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第1話 カンナとおばあちゃん。突然のむちゃぶり。

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「そういえばねぇ、神那カンナちゃん。この近所に鈴木さんているでしょう?」

 台所から麦茶を持ってきてくれたおばあちゃんがそう言って、私に聞いてくる。
 正直なところ『いや知らんけども』という感じだ。
 でもそのまま言うのはなんとなく、ぐあいが良くない。私は殊勝しゅしょう態度たいどで「うん。すごいいるね」と答えた。

「それでねぇ、ちょうど『ミィちゃん』が帰って来てるんだって」

 大変だ。『わたくし、ここら辺の鈴木さんのことなら大体知っていますよ、ええ』みたいに答えたせいだろう。おばあちゃんの話が良くない方向へ進んでいる気がする。
『カンナそういうところだよ』愛里亜アリアちゃんの可愛い声を思い出す。
 だからといって、いまさらおばあちゃんに『いや知らんけども』と言うわけにも。引っ込みがつかないってこういうときに使う言葉なのかな。

「おばあちゃん麦茶ありがとう」感謝かんしゃを伝えるのはだいじ。冷たいそれに口をつけながら、またひとつ、どうしようもない答えを返す。

「そうなんだぁ」

「そうそう。それでねぇ、デイジーちゃんに『あら、実はカンナちゃんも帰って来てるのよ』って話したらね」

 聞き逃しにくい。とつぜんのデイジーちゃん。かわいい。頭に白い花がよぎる。
『誰やねん』の使用に制限時間はあるのか。ん? それよりも、これは情報漏洩じょうほうろうえいというやつでは。
 こういうとき、ビシッ! とツッコめる人になりたかったな。

「『そらぁちょうどいい。若いもんは若いもん同士で遊ぶのが一番よ。さっさとおいでってカンナに伝えとくれ!』ってねぇ」

 デイジーちゃん強そう。『いえ、遠慮えんりょします』
 言ったらどうなるんだろう。『ハイかイエスで答えな!』
 ちょっと怖い想像をしてしまった。

「だからねぇ、『あらぁ、きっとカンナちゃんも大喜びするわぁ。ほらぁ、ここやっぱり田舎だから、毎日ひまそうで可哀相かわいそうだわって思ってたのよぉ』って」

 あ、私大喜びで『ミィちゃん』のところに遊びに行く感じなんだ……。

「これねぇ、持っていくお菓子はバッグに入れておいたから、ベッカムくんと三人で食べてね。ゆっくり遊んでいらっしゃい」

 こうして私は、優しいおばあちゃんに手作りトートバッグを持たされ、『鈴木ミィちゃん』と『なぞのベッカムくん』、会ったことも名前を聞いたこともない二人と遊ぶため、お外へ出かけることになってしまった。



 熱い。荒ぶるセミの音と頭部をがす日射しに、負けてしまいそう。

 もう帰ってもいいかな。『ミィちゃんいなかったよ』と。
 駄目だめだ、きっとその噓は二分でばれる。おばあちゃんの悲しい顔は見たくない。

『田舎だから』『暇そうで可哀相』
 おばあちゃんは言うけれど、私は田舎でぼーっとするのはぜんぜん嫌いじゃない。
 ここにいるあいだはスマホも見なくていいかなと思う。
 縁側えんがわから見える自然いっぱいの景色も好き。

 もしかしたら、お母さんがおばあちゃんに何かいったのかな。
 どうせ毎年来るんだから『カンナもこっちで同い年のお友達を作ったら』と気を使ってくれたのかも。

 数百メートルはある長い道のり。左右には畑。遠くには山。
 一番近い隣の家ですら、八十メートルくらいはありそう。
 ――暑い。帽子を被ってくればよかった。
 ひとりでとぼとぼと歩き、おばあちゃんが『一本道だからねぇ。見たらすぐ分かるわよぉ』と言っていた鈴木さんの家を探す。

 一本道でも見逃すときは見逃すのでは。
 後ろ向きなことを考えながら歩いたせいだろう。いつの間にか、視線が下がっていた。
 やば。行き過ぎてないかな。あわてて左右を見た。

 ら、なんと、右前方、視界に飛び込む。あるはずのないもの。

「え、け、剣……?」

 アスファルトに、立派な剣が突き刺さっている。横には盾も。つきなみな言葉でいうと、ゲームに出てくるやつ。
 どういうこと? 剣には鈴木って書いてある。もしかして、デイジーちゃんって日本で冒険しているの?

 銃刀法違反じゅうとうほういはん――。頭に浮かんだのは、詳しく知らない言葉。だけど、たぶんこの剣は持ってあるいちゃ駄目なやつ。

 きっとここは日本じゃないんだ。東京から見れば田舎も異世界でファンタジー。
 頭が熱いせいか、いつもより投げやりな気持ちになっていた。自覚がないまま、鈴木さん宅のドアをガラガラと開ける。
 よその田舎は知らないけれど『インターホンを押さずに地声で挑む』それがこの近所では主流なのだ。

「こんにちはー。ミィちゃんと遊びに来ましたー」

 そして知り合いの家なら勝手に上がり込むまでが主流。――さすがにそこまでの度胸どきょうはない。
 東京だったら捕まっちゃうのに。田舎って凄い。やっぱり異世界なのかも。

 とりとめもないことを考えながら待っていると、トン、トン、とダルそうに階段を降りる音が聞こえた。
 そうして、「あい」と妙にいい声も。え、なに、このイケボ。

「『ミィちゃん』は俺だけど……。アンタ、田中カンナ?」

 混乱こんらんする私にそう言ったひとは、想像していた『ミィちゃん』をはるかに男っぽくして、物凄く格好良くした感じの……、つまり、女の子じゃなくて、どこからどうみても、ただのイケメンだった。
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