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第74話 クマちゃんのお友達
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酒場から五分程歩いた場所にある、赤ちゃん用品店に到着した四人と一匹。
うるさい商店街とは別の落ち着いた雰囲気の通りには、自然のままの大きな樹があちこちに生えている。
幅の広いまっすぐな路の真ん中や、数件並んだ店舗の隣、店舗と道の境など、あらゆる場所に生えた樹は切られることも傷つけられることもなく空へ伸び日陰を作る。
たとえ樹が成長し建物を飲み込んでも、移動するのは樹ではなく建物や人間だ。
教会とは無関係の場所でも、森の街の路や建物にはよく白が使われるが、高級店や宝石店、魔法関係の店が多く立ち並ぶこの通りは特に白が多い。
「クマちゃんまたマスターに連絡してんの?」
リオはルークの腕の中で「クマちゃん、クマちゃん」とお話しているもこもこに尋ねるが、ピカピカの板と真剣に向き合うクマちゃんには聞こえていない。
すぐに通信を切ったクマちゃんは、マスターに『おもちゃ屋さん、来たよ』と言うためだけに連絡したらしい。
扉を開け中へ入るとカラン、という音がした。
「白い。何かクマちゃんの店っぽい」
ルークとウィルと違い、初めてここへ来たリオが店内を見回しながら言う。
しかし〈クマちゃんのお店〉とは違い、壁は白いが床や棚はやや明るい木の色だ。
店内には木で出来たおもちゃや色とりどりの布で出来たおもちゃ、何かの魔道具らしき動くおもちゃ、よだれかけや哺乳瓶、小さな服や靴、その他にも赤ちゃん用のアイテムがたくさん並べられている。
初めてのおもちゃ屋さんにドキドキしているクマちゃんは店内を見回した。
うむ、クマちゃんみたいに白っぽくて、いいお店である。
まずはどんなおもちゃがあるのかクマちゃんがしっかりと調べよう。
入り口から右手の棚の方を見たクマちゃんの視界に、すごいものが飛び込んできた。
大変だ。
この街に来て……いや、クマちゃんが自宅で目を覚ましてから、初めてだ。
ご挨拶の前に綺麗にしなくては。
急いでルークに伝えよう。
クマちゃんは身だしなみを整える必要がありますよ、と。
「……クマちゃん……クマちゃん……」
彼の大きな手に撫でられていたクマちゃんが、つぶらな瞳でルークを見つめ、小さめの声で『……クマちゃん……かわいい……』と言った。
「え。何いきなり。いや、確かにかわいいけど。急に何の自慢?」
店の出入り口付近のおもちゃを見ていたリオは、振り返り、ルークの腕の中のもこもこに言った。
「――クマちゃんは身だしなみを整えたいそうだよ。……ねぇ、もしかして……」
クマちゃんの言葉を正しく理解したウィルが、リオに通訳しつつ視線を一瞬壁の棚へやり、後ろに立っていた氷の男クライヴに、透き通った声で囁くように話しかけた。
「……ああ、まずいな」
赤ちゃん用品の店から浮いている、南国の鳥のような派手な男ウィルの視線の意味に気が付いてしまった、自分も店から浮いていることに気付いていない、冬の支配者クライヴが眉間に皺を寄せ、冷たい美声で答える。
「…………」
ルークはクマちゃんが身だしなみを気にする理由が分かったが、可愛いもこもこの頼みを断ることも出来ず、無言のまま長い指でスッとリボンを整え、手櫛で綺麗にもこもこの被毛を梳かした。
綺麗にしてもらったクマちゃんは、ルークにお願いし壁際の棚の前へ向かった。
どうしよう。やはり、こちらから挨拶をするべきだろうか。
