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第147話 お祭りを盛り上げる美少女〝クマちゃん〟

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 クマちゃんは幕の裏に全身をすっぽりと隠し、『クマちゃんは美少女じゃないからダメ!』と言っているひとがいないか確認していた。
 うむ。いまのところ問題はなさそうである。
 しかし、言う前に息を吸い込んでいるだけかもしれない。あと少しだけ待ってみよう。

 完全に気配を消したまま、クマちゃんが会場の様子を窺っていると、大好きな彼が心配そうに『クマ』と呟いたのがわかった。
 大変だ!
 隠れるのが上手すぎたのだろう。
 はやく彼に、クマちゃんはここにいます、とお知らせしなくては!

 素早い動きでシュッ――と幕から飛び出したクマちゃんに、たくさんの拍手と「クマちゃん可愛いー!」という歓声が飛んで来た。


 ヨチヨチもこもことした動きで姿を現したクマちゃんが、観客席の一点を見つめ「クマちゃ……、クマちゃ……」と呟くのが見えた。

『ルークちゃ……、クマちゃ……』と。

 ルークちゃん見えますか? クマちゃんはここですよ――、という意味だと彼らにはわかった。

「いやみんな見えてたけど」

 感動的な場面に水を差すかすれ声。

「リオ。クマちゃんは上手に隠れていたのだから、余計なことを言ってはいけないよ」

 常に愛らしいもこもこの味方な男が、涼やかな声で言う。『黙れ』と。

「…………」

 クライヴが感動したように静かに頷き、それを見たリオが小さな声で「えぇ……」と言った。

「ああ」

 魔王のような男が微かに目を細め、低く色気のある声で応えた。
『そこにいたのか』と。

「いや絶対知ってたでしょ」というかすれた囁きに答えるものは居ない。


 動揺から立ち直った司会者が『え、えー、では最初は自己紹介から――』と言うと、ヨチヨチもこもこと歩き、美少女達の横に並んだクマちゃんがハッとしたように動きを止め――、哺乳瓶をチュウチュウと吸い始めた。
 ――不思議な哺乳瓶は、傾けなくても中身が吸えるらしい。

 哺乳瓶をチュウチュウしている可愛い赤ちゃんクマちゃんに、観客達がざわついている。

「クマちゃん緊張してんのかな……。あ、そういえば、練習とか全然してないじゃん」

 リオは片目を顰め、薄いリンゴジュースで喉を潤すクマちゃんを心配する。
 元々クマちゃんは人前に出るのがあまり得意ではない。
 失敗したりしないだろうか。

 六人目の美少女が『こんにちは~! みんな応援ありがとう~! ミミちゃんで~す!』と会場を盛り上げている。
 広場の近くの店で働いている美少女な彼女にはファンもいるようで、客席からは「ミミちゃーん!」と彼女を応援する声も聞こえる。

「あれ、今の声酒場のやつじゃね?」

 左へ顔を向けたリオが視線をそちらへチラ――と投げ、かすれた声で呟く。
 あちこちから聞こえる『ミミちゃーん!』の中に、先日冒険者達の間で『あの馬鹿最近――』と噂になった男の声が聞こえた。

「うーん。彼はまだ反省していないようだね――」

 いつも優しい笑みを浮かべているウィルが、一瞬、ひどく冷たい表情で答え――すぐに普段通りの穏やかな顔へ戻った。
 彼の大事なクマちゃんが怖がるかもしれない。
 
 美少女〝ミミちゃん〟の自己紹介は続く。
 趣味や好きな食べ物などを、可愛い声と口調で明るく紹介するミミちゃん。

『えっと~、年齢は~十七歳で~す!』

 その言葉に何故か大きく盛り上がる会場。深く頷くクマちゃん。
 他の美少女達がくっ――、と下唇を嚙んだ。

 今回参加している美少女達は、彼女よりも年上のようだ。
 妙な雰囲気のままミミちゃんの自己紹介が終わり、皆の視線が美少女クマちゃんへ向けられる。
 気合を入れるようにチュッ――! と哺乳瓶を吸う美少女。

