190 / 438
第190話 過剰な癒しアイテム。「えぇ……」
しおりを挟む
クマちゃんの保護者達は森の街外れ民家前、もこもこ花畑に集まり、不眠症の人間をどこに住まわせるべきか話し合っていた。
愛くるしいもこもこの小さな肉球で『クマちゃ』され死にかけていた死神のような男も、癒しの力で復活したようだ。
ルークの腕の中でまったりとお休み中のクマちゃんが、彼の大きな手にふわりと撫でられながら「クマちゃ……」と愛らしい声で会議に参加した。
『ええ、わかり、ますちゃん……』と。
クマちゃんはすべて分かっておりますよ……、という意味だ。
「何その言い方」
本当に解っているのか判らないもこもこのもこもこした発言に、リオは(それ絶対わかってないやつ)と思いつつそちらを見た。
クマちゃんはルークの腕に仰向けになり、ふわふわのお腹を撫でてもらっている最中だった。
なんと怠惰な――。
もしや、子猫のような大きさになってしまった現在の体を有効活用しているのか。いや、奴は何も考えていないに違いない。
――可愛すぎる。自分もあのもこもこで真っ白なおなかを撫でたい。
リオは不可解な苛立ちと悔しさに目を細め、誘惑に負けうっかりもこもこを見てしまった死神は、あまりに愛らしいもこもこの格好に「馬鹿な――」と己の感情を持て余した。
口調を変え大人の真似をしたがる赤ちゃんクマちゃんに、先程まで真面目な顔をしていたウィルが優しい笑みを零した。
「――そうだね。愛らしいクマちゃんが一番分かっていると思うよ。僕たちはこの家に問題があるとは思わなかったからね」
南国の青い鳥のような男が、甘やかすような口調で本音を語る。
彼らも魔力で周囲を調べていたが、特に異常は感じなかった。
『少しだけ暗い』と言ったのも、違和感というほどではなく、背の高い樹々に陽を遮られていたからだ。
異常がなかったとしても、街外れに住む人間達を何処かに避難はさせただろう。
だが、どこに問題があるのか分からない酔っ払いを、人相が変わるほど根本から浄化したり、なんの変哲もない地面に癒しの力が溢れる花畑をつくり、感知できない脅威から空間を護るなどという神の御業のようなことは、人間には到底できない。
それを可能とするのは、不思議な魔法ですべてを癒してしまうクマちゃんだけだ。
「…………」
ルークは口を開かず、自身の腕に寝転がり、お昼寝中の子猫のような格好をしているもこもこを眺め、ふわふわな被毛を指先で梳かしていた。
彼は働き過ぎな赤ちゃんクマちゃんに、『帰るか』と視線で尋ねる。
愛しのクマちゃんのつぶらな瞳が『クマちゃ……』と彼に答えた。
帰らないちゃん……、と。
もこもこはまだ帰りたくないらしい。
仲良しな皆とのお出掛けが楽しいのだろう。
大好きな彼と見つめ合い、愛を確かめ合っていたクマちゃんは、ハッとした。
皆はまだお困りらしい。
暗くて寂しいお家はここだけではないようだ。
お花も潤いも足りないのだろう。
うむ。クマちゃんの魔法でどうにかできるかもしれない。
保護者達が、不眠症患者を広場へ集め遊具へ突っ込み、心まで純白にしたあと、酒場で預かるのはどうか、という若干非道な計画を立てた頃。
もこもこした生き物が魔王のような男の腕にヨチヨチもこもこと立ち上がった。
「どしたのクマちゃん。お家帰りたくなった?」
新米ママリオちゃんが可愛い我が子にかすれた声を掛ける。
小さなもこもこは幼く愛らしい声で「クマちゃ」と答えた。
『潤いちゃん』と。
潤いも足しましょう、という意味のようだ。
「いやクマちゃん、あの人たちはもうほっといていいから。十分元気だから」
新米ママリオちゃんは、頑張り屋さんな我が子に『クマちゃん、今日のお仕事はもう終わりですよ』と教えた。
癒しの花畑に護られた民家に、もう問題はない。
そこで寝ている人間達も、すでに浄化済みだ。
クマちゃんは赤ちゃんなのだから、後のことは大人がどうにかするべきだ。
しかし天才ガーデンデザイナークマちゃんは動き出してしまった。
いまの彼らに出来るのは、もこもこが早く休めるよう、全力で素材を集めてくることだけだ。
◇
もこもこした天才のおかげで、森の街の外れにあった家は、すこぶる豪華になった。
「クマちゃん。一般家庭に噴水は必要ないと思うんだけど」
リオは花畑の中央、豪華すぎて浮いている噴水を眺め、またしても勝手にガーデンをデザインしてしまった天才ガーデンデザイナーに感想を伝えた。
ペンキの剝げかけている民家の前に、キラキラと光の粒が零れる、真っ白に輝く噴水が設置されてしまった。
