上 下
148 / 438

第148話 クマちゃんを愛でまくるリオと、皮算用で忙しいクマちゃん

しおりを挟む
 催し物の企画者達が何かを話し合うらしく、『十分ほどお時間をいただけますでしょうか? ――クマちゃん可愛いでちゅね~』と言われてしまったクマちゃん。

 一生懸命頑張っていたもこもこを可愛がりたいリオが『俺もクマちゃん抱っこしたい』と主張したため、もこもこは現在彼の腕の中にいる。
 催し物の最中ずっと観客席に座っていた彼は、舞台の上にいたせいで触れなかったもこもこが彼らのもとに戻ってきてご満悦だ。

「あー、めっちゃもこもこしてる。もこもこ…………クマちゃんちょっとだけ頭まふってしていい?」

 リオはクマちゃんのエレガントなお帽子をすぽっと脱がせると、丸くて可愛い頭のおでこと耳の間あたりに頬擦りをし、腕の中の愛らしいもこもこに尋ねた。

『ちょっとかじっていい?』と。

 彼の言う『まふ』が何か分からないクマちゃんは、ピンク色の肉球をペロペロペロ――、と湿った鼻の上に皺が寄るほど、丁寧にお手入れをしている最中だったが、――何かを察知したらしく、ハッとしたように動きを止めると、そっと彼の顎を美しくなった肉球で押した。

 ありがたいお話ではございますが――、と。

「クマちゃん肉球めっちゃ湿ってんだけど……」

 リオは『まふ』を肉球でお断りされてしまったうえ、その肉球が湿り、更に、その周りの細くて柔らかいピカピカに輝く毛が濡れていることに気付く。
 そして――顎に感じるぷにぷにで丸い肉球の感触が、非常に素晴らしいことにも気が付いた。
 彼は静かに目を閉じ、深く頷くと『まふ』はまた今度にしよう、と自身の顎にふれるぷにぷにを堪能する。
 しつこくしたらクマちゃんを取り上げられるかもしれない。もこもこをもふもふしたい保護者は自分だけではないのだ。

 リオがクマちゃんのお手々に「あー、ぷにぷにもこもこ。マジぷにぷにもこもこ……」としている間、他の保護者達はシンガーソングライターのファンになった聴衆達の相手をしていた。

 彼らのもとへ駆け寄り、「あの、先程の……子猫ちゃんみたいな歌声、本当に感動しました――」「本当は何歳なんですか?」「酒場のアルバイトって一体――」「普段はどこで歌ってるんですか?」「うちの猫の歌の先生になってほしいのですが――」「作詞はご本人が?」「今度うちの店で――」「握手を――」「楽器の演奏も――」と口々に話すシンガーソングライターのファン達に、「ああ」「時々酒場でも歌ってくれるけれど、本当に特別な時だけだから――」「公演は不定期だが――」と丁寧に対応する保護者達。
 
 お兄さんは自身の姿を隠す力を使っているらしく、長いまつ毛を伏せ、腕を組み、客席に座ったまま何もしていない。
「何故こんなところにゴリラのぬいぐるみが……」という誰かの声が聞こえた。
 ゴリラちゃんは隠していないらしい。


「あー、頭丸い……もこもこ……マジもこもこ」と再びもこもこの頭に頬擦りをしたり、「ふわふわ」とかすれ気味の綺麗な声で囁きながら、幸せそうに目を細め、ふわふわな耳と耳の間に、もふ――、と優しくキスをしたりするリオの言葉を全く聞いていないクマちゃんは、真剣な顔で考え事をしていた。

 ――クマちゃんの豪華な景品は、大きいのだろうか。
 お兄ちゃんならたくさん持てるかもしれないが、もしも持ちきれなかったら――。
 広場に置いて帰ったら、くれた人が『クマちゃんは豪華な景品じゃないほうが良かったのですか?』と悲しい想いをしてしまうだろう。
 景品を用意してくれた人もショックを受け、『私は今日から三日ほど寝込みます……』と、ふわっとお布団を被ってしまうかもしれない。
 ――彼らを悲しませるわけにはいかない。
 うむ。大きな入れ物が必要だ。

 そしてクマちゃんは、ハッとした。

『豪華な景品』は、家に入る大きさなのだろうか。
 豪華なのだから、当然、大きいだろう。
 皆が貰って凄く嬉しいのは――――うむ。おもちゃだ。
 大きくて豪華なおもちゃというのは、公園にあるようなおもちゃだろうか。
 大きな滑り台なら――クマちゃんの花畑に置けばいいだろう。
 大きなブランコも――花畑に置ける。
 しかし、大きなトランポリンならどうだろうか。
『わー、トランポリンめっちゃ楽しー! クマちゃん一緒にあそぼー』と高く飛び跳ねたリオちゃんが、湖にピョーン――『これめっちゃ危ないんだけどー』と飛んで行ってしまうのでは――。

 うむ。それは――とても危ない。

 危険なおもちゃを置いておく場所も必要だ。

 クマちゃんは急いで杖を取り出し、小さな黒い湿った鼻にキュッと力を入れ、肉球が付いたもこもこの両手で真っ白な杖を振った。


「――あぶな! クマちゃんいきなり移動したら危ないから!」

 もこもこの癒しの力ではなく、もこもこが可愛らしいことに癒されていたリオは、客席に座っていた体が突然、フッ――と浮くのを感じ、咄嗟に片膝を突き、大事なもこもこを腕の中へ庇った。
 しかし、視線を走らせる必要もなく、この無駄に狭い場所がどこなのか分かり、すぐに体から力を抜く。

 ――クマちゃんの実家だ。

「あれ、もしかして俺らだけ? 珍しいじゃん」

 もこもこと己の気配しか感じないことを不思議に思ったリオが、腕の中の手触りの良いもこもこを撫でつつ、後ろを振り返り「あ」と呟いた。

「鏡光ってる」と。
しおりを挟む
感想 50

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

貧乏育ちの私が転生したらお姫様になっていましたが、貧乏王国だったのでスローライフをしながらお金を稼ぐべく姫が自らキリキリ働きます!

Levi
ファンタジー
前世は日本で超絶貧乏家庭に育った美樹は、ひょんなことから異世界で覚醒。そして姫として生まれ変わっているのを知ったけど、その国は超絶貧乏王国。 美樹は貧乏生活でのノウハウで王国を救おうと心に決めた! ※エブリスタさん版をベースに、一部少し文字を足したり引いたり直したりしています

私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako
ファンタジー
異世界の田舎の孤児院でごく普通の平民の孤児の女の子として生きていたルリエラは、5歳のときに木から落ちて頭を打ち前世の記憶を見てしまった。 ルリエラの前世の彼女は日本人で、病弱でベッドから降りて自由に動き回る事すら出来ず、ただ窓の向こうの空ばかりの見ていた。そんな彼女の願いは「自由に空を飛びたい」だった。でも、魔法も超能力も無い世界ではそんな願いは叶わず、彼女は事故で転落死した。 魔法も超能力も無い世界だけど、それに似た「理術」という不思議な能力が存在する世界。専門知識が必要だけど、前世の彼女の記憶を使って、独学で「理術」を使い、空を自由に飛ぶ夢を叶えようと人知れず努力することにしたルリエラ。 ただの個人的な趣味として空を自由に飛びたいだけなのに、なぜかいろいろと問題が発生して、なかなか自由に空を飛べない主人公が空を自由に飛ぶためにいろいろがんばるお話です。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

全能で楽しく公爵家!!

山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。 未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう! 転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。 スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。 ※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。 ※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

処理中です...