 司会者がそっとクマちゃんの横へ跪き、愛らしいもこもこの口元へ魔道具を寄せる。
 美少女クマちゃんが幼く愛らしい声で「――クマちゃん、クマちゃん――」と言った。

『――クマちゃん、七十一歳――』と。


「なんでいきなり噓吐くの! 駄目でしょクマちゃん!」

 悪の美少女クマちゃんを叱るリオ。ここはしっかりと『クマちゃん、駄目!』と言わなければ。
 リオには分かった。
 奴は人気のあるミミちゃんに対抗し、年齢を『クマちゃ』したのだ。

「言い間違えてしまったのではない?」

 南国の鳥がもこもこを擁護する。

「細けぇな」

 魔王のような男は愛しのもこもこが多少鯖を読んでも気にしない。
 生後七十一日でも七十一歳でも、もこもこがまだまだ赤ちゃんなのは変わらない。

 クライヴが深く頷き、氷の城の玉座から下々の者を見下すような冷たい声で「なるほど――」と言った。
 あの不思議で愛らしい純粋な生き物は、人間とは年齢の数え方が違うのだろう。

 美しいお兄さんの眉間に、珍しく深い皺が寄っている。

 会場はざわついているが、司会者の男は冷静に『……美少女クマちゃんの年齢はひ、み、つ、ということですね! では次は――』ともこもこの口元から魔道具を離した。
 上手に答えられたらしいもこもこが、もこもこの口元をチャ――、チャ――、チャ――と動かしている。

 その後も、ミミちゃんがトレイの上にケーキを載せ、くねくねと可愛く歩き男達の『おお……!』というが上がったり、クマちゃんがクマのお面の上に哺乳瓶を載せヨチヨチもこもこと歩こうとして『クマちゃ!』と転びかけ『キャー!』とあちこちから悲鳴が上がり、フワッと吹いた柔らかな風でもこもこが助かり『よかった……!』と観客が涙を浮かべたりと、ところどころで美少女ミミちゃんと美少女クマちゃんの熱い対決が見られた。

 広場のあちこちに魔道具の明かりが灯され、美少女祭りが終わりへと近付く。
 祭りの最後に相応しく、舞台には明るい音楽が流れ、美少女達が歌や踊りを披露していく。

「リーダーどこいったの?」

 不思議そうな顔をしたリオが、かすれた声でウィルに尋ねる。 
 美少女クマちゃんの出番はまだ来ていないのに、魔王のような彼は一体どこへ行ったのだろうか。

「うーん。舞台の袖でクマちゃんを撫でているのではない?」

 ウィルは舞台へ目を向けたまま足を組み替え、なんでもないことのように答えた。
 シャラ――。全身に纏う装飾品が、涼し気な音を立てる。

「えー、俺もクマちゃん抱っこしたいんだけど」

 もこもこが頑張っている姿は可愛らしいが、撫でたり、肉球をぷにぷに出来ないのは寂しい。
 頭にまふ――と嚙みついたりもしたいが、それはもう少しもこもこが警戒を解いてからのほうがいいだろう。
 
 リオの邪な心を察知したクライヴの美しい瞳がスッと冷え、「まふまふ――」とかすれた声で呟く金髪を、氷の矢のような鋭い視線が射貫く。

 舞台から、ミミちゃんの『みんな! 今日はわたしのために応援に来てくれてありがと~!』という元気で可愛い声が聞こえた。
 そして――大好きなルークに撫でられ、美しい被毛に輝きを増したもこもこが舞台の上に現れた。

 短時間で大勢のファンを獲得した美少女クマちゃんに、観客席から「クマちゃーん!」「可愛いー!」「頑張ってー!」「クマちゃん可愛いでちゅね~!」といった声援が送られる。

 クマちゃんはお歌を披露してくれるようだ。
 猫のような肉球付きのお手々には、先の丸い棒を持っている。

「あれ、木琴のやつじゃね?」

 それに気付いたリオが舞台にサッと視線を走らせるが、クマちゃん専用の楽器は用意されていないようだ。
 大丈夫だろうか。

 しかし、もこもこの演奏が始まる直前に戻って来たルークは、いつも通り、表情を変えずもこもこを見守っている。
 あの棒をどうするのかは分からないが、愛らしい美少女クマちゃんを妬む何者かの妨害工作というわけではなさそうだ。

