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第179話 過保護な新米ママとトレイごと配達されるクマちゃんのケーキ配達。
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リオはよろず屋お兄さんに「スプーンも付けて欲しいんだけど……お兄さんありがとー」と細かい男らしいお願いをしてから席を立った。
トレイの上で横になっているクマちゃんは先程と同じように幼く愛らしい声で「クマちゃ……、クマちゃ……」と呟いているが、内容が少し変わっていた。
『クマちゃ……、頑張って……。クマちゃ……、もうだめ……』と。
小さなもこもこは一人目の配達が終わる前に力尽きそうである。
「いやクマちゃんまだ配達始まってないんだけど。肉球から力抜いたほうが良いんじゃね?」
リオは慌ててもこもこの『もうだめ』そうな部分を探し、キュッと力の入った肉球を指先で撫でた。
小さなもこもこは「クマちゃ!」と叫んだ。
『お皿ちゃ!』と。
あっ、クマちゃんのお皿が! という意味のようだ。
「ごめんごめん。お手々放したら落ちちゃうもんねー。すぐ届けるから」
新米ママリオちゃんは『クマちゃんお皿持ってないでしょ』という言葉を飲み込んだ。
もこもこは自身の肉球で華麗に大きなお皿を運んでいるつもりなのだ。
小さな可愛い肉球がお皿から離れたら大変なことになると思っているのだろう。
息絶えそうだった暗殺者が、愛らしいもこもこの悲鳴にカッ! と目を開く。
街の人間が『ヒッ! 死神!』と悲鳴を上げた。
平和な森の街の素敵な噴水広場に死神が出たらしい。
「クマちゃんちょっとだけ待ってて」
最初の配達先を死神風氷職人に決めている新米ママリオちゃんは、大事な我が子の防寒対策をすることにした。
新米ママは道具入れから新たなふわふわの布を取り出すと、浄化魔法を掛け、丁度いい大きさに折りたたみ、両手でそっと、もこもこに掛けた。
防寒されてしまったクマちゃんのお口の周りが、もふっと膨らむ。
薄くて小さな舌がチャ、チャと鳴った。
「可愛い。可愛すぎる……」
完璧すぎる我が子の愛らしさを映像に残したくなったが、頑張っているもこもこをこれ以上待たせるわけにはいかない。
リオはもこもこの素晴らしい高級ケーキとスプーン、可愛いもこもこがのったトレイを持ち、スタスタと数歩の距離を移動した。
死にかけの死神は音を立てないよう動きも呼吸も止めている。
死神はまだ猛省中のようだ。このままでは彼の仲間がお迎えに来てしまう。
リオは本物の死神が広場に現れる前に『見るだけで元気が出る可愛いクマちゃんセット』がのったトレイを、氷の死神の前にそっと置いた。
胸元の服を握りしめ、健気なもこもこの愛らしさに耐えていたクライヴの視界に、とんでもないものが入ってきた。
可愛いクマちゃんケーキが載ったお皿の横に、水色の布団を被って横になっているクマちゃんがいる。
ケーキとクマちゃんと布団。
常識の枠を『クマちゃ』する何かを目撃した死神は混乱した。
何故だ……何故、トレイの上で布団を――。
真っ白な被毛に包まれた猫のような左手が、お布団のふちにそっとのせられている。
布団からはみ出した右手の肉球が、お皿の端をキュッと掴んでいるのが見えた。
衝撃で心臓が凍り付きそうな死神と、お布団を作ってもらった子猫のようなもこもこの視線がぶつかる。
新米ママの手作りお布団でお昼寝中の子猫ちゃんのようなクマちゃんが、布団の中から「クマちゃ、クマちゃ……」と愛らしい声で彼に話しかけた。
『クマちゃの、おかし、どうぞ』と。
クマちゃんが作った素敵なお菓子をお届けにまいりました。どうぞお召し上がりください、という意味のようだ。
