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第41話 消えた猫と――。静かな怒り。驚愕するサクラ。
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泉に水が満ちてゆく。乙女像の水瓶からも、ザァ――と輝く水が。みるみると水位が増す。あふれかえるほどに。青き水面にキラキラと光がまたたく。
――回復の泉は、聖なる乙女の力により復活を果たしたのだ。
しかし男達は泉のことなど気にしていられなかった。
聖なる力に動きを止められた男達の目の前で、ハナが消えた。
広がった魔法陣と共に。聖なる力のせいでない。何者かに誘拐されたのである。
素晴らしい力だ。凄いなと褒めてやったら、いつものように愛らしい声で鳴いてくれたに違いないあの子が。
「管理者か……」
カナデの低い声が、静かに響いた。
早く迎えに行ってやらねば。猫は人見知りをするのだ。きっと怯えているだろう。身を隠す土管がなくて不安なはず。おもちゃの包丁を持たせてやればよかった。
冷静に考える自分に、冷静ではない自分が告げる。
誘拐犯を殺せと。
「よくも――」
俺の、幼い妹を。
目の前で大事な猫を攫われた男は、泉が凍りかねないほど冷えた眼差しをしていた。このままここにいれば、妹が泉に落ちる原因になった女を殺しかねない。
振り返り、部屋の外へ向かう。住人がいるという噂の地下へと。
男達が皆いなくなった部屋では、溢れた水にやられふたたびドロドロになったヒロインが怒り狂っていた。
「ありえない……。何でアタシじゃなくて猫なのよ……。せっかく泉を復活させたのに、これじゃ意味ないじゃない!!」
只者ではないヒロインは、自身の祈りが泉を復活させたのだと頑なに信じ込んでいた。
まさか聖なる猫の聖なる肉球のおかげだとは、夢にも思わない。
ヒロインの幸せな妄想は続く。
(しかも怪我人まで攫われてるし……! あれ? 怪我人が攫われた? そんなのストーリーになかったはず。ううん。絶対になかった。ってことは、これって……攫う相手を間違えただけなんじゃない?)
遺跡の住人ってちょっと浮世離れしてる感じがしなくもないし。そういうことなのかも。うん。きっとそう。
「イベントの失敗って絶対これのせいよね……」
そういって、自身の服を見下ろす。
(着替えなんて持ってきてないし……。着替え? あ! そっか。直接『住人』のところに行けばいいじゃない! アタシ天才すぎ!)
只者ではないヒロインは彼らを追うように駆けだした。
みんな待っててね! すぐに綺麗なアタシを見せてあげるから! と。
◇
すぐ側で神聖な力を大量に浴びたサクラは、手で目元を覆い、ふらついた己に心のなかで悪態をついていた。
くそダセェな。しかも攫われてんじゃねぇか。
そのうえ巨大な鳥かごの中。趣味が悪いにもほどがある。
だが誘拐されたのが自分でよかった。
猫は泉に落ちなかっただろうか。水嫌いが多いからな。
間を置かず、顔から手を退かした瞬間。目に入ったものに驚愕する。
眼前に、とんでもない猫耳美少女が、膝を抱えて座っていたのだ。
水の滴る銀髪。濡れた制服。悲し気に下を向く瞳。真っ白な猫耳も、悲しそうに伏せられている。
なぜ、こんな所に千代鶴ハナが。誘拐されて猫耳でもつけられたのか。昔から猫っぽいと思っていたが、そう思っていたのは自分だけではなかったということか。
小さい頃から同じ学園に通っているというのに、数えるほどしか話したことはない。
それも、パーティーの挨拶の場、などではなく、『授業』で。話さざるを得ない状況のときのみ。彼女は毎回パーティー前日に重い病にかかるのだ。
学園の生徒の中には、彼女が誰とも口を聞かぬのは気位が高いからだと言うものもいる。
どうみても人見知りのせいだろう。ああいう奴らは繊細な猫系人間の扱いを知らぬに違いない。
兄にしか懐かぬ、子猫のような不思議な人間――。
珍しくぼうっとした頭で寝ぼけたことを考え、はっとした。
そうだ。千代鶴ハナが一人で遺跡になど来るわけがない。
彼らは猫の名前を呼んでいただろう。妹にそっくりな猫だから『ハナ』なのかと思っていたが――。
「お兄にゃーん……」
可哀相に。兄から引き離された猫が寂しげに鳴いている。
怖がっているのか。猫耳が震えているのが見えた。濡れてしまったせいもあるだろう。
魔法で乾かすか? いや、余計に怯えさせるだけだ。
まずは敵ではないと認識させるしかないな。