こちらを見ている気がするが、皆無言のままだ。
ドキドキしながら、クマちゃんはそちらの方々へご挨拶をした。
「クマちゃん」
ちゃんと『はじめまして、クマちゃんですよ』と言ったのに、彼らはこちらを見つめたまま、お返事をくれない。
人見知りなのだろうか。それとも、クマちゃんが新参者だからだろうか。
挨拶を返してもらえなかったクマちゃんが落ち込んでいると、リオが彼らの中からひとり選び、抱き上げた。
リオに抱き上げられた黒い御方は、かすれた声で、
「こんにちは、ぼくゴリラちゃん、他のみんなは気絶しちゃったかんじ」
と言った。
ゴリラちゃんが挨拶を返してくれた喜びと、他のみんなが気絶したという恐ろしい情報で、クマちゃんのドキドキが止まらない。
しかし、黙っていたらゴリラちゃんも先程のクマちゃんのように不安になってしまうだろう。
ちゃんとお返事しなくては。
「クマちゃん、クマちゃん」
胸を高鳴らせたクマちゃんは、リオの腕の中のゴリラちゃんへ肉球が付いたもこもこの右手を伸ばし『クマちゃんはゴリラちゃんとお友達になりたいと思っていますよ』とお伝えした。
リオがクマちゃんの前でゴリラのぬいぐるみを抱え、かすれた声で『ぼくゴリラちゃん』と言っているのを見ていた二人。
「――クマちゃんを悲しませるのが嫌で、リオはああしたのだろうけれど、彼の噓に気付いたときに、あの子はもっと傷ついてしまうのではない?」
ルークに抱えられたクマちゃんが、リオの腕の中のゴリラのぬいぐるみへ握手を求めているのを見ながら、ウィルは隣に立っていたクライヴに話しかける。
ウィルだってクマちゃんを悲しませたくない。しかし、この店のぬいぐるみはただのぬいぐるみだ。クマちゃんのように立って、動いて、ご飯も食べて、お話もする不思議な生き物ではないのだ。
クマちゃんに似た大きさと、品質の良さのせいで勘違いしてしまったのかもしれない。確かに、あの出来ならばクマちゃんの隣で本当に動き回ったとしても、もこもこ仲間に見えるだろう。
リオはこれからずっと、クマちゃんのためにゴリラちゃんを演じ続けるのだろうか。
不安しか感じないが、いまさらゴリラちゃんなど居ないと言えばクマちゃんは傷つき、泣いてしまう。
あの金髪がクマちゃんの方へ歩き出した時に殴って止めるべきだった。
「馬鹿め。…………あいつが黒いのを動かせないときは、他の人間が代わりに動かすしかないだろう」
吹雪のような男クライヴが、ゴリラちゃんの腕を持ちクマちゃんと握手させているリオへ、片方しか無い靴下を見るような目を向け言った。
仕方がない。馬鹿が居ないとき、誰でもゴリラちゃんになれるよう酒場の人間にもこのことを伝えておかなければ――。
南国の鳥男と冬の支配者が、馬鹿でうっかり野郎な金髪の今後を心配しつつ、目の前のやり取りを見守る。
ルークに抱かれたクマちゃんが、リオの腕の中のゴリラちゃんへ話しかけている。
どうやら、マスターにお友達の紹介をするらしい。
かすれた声のゴリラちゃんが返事をする前に、クマちゃんはピカピカの板のスイッチを押し、そのままぬいぐるみのように動かなくなった。
板からマスターの渋い、
「――店に着いたのか?」
という声が聞こえる。
クマちゃんが深く頷き、興奮したようにふんふんと鼻を鳴らし、話し出す。
「クマちゃん、クマちゃん……クマちゃん」
『クマちゃん、おともだち……気絶』と聞こえる。クマちゃんはお友達ができたよ、ということと、他の子達が皆気絶しているということを伝えたいのだろう。
「友達が出来たのか? まさかルーク達が……気絶するわけねぇな。――誰が気絶したんだ?」
