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第139話 『欲しい』クマちゃんと、『絶対にいらない』リオの戦い

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 クマちゃんがピンク色の肉球で指し『クマちゃん、クマちゃん』と言ったほぼ百パーセント誇大広告な商品を、リオは冷たく斬り捨てた。
 この世には『幸せになるグラス』も『幸せになるお面』も存在しない。
『幸せになるシリーズ』はすべて偽物だと相場が決まっているのだ。 
 あの商品は絶対に偽物だ。間違いない。
 ただのグラスとして使うなら問題ないが、金貨三枚は高すぎる。そしてグラスを使うのにお面は必要ない。
 地域最安値を謳っているが、競争相手などいないのだから地域最高値だろう。
『最 終 処 分!!』の意味も、リオには分かった。
 つまり、いらないということだ。

 リオの冷たい『いや絶対いらないでしょ』を聞いたクマちゃんは、まるでひどいことを言われたもこもこのようにつぶらな瞳を潤ませ、両手の肉球でサッと口元を押さえ、

「クマちゃ……」

と言った。

『いるちゃん……』と。

 クマちゃんの潤んだつぶらな瞳を見てしまったリオは「何いるちゃんって。可愛いんだけど……」と一瞬怯んだ。

「でもあれ偽物だし。クマちゃんまだ赤ちゃんだから知らないかもだけど『最終処分!』って『やべー!!』って意味だから」

 リオは可愛いクマちゃんを詐欺アイテムから救おうと、店員に聞かれたら『お客様……』と切なげな視線を向けられそうな発言を繰り返す。
 しかし欲望に支配されたクマちゃんは「クマちゃ……」と抵抗した。

「クマちゃんはもうクマちゃんなんだからクマのお面とか必要ないでしょ!」

 粘り強すぎる猫が『この気になるドアを開けて下さい。さぁ早く!!』と鳴くのと同じくらい『クマちゃ……』としつこいもこもこに、リオが『クマちゃん、駄目!』と厳しい声を出す。
 しかしそれくらいで『わかりました。ではまた数時間後に……』と言う猫がいないのと同じように、クマちゃんも『クマちゃん……』と納得したりはしない。
 クマちゃんはクライヴが抱えるもこもこ袋から顔を出し、『やべー最終処分品』が置かれた棚へ肉球を向け、今度は幼く愛らしい声で

「クマちゃ~ん、クマちゃ~ん」
 
とぐずり出した。

『いるちゃ~ん、いるちゃ~ん』と。

 薄暗い雑貨店にもこもこの「クマちゃ~ん、クマちゃ~ん」が響き渡っている。

 もこもこの愛らしい「クマちゃ~ん、クマちゃ~ん」『いるちゃ~ん、いるちゃ~ん』が繰り返されるなか、限界まで目を細め遠くを見つめたリオは「いや絶対いらないちゃんだって……」と小さく呟いた。

 リオが遠くを見つめ、クライヴとウィルが「詐欺紛いの商品を純粋な白いのに持たせるのは――」「うーん。それにあまり品質が良くないように見えるのだけれど――」とクマちゃんが欲しがっている物について話し合っていた時。

 愛しのクマちゃんの可愛い鳴き声を聞いた魔王のような男ルークが、もこもこの元へ来てしまった。
 そして彼は肉球が指す『処分品』へスッと視線を流すと、低く色気のある声で「これが欲しいのか」と尋ね、リオが『リーダーそれ絶対偽物だって!』と止める間もなく詐欺アイテムを購入し、駄々っ子のようなもこもこにスッと差し出した。

 クマちゃんはまるで感動したもこもこのようにつぶらな瞳を潤ませると、肉球が付いたもこもこの両手でサッと口元を押さえ、幼く愛らしい声で「クマちゃ……、クマちゃ……」と小さく話しかけた。

『ルークちゃ……、一緒に……』と。

 クマちゃんと一緒にグラスとお面を使って、幸せになりましょう……、という意味だ。

 ルークは切れ長の目を微かに細め、

「必要ねぇだろ」

魅惑的な低い声でそう言うと、続けて「それはお前が使え」と言った。

 彼は『お前が居れば幸せだから俺には必要ない』と言っているのだと、クマちゃんはすぐに分かった。

 大好きな彼の優しさに胸がキュッとなったらしいもこもこが、キュッ、と甘えるように鳴き、「クマちゃ~ん、クマちゃ~ん」と自分を撫でるルークの手を掴まえ、ぐいぐいとおでこを擦り付けている。

 リオは目を細めたまま嫌そうに口を曲げ、「えぇ……何かもやもやするんだけど……」狭くてごちゃごちゃした通路で不満を述べた。

 しかし、彼はすぐに「やばい」とそれどころではないことに気が付く。
 リオの視線の先には、『お値打ち価格! 幸せになる瓶二百七十二本セット! 超増量! 今だけ!』や『幸せになる置物二個! 追加で九個半! 初回限定!』などという、この雑貨屋の闇があった。

 大変だ――! 妙な宣伝文句が書かれた『それ絶対いらないやつ』という商品が、店内のあちこちに潜んでいる。
 またクマちゃんが『クマちゃ……』と言いだす前に、急いで店を出なければ――!
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