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第213話 まったりとした情報収集。哺乳瓶を添えて。 

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 現在クマちゃんは仲良しなリオちゃんの腕の中で、美味しいリンゴジュースを飲んでいる。
 うむ。とても美味しい。
 まるでリンゴをしぼった汁のような味だ。

 お上品にそれを吸うと、機能的なグラスの先から素敵な味の雫が落ちてくる。
 クマちゃんは思わず肉球で虚空をかき、もっと下さいのポーズをしてしまった。

 
 愛らしいクマちゃんにピンク色の肉球を見せられたリオが鼻の上に皺を寄せた。
 閉まりかけの心の扉に、もこもこした生き物の湿った鼻先が『クマちゃ……』と突っ込まれる。

 無理やり開かれそうな心の扉。
「かわいい……」リオは魔界から溢れ出る怨念のような声を出し、顔を歪めた。

 美しい睡蓮のランプで装飾された別荘。
 テーブルの中央に置かれた魔道具。
 流れてくる街の人間達の声。

『あ! あれリオちゃんニュースの人形!』
『カツラ光り過ぎでウケる~』
『頭から光線出てる』
『へ~……いや出てないんですけど~』

 再び扉がスッと閉まる。

 片手に哺乳瓶。腕の中にはクマちゃん。
 リオは嫌そうな顔のまま、もこもこと見つめ合った。
 ――いつもはまん丸のお目目が今は少しだけ楕円になっている。
 視線をずらしピンク色のそれを見る。
 哺乳瓶を吸いながら彼に向けたお手々にキュと力が入れられ、肉球がキュ、となったのが見えた。

「かわいい……」漏れる怨念。
 扉の立て付けが悪いようだ。

  
 ガタガタの心の扉からガタガタガタ……と怨念を出しているリオに気付かない仲間達は、相変わらずクマちゃんニュースを観ていた。
 仕事を思い出さないマスターも一緒になって視聴している。
 今の映像はひとつだけらしく、映っているのは若い男性のようだ。
 
『え~と、最近どんな夢を見ましたか? ん~、あんまり覚えてないんですけど……緑が減った感じの夢だったような……』

 街頭取材はまったりと続いている。

「うーん。あの〝もや〟が増え続けていたら、本当にそうなっていたかもしれないね」

 ウィルがふんわりと涼やかな声で嫌な未来を語る。

「ほっとくわけねぇだろ」

 魔王のような男が無駄に色気のある声でそれを否定した。
 いつもなら『めんどくせぇ』とクマちゃんのこと以外どうでも良さそうにしている彼でも森を護る気はあるらしい。

 生き返った死神は静かに頷いている。
 視線を一瞬もこもこへ向けかけ――
「馬鹿な――」すぐに忍び寄る危険を察知したようだ。

「……街外れの見回りはしばらく続けるとして、部屋を整えておかねぇとな……」

 マスターは顔を顰め、こめかみを揉んだ。
 
 
 リンゴジュースで喉を潤していたクマちゃんのお耳がピクリと動く。
 大変だ。
 先程遊びにきたばかりのマスターは元気がない。
 どうやらお困りのようだ。
 もしかして、お部屋が足りないのだろうか。
 うむ。それならクマちゃんが解決できるはずだ。
 
 クマちゃんはマスターに、クマちゃんは素敵なお家をたくさん持っていますよ、と声を掛けた。


 マスター達がクマちゃんニュースを楽しみつつ真面目な話もしていると、子猫のように愛らしい声が「クマちゃ、クマちゃ……」と聞こえてきた。

『クマちゃの、イチゴの……』

 お困りのようですね。
 お部屋ならクマちゃんのイチゴのお家がたくさんありますよ、という意味のようだ。

「ああ、もしかして心配してくれたのか? お前は本当に優しくて可愛いな。でもあれは白いのの大事なもんだろ」

 マスターはもこもこを褒め、甘やかすような声で答えた。
 もこもこのいう『クマちゃの』とはドロドロの畑で収穫したアレのことだろう。
 だが赤ちゃんクマちゃんの大切なおもちゃを大人が奪うわけにはいかない。

 それにもこもこは街をまるごと覆うほど大規模な魔法を使ったばかりだ。
 魔力が減ったようには見えないが、ひと月くらいは休ませるべきだろう。

「クマちゃん優し過ぎじゃね? あいつら中身も浄化されたし中庭で寝ろっつっても文句言わないと思うんだけど」

 リオはほぼ閉まっていた心の扉をバッと開いた。
 彼の大事な子猫のような我が子が、彼と一緒に育て、一生懸命収穫したイチゴ屋根のおもちゃを、なんと元酔っ払い共にタダでくれてやると言うのだ。
 問題を起こしまくるが心優しいもこもこ。
 このもこもこは何故こんなに純粋でもこもこしているのだろうか。

 怨念が『かわいい……ん……だ……け……ど……』と這い出ていたリオの心の扉から、森のように爽やかな風が流れてくる。
 彼はリンゴの香りがするもこもこした赤ちゃんの頭に、そっと鼻をつけた。 

「あー、めっちゃもこもこしてる……めっちゃもこもこ……」

 リオが心優しいもこもこに夢中になっていた頃。
 クマちゃんニュースの映像では金髪のカツラを被ったクマの兵隊がしつこく髪をかき上げ

『かき上げすぎでしょ』
『早い……激しい……』
『あれも真似なのかな』
『ねぇ静電気で右だけ立ってるよ』
『ヤバいね。逆にかっこいいかも』

街の人間から愛でられていた。


「クマちゃ、クマちゃ……」

 そして愛らしいクマちゃんの熱意に負けたリオは『ヤバい』兵隊達に気付かず

「えぇ……じゃあ中庭行ってみる? あ、おくるみは?」

溺愛する我が子を水色の布でふんわり優しくおくるんだ。
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