 猫のようなお手々で棒を掴んだまま、もこもこがごそごそと鞄から何かを取り出した。
 あの形は、幸せになるお面――。
 リオがまさか――、と想像した通り、クマちゃんは左手にキュッ、と握ったお面を、右手の肉球で握った棒で叩いた。

 ――カーン――。

 何故か、硬い物同士がぶつかる音が響く。

「えぇ……」

 リオは考えた。お面を棒で叩くのは可愛いだろうか。
 ――いや――と。

 観客達が「あのお面って――」「まさか、あれは――」「あれ、買う人――」と若干ざわついたが、すぐに愛らしいもこもこの演奏を聴くため静かになった。
 美少女クマちゃんの幼く愛らしい歌声が、会場に広がる。

「――クマちゃーん――」――カーン――。

 その歌は『――はじめてのお祭り――』という愛らしい歌詞からはじまった。

「――クマちゃーん――」――カーン――。

 愛らしい声が『――クマちゃんのお祭り――』と歌い、硬い物がぶつかる音が響く。美少女クマちゃんのあまりに愛らしい歌声に、観客席からホゥ――と熱いため息が零れ、「いや集中しにくいんだけど」とかすれた風が吹く。

「――クマちゃーん――」――カーン――。

 透明感のある、子猫のような愛らしい歌声が『――大好きななかまと――』とお祭りに花を添える。「あの――カーン――てやつおかしいでしょ」静かにしない観客の一人に、魔王のような男が静かに――コツン――を贈る。

「――クマちゃーん――」――カーン――。

『――楽しいお祭り――』
 愛らしい歌声は、大好きな仲間達と過ごす幸せな一日を歌う。客席には、幼いもこもこが感じている愛と幸せに感激し、瞳を潤ませている者もいる。
「――クマちゃーん――」がもう一度小さく響き、『――楽しいお祭り――』が繰り返される。

「――クマちゃーん――」――カーン――。

『――幸せなクマちゃん――』
 子猫のようなクマちゃんの歌声が、日の落ちた空へと向かってゆく。
 肉球が握りしめるお面が、光りを帯び始めた。

「――クマちゃーん――」――ポーン――。

『――みんなに、お花のプレゼント――』

 曲は大きく盛り上がり、愛らしい歌声が人々に幸せのお裾分けをする。
 楽器が柔らかい音色に変わり、会場に光の花が舞い落ちた。
 ――クマちゃんが起こした奇跡に感動した人々から、大きな歓声が上がった。

「――クマちゃーん――」――ポーン――。

『はじめてのお祭り』
 子猫のような歌声が、はじまりの歌詞へと戻り、曲が終わりへと近付く。
 愛らしい声は「――クマちゃーん――」と歌い、人々の心に『楽しいお祭り』と、楽しい時間の終わりを伝える。

「――クマちゃーん――」――カーン――。

 聴衆の心を掴んだ美少女クマちゃんの歌声が、どこまでも愛らしく響き渡り、光の花が舞う中、二分を超える大曲はついに最高の終わりを迎えた。


『――はやく景品をください――』と。

 
「台無しなんだけど!!」

 素晴らし過ぎるシンガーソングライターの歌声と奇跡に、聴衆からの盛大な拍手とクマちゃんコール、そしてごく一部からかすれた罵声が贈られる。
 シンガーソングライターの新曲、『クマちゃんの景品はどこですか』に早速クレームが入ってしまった。
 かすれたクレーマーが復活したのだろう。

 クマちゃんの一番のファンである魔王のような男が低く色気のある声で「うるせぇな」と言い、かすれたクレーマーにもっと曲を嚙みしめるよう伝える。
 同じくシンガーソングライターの大ファンである仲間達が「本当に……なんて素晴らしいんだろう――僕たちと過ごす時間を『幸せ』だと歌っていたのを聴いて、涙が――」「ああ……白いのの美しい心が伝わってきた――」と美しい涙を零し、幸せを分かち合っている。


 美少女達の集う祭りは終わり、後はもこもこの期待する景品を受け取るだけである――。
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