クライヴは氷のように固まった口をどうにか動かし、「……感謝する」とお布団の中のクマちゃんに伝えた。
お昼寝中の子猫風クマちゃんが「クマちゃ、クマちゃ……」と遠慮がちに彼にお願いする。
『クマちゃ、肉球ちゃ……』と。
お布団の中の配達人は巨大なお皿と戦い、肉球が痺れてしまったらしい。
配達人からケーキ皿を受け取り、肉球のマッサージをしてくれませんか、ということだろう。
彼の手が死神の鎌のように素早く動き、ケーキ皿をテーブルへ移動させた。
「顔こえー」
もこもこした配達人を配達する金髪の、かすれ声が響く。
黒革に包まれた死神の手が、微かに震えながら、もこもこの肉球へと伸ばされた。
子猫のような小さなお手々が、ブブブブ、と振動する魔道具のように震えだし、肉球から振動が伝わったもこもこの全身も、布団の中でブブブブブ、と振動している。
振動するもこもこが寝ているトレイとテーブルがぶつかる音が、ガガガガガ、と辺りに響いた。
新米ママリオちゃんは「クマちゃん残像みたいになっちゃってんじゃん!」と彼らの激しいマッサージを中断させた。
「クマちゃん大丈夫?」
小さなクマちゃんに弱い彼は、もこもこを甘やかすような声を出し「クマちゃ」と答えたもこもこを撫でている。
リオはもこもこの緩んだリボンを直したり、『見るだけで元気が出る可愛いクマちゃんセット』を見ただけで弱体化した死神にスプーンを渡したりと忙しそうだ。
「クマちゃんこっちよりこうしたほうが疲れないんじゃね?」
過保護な新米ママはもこもこのずれた布団をササッと整え、もこもこの位置をずらす。
闇色の球体からケーキとスプーンを受け取った金髪が「ほらこんな感じ」と、『見るだけで元気が――』なそれを、小さなもこもこが疲れないよう整え直した。
「ヤバい……完璧すぎる。これはヤバい」
何をさせても可愛い我が子の愛くるしさに慄いた新米ママは、『新・見るだけで元気が――』を見ただけでスゥ――と、氷のように美しい瞳を隠し意識を手放した死神に気付かず、
「リーダー達のとこ行こー」
と可愛すぎるもこもこを乗せたトレイを持ち、隣のテーブルへ向かった。
トレイの上で横になっているクマちゃんは先程と同じように幼く愛らしい声で「クマちゃ……、クマちゃ……」と呟いているが、内容が少し変わっていた。
『クマちゃ……、頑張って……。クマちゃ……、もうだめ……』と。
小さなもこもこは一人目の配達が終わる前に力尽きそうである。
「いやクマちゃんまだ配達始まってないんだけど。肉球から力抜いたほうが良いんじゃね?」
リオは慌ててもこもこの『もうだめ』そうな部分を探し、キュッと力の入った肉球を指先で撫でた。
小さなもこもこは「クマちゃ!」と叫んだ。
『お皿ちゃ!』と。
あっ、クマちゃんのお皿が! という意味のようだ。
「ごめんごめん。お手々放したら落ちちゃうもんねー。すぐ届けるから」
新米ママリオちゃんは『クマちゃんお皿持ってないでしょ』という言葉を飲み込んだ。
もこもこは自身の肉球で華麗に大きなお皿を運んでいるつもりなのだ。
小さな可愛い肉球がお皿から離れたら大変なことになると思っているのだろう。
息絶えそうだった暗殺者が、愛らしいもこもこの悲鳴にカッ! と目を開く。
街の人間が『ヒッ! 死神!』と悲鳴を上げた。
平和な森の街の素敵な噴水広場に死神が出たらしい。
「クマちゃんちょっとだけ待ってて」
最初の配達先を死神風氷職人に決めている新米ママリオちゃんは、大事な我が子の防寒対策をすることにした。
新米ママは道具入れから新たなふわふわの布を取り出すと、浄化魔法を掛け、丁度いい大きさに折りたたみ、両手でそっと、もこもこに掛けた。
防寒されてしまったクマちゃんのお口の周りが、もふっと膨らむ。
薄くて小さな舌がチャ、チャと鳴った。
「可愛い。可愛すぎる……」