マスターはクマちゃんが興奮していることを感じ、友達ができたことを察したらしい。しかし気絶したのが誰なのか分からなかったようだ。
いつもなら一つ一つ丁寧に答えるはずの可愛いクマちゃんは、興奮が抑えきれないらしく、「クマちゃん」とマスターに一番伝えたいことだけ言った。
それは『ゴリラちゃん、あいさつ』という内容だった。
早くもゴリラちゃんの出番である。
心の準備はさせないらしい。
クマちゃんが愛らしいつぶらな瞳をきらきらと輝かせ、ゴリラちゃんを見つめている。
「…………こんにちは……ぼくゴリラちゃん…………」
かすれた声のゴリラちゃんが辛そうにあいさつをした。
「……そうか。頑張れよ。――帰ってきたらリオに話があると伝えてくれ」
何かを察したらしいマスターが、後でマスターの部屋まで来いという意味合いの言葉を投げた。
「良かったな白いの、友達ができて。何かあったら俺に言え。――おもちゃは選んだのか?」
かすれた声で何かに苦しむゴリラちゃんとの会話を切り上げたマスターが、可愛いクマちゃんに向け、優しい声を出す。
クマちゃんはふんふんと鼻を鳴らし、リオに抱えられたゴリラちゃんと、自分がもこもこの手で持っている板に視線を往復させていたが、マスターの言葉に動きをピタリと止めた。
クマちゃんは思い出した。
ゴリラちゃんとの感動的な出会い。そして他の、クマちゃんと似た。もこもこの方々の気絶の件ですっかり忘れていた。
他のもこもこの方々には、彼らが起きている時にご挨拶をしよう。
今はマスターに、素敵なおもちゃの説明をするのだ。
――お友達になったゴリラちゃんと一緒に。
ルーク達の前で動きを止めていたクマちゃんが、再び話し出す。
「クマちゃん、クマちゃん」
お友達ができて嬉しそうなクマちゃんは『おもちゃ、説明、ゴリラちゃん』と言った。
いやな響きの言葉の羅列である。
「――そうか……それは、楽しみだな……」
マスターの楽しくなさそうな声が板から聞こえてきたが、喜びのあまりふんふんと興奮している可愛いクマちゃんは気付いていない。
とても嬉しそうに瞳を輝かせている愛らしいクマちゃんは、ピンク色の肉球が付いたもこもこのお手々で、ぬいぐるみが飾られた壁際の棚の向かいに置かれた、鳥が水を飲む動作を繰り返す魔道具を指した。
再びかすれた声のゴリラちゃんの出番のようだ。
「……鳥が……めっちゃ水飲んでるやつ……」
かすれた声のゴリラちゃんが小さな声で魅力のない説明をする。
しかしお友達に甘いクマちゃんは、やり直しをさせず、別の商品を指し「クマちゃん」と言った。
『ゴリラちゃん、つぎ』と言っているようだ。この商品はクマちゃんのイチオシではないらしい。
お次の商品は、手前の丸い部分を押すと、他の部分がくるくる回って光るもののようだ。
可愛いもこもこクマちゃんを抱えているルークが、それを押して確かめている。
彼もクマちゃんの通信販売の手伝いをするつもりらしい。
「……すげぇ回るやつ……なんか光ってる……」
ゴリラちゃんの営業妨害に近いへたくそな説明が店内に響き、板からマスターの「――そうか、それは凄いな」という思いやりのある合いの手が入り、クマちゃんの「クマちゃん」という幼く愛らしい声が『ゴリラちゃん、つぎ』と息も絶え絶えなお友達に次の商品の説明を求める。
様子を見ていたウィルが、
「僕はクマちゃんが使いそうなものを探してくるよ。君も、何か探してあげて欲しいのだけれど」
と言った。
うっかり野郎な金髪リオの演じるかすれた声のゴリラちゃんをこのままにしておいては、この店の人気が下がってしまう。
「わかった。何か、白いのが気に入りそうな物を探してこよう」