中央でひと際輝いているのは当然、愛らしいクマちゃん像だ。
数秒おきに噴き出し方の変わる、光を溶かしこんだような水。クマちゃん像を囲むように、美しい水柱が空を目指し伸びている。
これを見た人間は『豪華すぎる……』と震えるだろう。
水も石材も輝いている。過剰に。
「美しいね」
美術鑑定士のような男が真面目な表情で頷いた。
素晴らしい。この民家に背を向けると、より一層素敵に見えるだろう。
◇
もこもこした天才ガーデンデザイナーは「クマちゃ……」と言った。
『次のお家ちゃん……』と。
次の場所へ参りましょう……、という意味のようだ。
天才は頼まれずともやってしまうらしい。
強く神聖な輝きを放つこの噴水に近付ける悪意は、どこにも存在しないだろう。
悪を滅する噴水である。
「えぇ……絶対やりすぎだってこれ……」
リオは両目を限界まで細め、納得のいかない金髪のような声を出した。
夢見が悪い人間の家に、腰を抜かすほど豪華な噴水は必要だろうか。
一生快眠どころか、夢の世界から出たくなくなるほど、毎日いい夢を見られそうだ。
彼の『えぇ……』は誰にも届かず、天才ガーデンデザイナークマちゃんは街外れの民家を次々と、豪華に『クマちゃ』していった。
愛くるしいもこもこの小さな肉球で『クマちゃ』され死にかけていた死神のような男も、癒しの力で復活したようだ。
ルークの腕の中でまったりとお休み中のクマちゃんが、彼の大きな手にふわりと撫でられながら「クマちゃ……」と愛らしい声で会議に参加した。
『ええ、わかり、ますちゃん……』と。
クマちゃんはすべて分かっておりますよ……、という意味だ。
「何その言い方」
本当に解っているのか判らないもこもこのもこもこした発言に、リオは(それ絶対わかってないやつ)と思いつつそちらを見た。
クマちゃんはルークの腕に仰向けになり、ふわふわのお腹を撫でてもらっている最中だった。
なんと怠惰な――。
もしや、子猫のような大きさになってしまった現在の体を有効活用しているのか。いや、奴は何も考えていないに違いない。
――可愛すぎる。自分もあのもこもこで真っ白なおなかを撫でたい。
リオは不可解な苛立ちと悔しさに目を細め、誘惑に負けうっかりもこもこを見てしまった死神は、あまりに愛らしいもこもこの格好に「馬鹿な――」と己の感情を持て余した。
口調を変え大人の真似をしたがる赤ちゃんクマちゃんに、先程まで真面目な顔をしていたウィルが優しい笑みを零した。
「――そうだね。愛らしいクマちゃんが一番分かっていると思うよ。僕たちはこの家に問題があるとは思わなかったからね」
南国の青い鳥のような男が、甘やかすような口調で本音を語る。
彼らも魔力で周囲を調べていたが、特に異常は感じなかった。
『少しだけ暗い』と言ったのも、違和感というほどではなく、背の高い樹々に陽を遮られていたからだ。
異常がなかったとしても、街外れに住む人間達を何処かに避難はさせただろう。
だが、どこに問題があるのか分からない酔っ払いを、人相が変わるほど根本から浄化したり、なんの変哲もない地面に癒しの力が溢れる花畑をつくり、感知できない脅威から空間を護るなどという神の御業のようなことは、人間には到底できない。
それを可能とするのは、不思議な魔法ですべてを癒してしまうクマちゃんだけだ。
「…………」
ルークは口を開かず、自身の腕に寝転がり、お昼寝中の子猫のような格好をしているもこもこを眺め、ふわふわな被毛を指先で梳かしていた。
彼は働き過ぎな赤ちゃんクマちゃんに、『帰るか』と視線で尋ねる。
愛しのクマちゃんのつぶらな瞳が『クマちゃ……』と彼に答えた。
帰らないちゃん……、と。
もこもこはまだ帰りたくないらしい。
仲良しな皆とのお出掛けが楽しいのだろう。
大好きな彼と見つめ合い、愛を確かめ合っていたクマちゃんは、ハッとした。
皆はまだお困りらしい。
暗くて寂しいお家はここだけではないようだ。
お花も潤いも足りないのだろう。
うむ。クマちゃんの魔法でどうにかできるかもしれない。
保護者達が、不眠症患者を広場へ集め遊具へ突っ込み、心まで純白にしたあと、酒場で預かるのはどうか、という若干非道な計画を立てた頃。
もこもこした生き物が魔王のような男の腕にヨチヨチもこもこと立ち上がった。
「どしたのクマちゃん。お家帰りたくなった?」
新米ママリオちゃんが可愛い我が子にかすれた声を掛ける。
小さなもこもこは幼く愛らしい声で「クマちゃ」と答えた。
『潤いちゃん』と。
潤いも足しましょう、という意味のようだ。
「いやクマちゃん、あの人たちはもうほっといていいから。十分元気だから」
