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第190話 過剰な癒しアイテム。「えぇ……」

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 クマちゃんの保護者達は森の街外れ民家前、もこもこ花畑に集まり、不眠症の人間をどこに住まわせるべきか話し合っていた。
 愛くるしいもこもこの小さな肉球で『クマちゃ』され死にかけていた死神のような男も、癒しの力で復活したようだ。
 ルークの腕の中でまったりとお休み中のクマちゃんが、彼の大きな手にふわりと撫でられながら「クマちゃ……」と愛らしい声で会議に参加した。

『ええ、わかり、ますちゃん……』と。

 クマちゃんはすべて分かっておりますよ……、という意味だ。

「何その言い方」

 本当に解っているのか判らないもこもこのもこもこした発言に、リオは(それ絶対わかってないやつ)と思いつつそちらを見た。

 クマちゃんはルークの腕に仰向けになり、ふわふわのお腹を撫でてもらっている最中だった。
 なんと怠惰な――。
 もしや、子猫のような大きさになってしまった現在の体を有効活用しているのか。いや、奴は何も考えていないに違いない。
 ――可愛すぎる。自分もあのもこもこで真っ白なおなかを撫でたい。

 リオは不可解な苛立ちと悔しさに目を細め、誘惑に負けうっかりもこもこを見てしまった死神は、あまりに愛らしいもこもこの格好に「馬鹿な――」と己の感情を持て余した。

 口調を変え大人の真似をしたがる赤ちゃんクマちゃんに、先程まで真面目な顔をしていたウィルが優しい笑みを零した。

「――そうだね。愛らしいクマちゃんが一番分かっていると思うよ。僕たちはこの家に問題があるとは思わなかったからね」

 南国の青い鳥のような男が、甘やかすような口調で本音を語る。
 彼らも魔力で周囲を調べていたが、特に異常は感じなかった。
『少しだけ暗い』と言ったのも、違和感というほどではなく、背の高い樹々に陽を遮られていたからだ。

 異常がなかったとしても、街外れに住む人間達を何処かに避難はさせただろう。
 だが、どこに問題があるのか分からない酔っ払いを、人相が変わるほど根本から浄化したり、なんの変哲もない地面に癒しの力が溢れる花畑をつくり、感知できない脅威から空間を護るなどという神の御業のようなことは、人間には到底できない。
 それを可能とするのは、不思議な魔法ですべてを癒してしまうクマちゃんだけだ。
 
「…………」

 ルークは口を開かず、自身の腕に寝転がり、お昼寝中の子猫のような格好をしているもこもこを眺め、ふわふわな被毛を指先で梳かしていた。
 彼は働き過ぎな赤ちゃんクマちゃんに、『帰るか』と視線で尋ねる。
 愛しのクマちゃんのつぶらな瞳が『クマちゃ……』と彼に答えた。

 帰らないちゃん……、と。

 もこもこはまだ帰りたくないらしい。
 仲良しな皆とのお出掛けが楽しいのだろう。
 

 大好きな彼と見つめ合い、愛を確かめ合っていたクマちゃんは、ハッとした。
 皆はまだお困りらしい。
 暗くて寂しいお家はここだけではないようだ。
 お花も潤いも足りないのだろう。

 うむ。クマちゃんの魔法でどうにかできるかもしれない。

 
 保護者達が、不眠症患者を広場へ集め遊具へ突っ込み、心まで純白にしたあと、酒場で預かるのはどうか、という若干非道な計画を立てた頃。
 もこもこした生き物が魔王のような男の腕にヨチヨチもこもこと立ち上がった。
 
「どしたのクマちゃん。お家帰りたくなった?」

 新米ママリオちゃんが可愛い我が子にかすれた声を掛ける。
 小さなもこもこは幼く愛らしい声で「クマちゃ」と答えた。

『潤いちゃん』と。

 潤いも足しましょう、という意味のようだ。

「いやクマちゃん、あの人たちはもうほっといていいから。十分元気だから」

 新米ママリオちゃんは、頑張り屋さんな我が子に『クマちゃん、今日のお仕事はもう終わりですよ』と教えた。
 癒しの花畑に護られた民家に、もう問題はない。
 そこで寝ている人間達も、すでに浄化済みだ。
 クマちゃんは赤ちゃんなのだから、後のことは大人がどうにかするべきだ。

 しかし天才ガーデンデザイナークマちゃんは動き出してしまった。
 いまの彼らに出来るのは、もこもこが早く休めるよう、全力で素材を集めてくることだけだ。



 もこもこした天才のおかげで、森の街の外れにあった家は、すこぶる豪華になった。

「クマちゃん。一般家庭に噴水は必要ないと思うんだけど」

 リオは花畑の中央、豪華すぎて浮いている噴水を眺め、またしても勝手にガーデンをデザインしてしまった天才ガーデンデザイナーに感想を伝えた。

 ペンキの剝げかけている民家の前に、キラキラと光の粒が零れる、真っ白に輝く噴水が設置されてしまった。
 中央でひと際輝いているのは当然、愛らしいクマちゃん像だ。
 数秒おきに噴き出し方の変わる、光を溶かしこんだような水。クマちゃん像を囲むように、美しい水柱が空を目指し伸びている。

 これを見た人間は『豪華すぎる……』と震えるだろう。
 水も石材も輝いている。過剰に。

「美しいね」

 美術鑑定士のような男が真面目な表情で頷いた。
 素晴らしい。この民家に背を向けると、より一層素敵に見えるだろう。



 もこもこした天才ガーデンデザイナーは「クマちゃ……」と言った。

『次のお家ちゃん……』と。

 次の場所へ参りましょう……、という意味のようだ。

 天才は頼まれずともやってしまうらしい。
 強く神聖な輝きを放つこの噴水に近付ける悪意は、どこにも存在しないだろう。
 悪を滅する噴水である。

「えぇ……絶対やりすぎだってこれ……」
 
 リオは両目を限界まで細め、納得のいかない金髪のような声を出した。
 夢見が悪い人間の家に、腰を抜かすほど豪華な噴水は必要だろうか。
 一生快眠どころか、夢の世界から出たくなくなるほど、毎日いい夢を見られそうだ。

 彼の『えぇ……』は誰にも届かず、天才ガーデンデザイナークマちゃんは街外れの民家を次々と、豪華に『クマちゃ』していった。
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