ウィルの言いたいことが分かったクライヴも、可愛いもこもこと可愛くないゴリラちゃんを眺めるのを中断し、店内の素敵なアイテムを探すため行動を開始した。
うるさい商店街とは別の落ち着いた雰囲気の通りには、自然のままの大きな樹があちこちに生えている。
幅の広いまっすぐな路の真ん中や、数件並んだ店舗の隣、店舗と道の境など、あらゆる場所に生えた樹は切られることも傷つけられることもなく空へ伸び日陰を作る。
たとえ樹が成長し建物を飲み込んでも、移動するのは樹ではなく建物や人間だ。
教会とは無関係の場所でも、森の街の路や建物にはよく白が使われるが、高級店や宝石店、魔法関係の店が多く立ち並ぶこの通りは特に白が多い。
「クマちゃんまたマスターに連絡してんの?」
リオはルークの腕の中で「クマちゃん、クマちゃん」とお話しているもこもこに尋ねるが、ピカピカの板と真剣に向き合うクマちゃんには聞こえていない。
すぐに通信を切ったクマちゃんは、マスターに『おもちゃ屋さん、来たよ』と言うためだけに連絡したらしい。
扉を開け中へ入るとカラン、という音がした。
「白い。何かクマちゃんの店っぽい」
ルークとウィルと違い、初めてここへ来たリオが店内を見回しながら言う。
しかし〈クマちゃんのお店〉とは違い、壁は白いが床や棚はやや明るい木の色だ。
店内には木で出来たおもちゃや色とりどりの布で出来たおもちゃ、何かの魔道具らしき動くおもちゃ、よだれかけや哺乳瓶、小さな服や靴、その他にも赤ちゃん用のアイテムがたくさん並べられている。
初めてのおもちゃ屋さんにドキドキしているクマちゃんは店内を見回した。
うむ、クマちゃんみたいに白っぽくて、いいお店である。
まずはどんなおもちゃがあるのかクマちゃんがしっかりと調べよう。
入り口から右手の棚の方を見たクマちゃんの視界に、すごいものが飛び込んできた。
大変だ。
この街に来て……いや、クマちゃんが自宅で目を覚ましてから、初めてだ。
ご挨拶の前に綺麗にしなくては。
急いでルークに伝えよう。
クマちゃんは身だしなみを整える必要がありますよ、と。
「……クマちゃん……クマちゃん……」
彼の大きな手に撫でられていたクマちゃんが、つぶらな瞳でルークを見つめ、小さめの声で『……クマちゃん……かわいい……』と言った。
「え。何いきなり。いや、確かにかわいいけど。急に何の自慢?」
店の出入り口付近のおもちゃを見ていたリオは、振り返り、ルークの腕の中のもこもこに言った。
「――クマちゃんは身だしなみを整えたいそうだよ。……ねぇ、もしかして……」
クマちゃんの言葉を正しく理解したウィルが、リオに通訳しつつ視線を一瞬壁の棚へやり、後ろに立っていた氷の男クライヴに、透き通った声で囁くように話しかけた。
「……ああ、まずいな」
赤ちゃん用品の店から浮いている、南国の鳥のような派手な男ウィルの視線の意味に気が付いてしまった、自分も店から浮いていることに気付いていない、冬の支配者クライヴが眉間に皺を寄せ、冷たい美声で答える。
「…………」
ルークはクマちゃんが身だしなみを気にする理由が分かったが、可愛いもこもこの頼みを断ることも出来ず、無言のまま長い指でスッとリボンを整え、手櫛で綺麗にもこもこの被毛を梳かした。
綺麗にしてもらったクマちゃんは、ルークにお願いし壁際の棚の前へ向かった。
どうしよう。やはり、こちらから挨拶をするべきだろうか。
こちらを見ている気がするが、皆無言のままだ。
ドキドキしながら、クマちゃんはそちらの方々へご挨拶をした。
「クマちゃん」