「……ハナ」
ぽつりと名を呼ぶ。
名前まで猫っぽいな、と考えながら。
薄青に輝く、聖なる泉のような瞳が、すっと彼へと向けられた。
――回復の泉は、聖なる乙女の力により復活を果たしたのだ。
しかし男達は泉のことなど気にしていられなかった。
聖なる力に動きを止められた男達の目の前で、ハナが消えた。
広がった魔法陣と共に。聖なる力のせいでない。何者かに誘拐されたのである。
素晴らしい力だ。凄いなと褒めてやったら、いつものように愛らしい声で鳴いてくれたに違いないあの子が。
「管理者か……」
カナデの低い声が、静かに響いた。
早く迎えに行ってやらねば。猫は人見知りをするのだ。きっと怯えているだろう。身を隠す土管がなくて不安なはず。おもちゃの包丁を持たせてやればよかった。
冷静に考える自分に、冷静ではない自分が告げる。
誘拐犯を殺せと。
「よくも――」
俺の、幼い妹を。
目の前で大事な猫を攫われた男は、泉が凍りかねないほど冷えた眼差しをしていた。このままここにいれば、妹が泉に落ちる原因になった女を殺しかねない。
振り返り、部屋の外へ向かう。住人がいるという噂の地下へと。
男達が皆いなくなった部屋では、溢れた水にやられふたたびドロドロになったヒロインが怒り狂っていた。
「ありえない……。何でアタシじゃなくて猫なのよ……。せっかく泉を復活させたのに、これじゃ意味ないじゃない!!」
只者ではないヒロインは、自身の祈りが泉を復活させたのだと頑なに信じ込んでいた。
まさか聖なる猫の聖なる肉球のおかげだとは、夢にも思わない。
ヒロインの幸せな妄想は続く。
(しかも怪我人まで攫われてるし……! あれ? 怪我人が攫われた? そんなのストーリーになかったはず。ううん。絶対になかった。ってことは、これって……攫う相手を間違えただけなんじゃない?)
遺跡の住人ってちょっと浮世離れしてる感じがしなくもないし。そういうことなのかも。うん。きっとそう。
「イベントの失敗って絶対これのせいよね……」
そういって、自身の服を見下ろす。
(着替えなんて持ってきてないし……。着替え? あ! そっか。直接『住人』のところに行けばいいじゃない! アタシ天才すぎ!)
只者ではないヒロインは彼らを追うように駆けだした。
みんな待っててね! すぐに綺麗なアタシを見せてあげるから! と。
◇
すぐ側で神聖な力を大量に浴びたサクラは、手で目元を覆い、ふらついた己に心のなかで悪態をついていた。
くそダセェな。しかも攫われてんじゃねぇか。
そのうえ巨大な鳥かごの中。趣味が悪いにもほどがある。
だが誘拐されたのが自分でよかった。
猫は泉に落ちなかっただろうか。水嫌いが多いからな。
間を置かず、顔から手を退かした瞬間。目に入ったものに驚愕する。
眼前に、とんでもない猫耳美少女が、膝を抱えて座っていたのだ。
水の滴る銀髪。濡れた制服。悲し気に下を向く瞳。真っ白な猫耳も、悲しそうに伏せられている。
なぜ、こんな所に千代鶴ハナが。誘拐されて猫耳でもつけられたのか。昔から猫っぽいと思っていたが、そう思っていたのは自分だけではなかったということか。
小さい頃から同じ学園に通っているというのに、数えるほどしか話したことはない。
それも、パーティーの挨拶の場、などではなく、『授業』で。話さざるを得ない状況のときのみ。彼女は毎回パーティー前日に重い病にかかるのだ。
学園の生徒の中には、彼女が誰とも口を聞かぬのは気位が高いからだと言うものもいる。
どうみても人見知りのせいだろう。ああいう奴らは繊細な猫系人間の扱いを知らぬに違いない。
兄にしか懐かぬ、子猫のような不思議な人間――。
珍しくぼうっとした頭で寝ぼけたことを考え、はっとした。
そうだ。千代鶴ハナが一人で遺跡になど来るわけがない。
彼らは猫の名前を呼んでいただろう。妹にそっくりな猫だから『ハナ』なのかと思っていたが――。
「お兄にゃーん……」
可哀相に。兄から引き離された猫が寂しげに鳴いている。
怖がっているのか。猫耳が震えているのが見えた。濡れてしまったせいもあるだろう。
魔法で乾かすか? いや、余計に怯えさせるだけだ。
まずは敵ではないと認識させるしかないな。
「……ハナ」
ぽつりと名を呼ぶ。
名前まで猫っぽいな、と考えながら。
薄青に輝く、聖なる泉のような瞳が、すっと彼へと向けられた。
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