完璧すぎる我が子の愛らしさを映像に残したくなったが、頑張っているもこもこをこれ以上待たせるわけにはいかない。
リオはもこもこの素晴らしい高級ケーキとスプーン、可愛いもこもこがのったトレイを持ち、スタスタと数歩の距離を移動した。
死にかけの死神は音を立てないよう動きも呼吸も止めている。
死神はまだ猛省中のようだ。このままでは彼の仲間がお迎えに来てしまう。
リオは本物の死神が広場に現れる前に『見るだけで元気が出る可愛いクマちゃんセット』がのったトレイを、氷の死神の前にそっと置いた。
胸元の服を握りしめ、健気なもこもこの愛らしさに耐えていたクライヴの視界に、とんでもないものが入ってきた。
可愛いクマちゃんケーキが載ったお皿の横に、水色の布団を被って横になっているクマちゃんがいる。
ケーキとクマちゃんと布団。
常識の枠を『クマちゃ』する何かを目撃した死神は混乱した。
何故だ……何故、トレイの上で布団を――。
真っ白な被毛に包まれた猫のような左手が、お布団のふちにそっとのせられている。
布団からはみ出した右手の肉球が、お皿の端をキュッと掴んでいるのが見えた。
衝撃で心臓が凍り付きそうな死神と、お布団を作ってもらった子猫のようなもこもこの視線がぶつかる。
新米ママの手作りお布団でお昼寝中の子猫ちゃんのようなクマちゃんが、布団の中から「クマちゃ、クマちゃ……」と愛らしい声で彼に話しかけた。
『クマちゃの、おかし、どうぞ』と。
クマちゃんが作った素敵なお菓子をお届けにまいりました。どうぞお召し上がりください、という意味のようだ。
クライヴは氷のように固まった口をどうにか動かし、「……感謝する」とお布団の中のクマちゃんに伝えた。
お昼寝中の子猫風クマちゃんが「クマちゃ、クマちゃ……」と遠慮がちに彼にお願いする。
『クマちゃ、肉球ちゃ……』と。
お布団の中の配達人は巨大なお皿と戦い、肉球が痺れてしまったらしい。
配達人からケーキ皿を受け取り、肉球のマッサージをしてくれませんか、ということだろう。
彼の手が死神の鎌のように素早く動き、ケーキ皿をテーブルへ移動させた。
「顔こえー」
もこもこした配達人を配達する金髪の、かすれ声が響く。
黒革に包まれた死神の手が、微かに震えながら、もこもこの肉球へと伸ばされた。
子猫のような小さなお手々が、ブブブブ、と振動する魔道具のように震えだし、肉球から振動が伝わったもこもこの全身も、布団の中でブブブブブ、と振動している。
振動するもこもこが寝ているトレイとテーブルがぶつかる音が、ガガガガガ、と辺りに響いた。
新米ママリオちゃんは「クマちゃん残像みたいになっちゃってんじゃん!」と彼らの激しいマッサージを中断させた。
「クマちゃん大丈夫?」
小さなクマちゃんに弱い彼は、もこもこを甘やかすような声を出し「クマちゃ」と答えたもこもこを撫でている。
リオはもこもこの緩んだリボンを直したり、『見るだけで元気が出る可愛いクマちゃんセット』を見ただけで弱体化した死神にスプーンを渡したりと忙しそうだ。
「クマちゃんこっちよりこうしたほうが疲れないんじゃね?」
過保護な新米ママはもこもこのずれた布団をササッと整え、もこもこの位置をずらす。
闇色の球体からケーキとスプーンを受け取った金髪が「ほらこんな感じ」と、『見るだけで元気が――』なそれを、小さなもこもこが疲れないよう整え直した。
「ヤバい……完璧すぎる。これはヤバい」
何をさせても可愛い我が子の愛くるしさに慄いた新米ママは、『新・見るだけで元気が――』を見ただけでスゥ――と、氷のように美しい瞳を隠し意識を手放した死神に気付かず、
「リーダー達のとこ行こー」
と可愛すぎるもこもこを乗せたトレイを持ち、隣のテーブルへ向かった。
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