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第8話 イケメンは見た。胸の高鳴り。一応開かれた扉。
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そのイケメンは、しょっちゅう問題が起こる友人宅で、前日あたりから悪魔召喚的なものに失敗した系の珍事件と、それに深くかかわりすぎてどうにかなった系の問題が起こっていることをまったく知らされていなかった。
どうにかなった系の問題――。
それは、問題を起こしすぎてついに進化した系の、相まみえればどんな客もすぐに自宅方面への用事を突然思い出す、という説を和帽子を奪われた板前が唱えた、帰宅不可避、来訪拒否、呪いに巻き込まれし千代鶴家で一連の事件もそれ以外の事件も連日起こし続け最終的に呪われた張本人、人間をやめたら綿が詰まった千代鶴家の末っ子、ハナにゃんのことである。
そんな、現在進行形でどうにかなっている生き物が、来客を八つ裂きにするためだけに長時間玄関に待機していることも知らず、彼はクールな長男の部屋で雑談を楽しむついでに約束をキャンセルした理由でも尋ねようかと、実に平和的な思考で、もう封印したほうがいい玄関扉を開いた。
そしてイケメンは目撃した。
縦ロールのカツラを被った猫のぬいぐるみが、聴診器、タロットカード、マスク、和帽子、花の活けられていない剣山などが派手に散らばるなか、大理石に座り込み、可愛い猫手に持った油性ペンで『シ ネ ェ』と書いているところを。
「…………」
彼は咄嗟に扉を閉めた。微かに震える手で、口元を押さえる。
めったに騒ぐことのない心臓が、尋常じゃない音を立てている。
今のはなんだ。
シネェ……まさか、死ねか。
誰へ向けたメッセージだ。
否、考えるまでもなく、当然、玄関扉を開ける者へだろう。
であれば、招かれざる客……呼ばれもしないのに来た、『俺』か――?
そのイケメンは、普段であれば短絡的思考を一旦脇に置き、床に散らばる物体や全体のイメージなどから複数の可能性を思索する、人並み以上に冷静で大人びた、ついでにいうと周囲の人間に対して関心の薄い、冷めた男だった。
だが、気心の知れた友人宅の玄関を開けるという特別感も緊張感もない、というより逆に友人宅の玄関で神経を尖らせるなどお前は一体何と戦っているんだ、というつまり普通に気を抜いている状態。
結果ノーガードでくらった衝撃的でセンセーショナルで刺激的というよりもはや殺意的でヅラを被った猫的な一撃。
その猫的でワタ的な生き物に『殺すぞ』的な想いを見せつけられたイケメンは、現在猛獣の世話で忙しいクールな友人と雑談をしようなどという実に夢見がちな、つい先程までは吞気に予定していたアレコレを一瞬で忘れ、また一瞬たりとも思い出さなかった。
そして男は――ただ友人宅の玄関扉を開けて閉める、という一生に一度くらいあるかないか、どちらかというとない派が人口の過半数を超える行いをしただけで――震える手で口を押さえたまま、鈍い頭を動かし、自宅方面へ向かう計画をたてた。
迎えの車を呼ぶことも忘れ、無意識のうちにふらふらと歩き出す。
斯様にそのイケメンは、二駅ほど離れた己の邸宅への道を進み続け――傅かれることに慣れている彼らしくもなく――ついには自身の足で、たどり着いてしまったのである。
「くそ……、頭から、あの猫と縦ロールが離れない……」
どうにかなった系の問題――。
それは、問題を起こしすぎてついに進化した系の、相まみえればどんな客もすぐに自宅方面への用事を突然思い出す、という説を和帽子を奪われた板前が唱えた、帰宅不可避、来訪拒否、呪いに巻き込まれし千代鶴家で一連の事件もそれ以外の事件も連日起こし続け最終的に呪われた張本人、人間をやめたら綿が詰まった千代鶴家の末っ子、ハナにゃんのことである。
そんな、現在進行形でどうにかなっている生き物が、来客を八つ裂きにするためだけに長時間玄関に待機していることも知らず、彼はクールな長男の部屋で雑談を楽しむついでに約束をキャンセルした理由でも尋ねようかと、実に平和的な思考で、もう封印したほうがいい玄関扉を開いた。
そしてイケメンは目撃した。
縦ロールのカツラを被った猫のぬいぐるみが、聴診器、タロットカード、マスク、和帽子、花の活けられていない剣山などが派手に散らばるなか、大理石に座り込み、可愛い猫手に持った油性ペンで『シ ネ ェ』と書いているところを。
「…………」
彼は咄嗟に扉を閉めた。微かに震える手で、口元を押さえる。
めったに騒ぐことのない心臓が、尋常じゃない音を立てている。
今のはなんだ。
シネェ……まさか、死ねか。
誰へ向けたメッセージだ。
否、考えるまでもなく、当然、玄関扉を開ける者へだろう。
であれば、招かれざる客……呼ばれもしないのに来た、『俺』か――?
そのイケメンは、普段であれば短絡的思考を一旦脇に置き、床に散らばる物体や全体のイメージなどから複数の可能性を思索する、人並み以上に冷静で大人びた、ついでにいうと周囲の人間に対して関心の薄い、冷めた男だった。
だが、気心の知れた友人宅の玄関を開けるという特別感も緊張感もない、というより逆に友人宅の玄関で神経を尖らせるなどお前は一体何と戦っているんだ、というつまり普通に気を抜いている状態。
結果ノーガードでくらった衝撃的でセンセーショナルで刺激的というよりもはや殺意的でヅラを被った猫的な一撃。
その猫的でワタ的な生き物に『殺すぞ』的な想いを見せつけられたイケメンは、現在猛獣の世話で忙しいクールな友人と雑談をしようなどという実に夢見がちな、つい先程までは吞気に予定していたアレコレを一瞬で忘れ、また一瞬たりとも思い出さなかった。
そして男は――ただ友人宅の玄関扉を開けて閉める、という一生に一度くらいあるかないか、どちらかというとない派が人口の過半数を超える行いをしただけで――震える手で口を押さえたまま、鈍い頭を動かし、自宅方面へ向かう計画をたてた。
迎えの車を呼ぶことも忘れ、無意識のうちにふらふらと歩き出す。
斯様にそのイケメンは、二駅ほど離れた己の邸宅への道を進み続け――傅かれることに慣れている彼らしくもなく――ついには自身の足で、たどり着いてしまったのである。
「くそ……、頭から、あの猫と縦ロールが離れない……」
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