新米ママリオちゃんは、頑張り屋さんな我が子に『クマちゃん、今日のお仕事はもう終わりですよ』と教えた。
癒しの花畑に護られた民家に、もう問題はない。
そこで寝ている人間達も、すでに浄化済みだ。
クマちゃんは赤ちゃんなのだから、後のことは大人がどうにかするべきだ。
しかし天才ガーデンデザイナークマちゃんは動き出してしまった。
いまの彼らに出来るのは、もこもこが早く休めるよう、全力で素材を集めてくることだけだ。
◇
もこもこした天才のおかげで、森の街の外れにあった家は、すこぶる豪華になった。
「クマちゃん。一般家庭に噴水は必要ないと思うんだけど」
リオは花畑の中央、豪華すぎて浮いている噴水を眺め、またしても勝手にガーデンをデザインしてしまった天才ガーデンデザイナーに感想を伝えた。
ペンキの剝げかけている民家の前に、キラキラと光の粒が零れる、真っ白に輝く噴水が設置されてしまった。
中央でひと際輝いているのは当然、愛らしいクマちゃん像だ。
数秒おきに噴き出し方の変わる、光を溶かしこんだような水。クマちゃん像を囲むように、美しい水柱が空を目指し伸びている。
これを見た人間は『豪華すぎる……』と震えるだろう。
水も石材も輝いている。過剰に。
「美しいね」
美術鑑定士のような男が真面目な表情で頷いた。
素晴らしい。この民家に背を向けると、より一層素敵に見えるだろう。
◇
もこもこした天才ガーデンデザイナーは「クマちゃ……」と言った。
『次のお家ちゃん……』と。
次の場所へ参りましょう……、という意味のようだ。
天才は頼まれずともやってしまうらしい。
強く神聖な輝きを放つこの噴水に近付ける悪意は、どこにも存在しないだろう。
悪を滅する噴水である。
「えぇ……絶対やりすぎだってこれ……」
リオは両目を限界まで細め、納得のいかない金髪のような声を出した。
夢見が悪い人間の家に、腰を抜かすほど豪華な噴水は必要だろうか。
一生快眠どころか、夢の世界から出たくなくなるほど、毎日いい夢を見られそうだ。
彼の『えぇ……』は誰にも届かず、天才ガーデンデザイナークマちゃんは街外れの民家を次々と、豪華に『クマちゃ』していった。
58
お気に入りに追加
1,225
あなたにおすすめの小説
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
プラス的 異世界の過ごし方
seo
ファンタジー
日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。
呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。
乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。
#不定期更新 #物語の進み具合のんびり
#カクヨムさんでも掲載しています
善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です
しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。
辺境伯令嬢に転生しました。
織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。
アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。
書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。
貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!
Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた!
※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
こちらの世界でも図太く生きていきます
柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!?
若返って異世界デビュー。
がんばって生きていこうと思います。
のんびり更新になる予定。
気長にお付き合いいただけると幸いです。
★加筆修正中★
なろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる