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第64話 クマちゃんはみんなと一緒が好き

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 夕食後の酒場。四人と一匹の終われない宴。
 
 リオが『やったー!』と大喜びしないせいで、クマちゃんは一生懸命もこもこのお手々でカスタネットを鳴らし、可愛らしい「クマちゃん」という合いの手を入れ続ける。
 動揺するリオへ、ルークが低く色気のある声で「リオ」と呼び、直後ひどく雑な命令を飛ばす。

「喜べ」

 カスタネットクマちゃんを膝に乗せた暴君に、当然リオは「え。なにいきなり」と喜ぶようなことがないとルークへ返そうとしたが、その瞬間、普段表情を変えないルークが切れ長の目をスッと細めた。
 野生の感で(なんかやばい)と察知した彼は「わー、め、めっちゃうれしい」と役者なら失業する演技で喜び、そのザマを横目で見たウィルがいつもの優し気な表情を崩し、フッと男らしい好戦的な貌で笑う。

 リオの微妙な喜びの声を聞き、一瞬カスタネットを叩くお手々を止めたクマちゃんだったが、やはりあの程度の喜びでは、厳正なるクマちゃん審査は通過できない。
 再び始まってしまったカチカチカチ、の音に素早く反応したリオが「すげえ嬉しい!」と力強くクマちゃんに頷いたことで、ようやく宴は終わりを迎える。

 喜ぶのが遅いリオへクライヴが大雨の日に外に干された洗濯物を見るような目を向けていたが、彼はそれに気が付かないふりをした。



 秘境にある洞窟のような薄暗い室内。倒れたまま壁際に寄せられてしまった木は、放置されているにも拘らず今日も元気に茂っていた。
 その部屋は森と同じく爽やかな緑が香り、空気は神殿のように美しく澄んでいる。

 今日はこの洞窟、もとい暗い部屋に、普段は大穴の向こうで暮らしている、その穴の製作者が来ていた。遊びに、ではなく真面目な話し合いのためだ。
 ウィルは椅子に座る際、壁際の緑を見たが、すぐにスッと視線をそらした。
 因みに、冬の支配者クライヴはマスターに呼ばれたため「後で部屋に行く」と言い、クマちゃんとの別れの儀式――肉球との握手――を済ませ、立入禁止区画へと消えた。

「やっぱ前より明るい」

 リオがベッドに腰かけ呟く。

「瞳に特殊な能力が付くなんて、クマちゃんは占いの腕前も素晴らしいね」

 どんなに腕前が素晴らしかったとしても、通常占いで肉体が変化することなど有り得ないが、可愛いクマちゃんの占いが〝多少〟変わっていたとしても、ウィルにとっては問題ではない。

「ああ」

 クマちゃんへの賛辞だけ積極的に参加する夜の森の魔王のような男ルークも、クマちゃん占いの素晴らしさを褒め、自身のベッドの上で愛らしいもこもこを撫でている。
 そして可愛いクマちゃんは、洞窟に似た部屋で今日の大冒険の興奮を思い出してしまったのか、ふんふんふんふんと湿った鼻を鳴らしルークの長い指にじゃれついていた。


「あの洞窟ってさぁ……もしかして結構やばいことに使われてたかんじ?」

 リオが言いにくそうに話を切り出す。本当はクマちゃんの居るところでやばい話などしたくないのだが、幼く可愛いクマちゃんは寂しがり屋で、皆と一緒が大好きだ。仲間外れにしたり、いつもと違う時間にマスターのところへ預けたりしたら、泣いてしまうかもしれない。――そして、何か問題を起こすだろう。
 マスターの部屋と、この部屋を直接繋ぐくらいは簡単にやりそうな気がする。
 そんなことになるくらいなら、初めから一緒に居たほうが良い。

「――そうだね。君の思っている通りなのではないかな。でも、クマちゃんが作ってくれた可愛らしい蔦のランプから癒しの力が出ていたから、君たちのところまでは美しい洞窟だったよ」

 珍しく少し躊躇して答えたウィルは、長いまつげを伏せ、続けて、

「はっきりとそう感じたわけではないけれど、もっと下の方へ行けば何か見つかるかもしれないね」

と言った。
 ウィル達がルークを追い走っている間、モンスターの気配は無かった。分岐路からも嫌な気配は感じなかったが、クマちゃんの癒しの力を感じるランプで洞窟内が照らされているのに、何故、他の冒険者達はあんなに弱っていたのか。
 自分達との体力や能力の差はもちろんあるが、それでも、あのランプが照らしている場所であれば、少しは楽に動けたはずだ。
 現に、湖に着いて数分後、彼らは「あれ、何か楽になった」「ほんとだ」「えー、なんでだろ」「まぁ風呂でも行くか」と普通に露天風呂へと歩き出した。
 もしもクマちゃんが魔法をかける前の洞窟が、あのランプの癒しの力を相殺するほど邪悪な力で満たされていたとしたら。
 
 マスターが洞窟内で転がっている彼らを見て、すぐに引き上げようとしたのも、奥に進むべきではない、と判断したからではないだろうか。

「何か、ってもしかして……」

 リオがウィルの言葉の中に良くないものを感じ、聞き返そうか迷ったとき。
 コン、とノックの音が聞こえた。マナーが必要な場所でもない限り、雑な冒険者達はまじめに何回もノックなどしない。
 
 一番ドアに近い場所にいるのは椅子に座っているウィルだが、一応この部屋の住人であるリオが立ち上がり、客を出迎える。
 リオがドアを開けながら「普通に入ってくればいいのに」と言うが、ノックもせずにいきなり部屋に入ってくるのは普通ではない。
 おかしなことを言われたクライヴが一瞬リオに虫に食われた葉を見るような目を向けたが、すぐに部屋の中へ入り、ウィルの向かいに置かれた椅子に座った。
 彼は室内の観察をほとんどしなかった。この部屋のやばい部分にはふれないことにしたらしい。
 
「先程、マスターから聞いた話だが」

 クライヴはルークの膝の上で撫でられている可愛いクマちゃんを眺め、いつも通り可愛いもこもこであることを確認すると、美しく冷たい声で話し出す。

「ギルド職員に例の靴を見せたところ、すぐに現地に向かうと言い出したらしい」

 彼は視線を可愛いクマちゃんのもこもこの耳へ向け、続ける。

「マスターは止めたそうだが、足が速いそいつは、花畑で休んでいた冒険者を連れて靴のあった場所まで案内させた」

 クライヴはマスターから聞いた内容を、そのまま彼らに伝える。
 すると、そこまで黙って話を聞いていたリオが口をはさむ。

「え、もしかして花畑で休んでたやつって、俺らと一緒に帰ってきた奴ってこと? また洞窟まで走ったの?」

 リオは黙って聞いていようと思ったが、ギルド職員に連れていかれたやつが気の毒で、つい尋ねてしまった。

「ああ。それで、お前に聞きたいんだが。靴のあった場所に、魔石を置いていなかったか?」

 クマちゃんの可愛いもこもこの耳が、肉球と同じくらい可愛いことに感動していたクライヴだったが、リオからの質問に雑に答え、そして本題に入った。

「うわ、さすがに可哀相すぎる。……魔石なら二つ置いたけど。もしかして何かダメだった?」

 クライヴからの質問よりも、帰ってきたばかりでまた洞窟、しかも靴のあった場所まで走り、そして戻ってきたであろう冒険者のほうが十倍くらい気になってしまったが、リオは真面目な質問らしいそれに答えを返した。
 道具入れから取り出した魔石を、靴の横に二つ置いた。思い返してみるが、おかしくはないはずだ。

「いや、お前が悪いと言っているわけではない。――ただ」

 可愛すぎるクマちゃん観察を一旦中断し、クライヴはリオに視線を向けるが、話し出してすぐに言葉を切った。

「――もしかして、魔石が無くなってしまったの?」

 ずっと考え込むように黙って話を聞いていたウィルが言う。
 予想していたわけではないが、話の流れから、リオの置いた魔石が見つからなかったのではないか、と思ったのだ。

「――――マスターからはそう聞いている。ただ、その冒険者が道を間違えた可能性を考慮し、明日もう一度お前たちに案内してほしいそうだ」

 中断したはずのクマちゃん観察は、クマちゃんがクライヴに可愛い肉球を見せてきたことで再開された。誘惑に負け、返事が遅れてしまった。
 もしかしたら、洞窟内で魔石を渡さなかった時に、クマちゃんの肉球がいまいちだったから魔石を貰えなかったと思ったのだろうか。
 クライヴに肉球を見せるクマちゃんが『肉球よくなった?』と言っている気がする。今すぐお小遣いを渡し、可愛いもこもこの不安を解消してやりたい。

「わかった。朝でいいのか」

 クマちゃんを可愛がるだけでなく、一応話を真面目に聞いていたらしい夜の森の魔王ルークが、ずっともこもこだけを見ていた切れ長の目をクライヴに向け、いつも通り抑揚の少ない、低く魅惑的な声で了承し、尋ねた。

 真面目なお話の間ずっとルークに撫でられていたクマちゃんがスッと可愛い肉球のついたお手々を上げた。
 クマちゃんも行きますよ、という意味だ。

「いや、クマちゃんはちょっと……」

 リオの否定的なかすれ声が薄暗い部屋に響く。
 しかし、クマちゃんは行くと言ったら行くだろう。
『クマちゃんはだめ』と言われておとなしくしている生き物であれば、この部屋はこうなっていないのだ。
 おとなしくしない生き物だから、この部屋は薄暗く、そして森の香りが漂っている。

 彼らの真面目な話し合いは続く。クマちゃんの可愛い肉球を見つめながら――。
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