ちゃんと『はじめまして、クマちゃんですよ』と言ったのに、彼らはこちらを見つめたまま、お返事をくれない。
人見知りなのだろうか。それとも、クマちゃんが新参者だからだろうか。
挨拶を返してもらえなかったクマちゃんが落ち込んでいると、リオが彼らの中からひとり選び、抱き上げた。
リオに抱き上げられた黒い御方は、かすれた声で、
「こんにちは、ぼくゴリラちゃん、他のみんなは気絶しちゃったかんじ」
と言った。
ゴリラちゃんが挨拶を返してくれた喜びと、他のみんなが気絶したという恐ろしい情報で、クマちゃんのドキドキが止まらない。
しかし、黙っていたらゴリラちゃんも先程のクマちゃんのように不安になってしまうだろう。
ちゃんとお返事しなくては。
「クマちゃん、クマちゃん」
胸を高鳴らせたクマちゃんは、リオの腕の中のゴリラちゃんへ肉球が付いたもこもこの右手を伸ばし『クマちゃんはゴリラちゃんとお友達になりたいと思っていますよ』とお伝えした。
リオがクマちゃんの前でゴリラのぬいぐるみを抱え、かすれた声で『ぼくゴリラちゃん』と言っているのを見ていた二人。
「――クマちゃんを悲しませるのが嫌で、リオはああしたのだろうけれど、彼の噓に気付いたときに、あの子はもっと傷ついてしまうのではない?」
ルークに抱えられたクマちゃんが、リオの腕の中のゴリラのぬいぐるみへ握手を求めているのを見ながら、ウィルは隣に立っていたクライヴに話しかける。
ウィルだってクマちゃんを悲しませたくない。しかし、この店のぬいぐるみはただのぬいぐるみだ。クマちゃんのように立って、動いて、ご飯も食べて、お話もする不思議な生き物ではないのだ。
クマちゃんに似た大きさと、品質の良さのせいで勘違いしてしまったのかもしれない。確かに、あの出来ならばクマちゃんの隣で本当に動き回ったとしても、もこもこ仲間に見えるだろう。
リオはこれからずっと、クマちゃんのためにゴリラちゃんを演じ続けるのだろうか。
不安しか感じないが、いまさらゴリラちゃんなど居ないと言えばクマちゃんは傷つき、泣いてしまう。
あの金髪がクマちゃんの方へ歩き出した時に殴って止めるべきだった。
「馬鹿め。…………あいつが黒いのを動かせないときは、他の人間が代わりに動かすしかないだろう」
吹雪のような男クライヴが、ゴリラちゃんの腕を持ちクマちゃんと握手させているリオへ、片方しか無い靴下を見るような目を向け言った。
仕方がない。馬鹿が居ないとき、誰でもゴリラちゃんになれるよう酒場の人間にもこのことを伝えておかなければ――。
南国の鳥男と冬の支配者が、馬鹿でうっかり野郎な金髪の今後を心配しつつ、目の前のやり取りを見守る。
ルークに抱かれたクマちゃんが、リオの腕の中のゴリラちゃんへ話しかけている。
どうやら、マスターにお友達の紹介をするらしい。
かすれた声のゴリラちゃんが返事をする前に、クマちゃんはピカピカの板のスイッチを押し、そのままぬいぐるみのように動かなくなった。
板からマスターの渋い、
「――店に着いたのか?」
という声が聞こえる。
クマちゃんが深く頷き、興奮したようにふんふんと鼻を鳴らし、話し出す。
「クマちゃん、クマちゃん……クマちゃん」
『クマちゃん、おともだち……気絶』と聞こえる。クマちゃんはお友達ができたよ、ということと、他の子達が皆気絶しているということを伝えたいのだろう。
「友達が出来たのか? まさかルーク達が……気絶するわけねぇな。――誰が気絶したんだ?」
マスターはクマちゃんが興奮していることを感じ、友達ができたことを察したらしい。しかし気絶したのが誰なのか分からなかったようだ。
