚も使うクマちゃんが、今回は一枚の中に四文字も書いていた。
 
 クマちゃんは丁寧に二枚目を書き終え、次の紙へと進む。

 もこもこの体と同じくらいの大きさの文字だが、普段よりは読みやすいような気もする。
 字が上手くなったわけではない。一枚におさまっているのが良いのだろう。

 リオは愛らしい我が子が一生懸命書いているそれを読み上げた。

「『はらへり うみづり あみやき。なまやけ はらいた みちづれ。やきすぎ けしずみ ようずみ。まんぷく おつかれ たちされ』」
 
 これはひどい。じいさんの言い伝えか何かか。
 リオは若干憎たらしい文章を見て思った。
 やはりクマの赤ちゃんに人間用の『暮らしの手引きちゃん』作りは無理なのだ。

「クマちゃんこれ説明っぽくないし、ちょっと優しさが足りないかも」
 
 心を大型モンスターにした新米ママは、我が子に大切なことを伝えた。
 可愛いもこもこらしい可愛い説明文を求む、と。

 両手の肉球でサッと口元を押さえたクマちゃんは、ハッとしたようにお目目を開き、ゆっくりと頷いた。

 ――分かってくれたようだ。

 もういちど紙に向き直ったクマちゃんが、せっせと肉球を動かす。

 リオは出来るだけ優しい声でそれを読み上げた。

「『けがれた いそいで ふろいけ』」

 もこもこが彼を見ている。
 褒めて欲しいのだろう。
 彼の心の扉から『褒めどころが分かんないんだけど』ともこ育てに悩むかすれ声が聞こえてくる。

 ヨチヨチと寄ってきたもこもこがテーブルの端で両手の肉球を伸ばし「クマちゃ……」と彼に抱っこをねだった。

「可愛すぎる……」

 当然のように我が子を抱き上げ、ふわふわの頭に頬をくっつけたリオは「あークマちゃん可愛い。めっちゃもこもこ……もこもこ」ともこもこ本体を褒めた。

「クマちゃ……」と喜ぶ声がとても愛くるしい。

 クマちゃんの良いところは純粋で愛らしいところだ。
 大事なのは書かれた内容ではなく、彼らのために『暮らしの手引きちゃん』を作ろうと考える優しさだろう。

 
 リオは街中でこれを見せている自分を思い浮かべた。
 
『ほらこれ。うちの子が頑張って書いた〝暮らしの手引きちゃん〟なんだけど』

『なるほど。長老からの警告文かと思いました。よく見ると赤ちゃんらしい気遣いも感じられますね』


 だがすぐになかったことにした。

「クマちゃん可愛いねー」

「クマちゃ」
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