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第45話 カナデ様のわかりにくすぎる怒り方。遅れて到着したヒロイン。

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 カナデが『遺跡の管理者』に期待をしない理由は、彼が今まで調べてきたことの中にある。

 綿が詰まっていそうな猫を婚約者に持ってしまった男は、クールな友人兼婚約者(仮)の兄に尋ねたことがあった。珍しく、カナデのいるソファでハナが眠っていた日に。

『お前の〝幼い妹〟は何故こんな姿に?』
 その質問に、悪意はなかった。訊きたいことなど山のようにあったが、クールな友人の心情をおもんぱかるなら、当たり障りのないことから尋ねるべきだろう。

『一体何人幼い妹がいるのか』という疑問については、聞かずとも答えに辿り着いた。 
 彼が溺愛している妹は婚約者(仮)だけだろう。確かに目が離せない。色々な意味で。年齢的には三つほどしか違わないが、それをどう解釈するかは個人の自由である。

 ――彼の部屋には妙に可愛らしいものが置かれていたり、あるいは落ちていたり、小さな生き物の気配を感じたりすることがあった。他愛ないいたずらをされたような気がするが、『気にするな』の一言でクールに流された。姿を見せてくれたことはなかった、はずだ。
 おぼろげな記憶の中で、婚約者(仮)の姿に似たぬいぐるみを見たような気もする。当時は銀の巻き毛など付けていなかった――はずだ。

 完全にワタが詰まっていたが、あの時のぬいぐるみが、実は彼の妹だった。
 世間ではまったく噂になっていないが、当時からぬいぐるみのような生き物だった。

 彼の返答を待つ間に仮説を立てるも、否、と即座に否定した。
 もしもそうであれば、『お兄にゃーん』が聞こえぬはずがない。そう確信できるほど、彼の婚約者(仮)はよく鳴いていた。


 しかし、『こんな姿』と言ったのが悪かったのか、もともと話す気がなかったのか、クールな男は答えなかった。ではいつからこうなのか、という質問にも。

 確かに、非常にデリケートな問題だ。彼の大事な妹が人ではなくなったのだから。簡単に口を割るとは初めから期待していない。
 ――もしも自分に『何らかの事故、あるいは事件に巻き込まれ猫になった妹』が存在したとして、という仮定は無意味だ。カナデとシオンでは『妹』という謎めいた生き物への想いが違い過ぎる。千代鶴チヨヅルハナと、その兄。この二人の関係性は、当人同士でなければ理解できないだろう。
(では妹にしたいか、という己への問いには答えが見つからなかった。あんな生き物と毎日一緒にいれば、心配でおちおち寝ることもできまい。ずっと抱えていればいいのか。悪くはないが、仕事はどうする)

 友人の外出が増えたことから察するに、事件が起こった時期はカナデが猫と出会った日の前日あたり。単純に考えて、予定を突然キャンセルした日だ。
 彼女が猫になった原因は不明。あまり知られていない術の中には姿を変えられるものもあるが『一時的に、長くても一日以内に効果が切れ、かけ直す必要が――』という注釈がつく。

千代鶴チヨヅルシオンの幼い妹は、優秀な彼がついていながら何故、猫になってしまったのか』

 疑問が解消されることはなく、すべては謎のまま。

 とはいえ、溺愛する妹を婚約させる理由については思い当たる節があった。
 カナデを身内にしたほうが妹を守りやすいからだろう。家をあけるたび、わざわざカナデに『幼い妹』を預けたのだから。(『お前の罪』というそれには心当たりがなかった。溺愛する妹を男の部屋に忘れていった八つ当たりに違いない)

 奴は冗談で『婚約』などと言い出す男ではない。『やはりお前では駄目だ』と妹や友を振り回す男でも。(そもそもシオンが『冗談』をいう姿など想像できない)

 彼にとって彼女は大事な猫であり、婚約者の御令嬢でもあるのだ。
 自身の手で、弱々しい婚約者をあらゆる危険から護り、人間に戻さねばならない。
 何故か呪われている猫の御令嬢を。
 ハナが『人間の男なんてお断りにゃーん。婚約破棄にゃーん』とでも言わぬ限り。


 ――つまり、胡蝶コチョウサクラが彼の弱々しい婚約者(仮)にしたことは許されることではないということだ。そして、カナデが大事に護っている婚約者(仮)に狼藉を働いたということは、死にたいということなのだろう。


 胡蝶コチョウサクラの望みを叶えてやるのはあとでいい。

 婚約者(仮)を人間に戻すため、彼が調べたのは『呪い』と『悪魔』についてだった。
 奴らのなかには言葉巧みに人を惑わせ、美しい姿で魅了し、溺れさせ、破滅する様や恐怖する姿を楽しむものが大勢いる。
 ハナが自分の姿に恐怖しているようには見えないが、数か月経っても猫のままなのだから、人ならざる者の仕業と考えて間違いはないだろう。

 ともかく、分かったのは、『悪魔の呪いはかけた者にしか解けぬ』ということだった。
 位が高い悪魔であったとしても、例外はない。遺跡の管理者がハナを猫に変えた犯人でもない限り。

 カナデがサクラへの殺意を静かに募らせながら呪いについて考え、いつも通りに見える表情でなんらかの応えを待っていると、悪魔はゆっくりと瞬きをした。
 
 ――今まで遺跡の管理者に興味のなかったカナデ達は知らなかった。この大悪魔様は人間への返答がとにかく遅いということを。長いと質問の返事よりも先に、人間の寿命がくる。人間を見下しているのではない。熟慮するタイプなのだ。

 悪魔はふわりとベッドに腰を下ろし、何故か瞳を閉じた。
 おい、寝る前に質問に答えろ――。

 カナデ様が俺様のようなことを言おうとした時。

 部屋に飛び込んできたのは『不審者』だった。

「ごめんなさい! お待たせしてしまって!」
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