いつもなら一つ一つ丁寧に答えるはずの可愛いクマちゃんは、興奮が抑えきれないらしく、「クマちゃん」とマスターに一番伝えたいことだけ言った。
それは『ゴリラちゃん、あいさつ』という内容だった。
早くもゴリラちゃんの出番である。
心の準備はさせないらしい。
クマちゃんが愛らしいつぶらな瞳をきらきらと輝かせ、ゴリラちゃんを見つめている。
「…………こんにちは……ぼくゴリラちゃん…………」
かすれた声のゴリラちゃんが辛そうにあいさつをした。
「……そうか。頑張れよ。――帰ってきたらリオに話があると伝えてくれ」
何かを察したらしいマスターが、後でマスターの部屋まで来いという意味合いの言葉を投げた。
「良かったな白いの、友達ができて。何かあったら俺に言え。――おもちゃは選んだのか?」
かすれた声で何かに苦しむゴリラちゃんとの会話を切り上げたマスターが、可愛いクマちゃんに向け、優しい声を出す。
クマちゃんはふんふんと鼻を鳴らし、リオに抱えられたゴリラちゃんと、自分がもこもこの手で持っている板に視線を往復させていたが、マスターの言葉に動きをピタリと止めた。
クマちゃんは思い出した。
ゴリラちゃんとの感動的な出会い。そして他の、クマちゃんと似た。もこもこの方々の気絶の件ですっかり忘れていた。
他のもこもこの方々には、彼らが起きている時にご挨拶をしよう。
今はマスターに、素敵なおもちゃの説明をするのだ。
――お友達になったゴリラちゃんと一緒に。
ルーク達の前で動きを止めていたクマちゃんが、再び話し出す。
「クマちゃん、クマちゃん」
お友達ができて嬉しそうなクマちゃんは『おもちゃ、説明、ゴリラちゃん』と言った。
いやな響きの言葉の羅列である。
「――そうか……それは、楽しみだな……」
マスターの楽しくなさそうな声が板から聞こえてきたが、喜びのあまりふんふんと興奮している可愛いクマちゃんは気付いていない。
とても嬉しそうに瞳を輝かせている愛らしいクマちゃんは、ピンク色の肉球が付いたもこもこのお手々で、ぬいぐるみが飾られた壁際の棚の向かいに置かれた、鳥が水を飲む動作を繰り返す魔道具を指した。
再びかすれた声のゴリラちゃんの出番のようだ。
「……鳥が……めっちゃ水飲んでるやつ……」
かすれた声のゴリラちゃんが小さな声で魅力のない説明をする。
しかしお友達に甘いクマちゃんは、やり直しをさせず、別の商品を指し「クマちゃん」と言った。
『ゴリラちゃん、つぎ』と言っているようだ。この商品はクマちゃんのイチオシではないらしい。
お次の商品は、手前の丸い部分を押すと、他の部分がくるくる回って光るもののようだ。
可愛いもこもこクマちゃんを抱えているルークが、それを押して確かめている。
彼もクマちゃんの通信販売の手伝いをするつもりらしい。
「……すげぇ回るやつ……なんか光ってる……」
ゴリラちゃんの営業妨害に近いへたくそな説明が店内に響き、板からマスターの「――そうか、それは凄いな」という思いやりのある合いの手が入り、クマちゃんの「クマちゃん」という幼く愛らしい声が『ゴリラちゃん、つぎ』と息も絶え絶えなお友達に次の商品の説明を求める。
様子を見ていたウィルが、
「僕はクマちゃんが使いそうなものを探してくるよ。君も、何か探してあげて欲しいのだけれど」
と言った。
うっかり野郎な金髪リオの演じるかすれた声のゴリラちゃんをこのままにしておいては、この店の人気が下がってしまう。
「わかった。何か、白いのが気に入りそうな物を探してこよう」
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