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入学前夜
17 よく覚えとけ。ロクドーだ
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朝の喧騒が一段落着いたのか、サラの働いている「流れの砂亭」は人がまばらであった。
その真ん中のテーブルにリィネとロクドーは座っていた。
「と、いうことがあったわけだが」
ロクドーはサラの持ってきた水で唇を湿らせる。
「大変…… もぐもぐ……やった、もぐもぐ、ね」
リィネはそこでゴクンと肉を飲み込んだ。
ロクドーには目もやらず次いでスープに手を伸ばす。
「お兄ちゃん、ホントに死にかけたのよ。君たちを守るためには命もいらないって。ねぇ、食べるのやめなさい。そして、お兄ちゃんの話をちったぁ聞けよ、ボンクラ娘」
「聞いちょるって。んで、また袖無くなったのも意気揚々と敵陣乗り込んで演説ぶったら恥かいたのも聞いたっちゃ。ご愁傷さまでした」
「ひどい、お兄ちゃん泣いちゃう」
そういいスープを取りやめ、再度肉を頬張らんとするリィネをしり目に、ロクドーは思わず両腕で自信を抱きかかえるようにした。
リィネは、あの後チョーカの言った「安全地帯」にて身を隠し、朝になってから街まで女性達を送り届けたそうだ。
ちなみに安全地帯付近で何人か――リィネがブチ切れていたとすれば、リィネの感触の十倍はいたとロクドーは予想している――をぶっ飛ばしたらしい。
マダムの精鋭たちが現れなかったことと無関係であることをロクドーは心底願った。
街について官憲に女性達を引き渡した際に、ロクドーのコートを着ていた女性から返してもらったそうだ。
おかげでロクドーは、アシンメトリー袖丈スタイルからいつものもっさりコートスタイルに戻っている。
「そういやぁ、お前寝てないのによく食欲あるな」
ロクドーはテーブルの上の食事を見まわす。肉、にく、ニクの29祭りだ。
ロクドーは馬車でわずかに居眠りして以降、現在まで一睡もできていない。
二徹目である。
イベントごとが多すぎたからだ。それについていたリィネもそのはずである。
「ウチ寝たし」
「いつだよ」
「安全地帯、だっけ? そこで」
「いやいや、お前敵の真っただ中だぞ!?」
リィネは、ポテトを器用に三本フォークに突きさすと、たっぷりとマヨネーズをつける。
「あの子たち、寝れんっていうから。代わりに眠いウチが寝たの」
「ってことは、お前、れい…… 乱暴されたり監禁されてた人たちを歩哨に立たせたの?」
「うん」
あっけらかんと肯定する。
それを見てこれ以上詮索すると胃が痛くなりそうだったロクドーは会話を変えた。
「ところで、金はあるのか?」
リィネは目を一瞬だけロクドーに向けた。
そして、また下を向く。
今度はポテトをケチャップで食べる気の様だ。
「うちら、リック倒したやん。それで食えるやろ」
ロクドーはその言葉に渋い顔をした。
「実は来る前にギルドに寄ったんだが……」
「おお! 仕事早い!!」
ロクドーは遠い目をする。
「お前殺したろ? 俺も殺した。賞金首は生け捕りが基本だそうだ」
「えぇぇぇえええ! 殺したらダメとか聞いてないし!」
リィネの不穏当な叫び声に店員がビクリと震え、二人を遠巻きに眺めている。
「ばば…… マダムからもらった金がある…… もう少しくらいなら食っていいぞ」
ロクドーが、肺にある空気をすべて吐きだすように長いため息をついたところで、店の入り口に人の気配がした。
そちらに視線だけ送る。
そこには赤い髪をした女性が立っていた。
「あ、あの時の……」
ロクドーの視線に気が付いたのか、女は少し頬にしわを寄せた。
が、しかし観念したのかロクドー達のテーブルに歩み寄ってきた。
「先日は失礼いたしました。えっと、ハクジョーさんでしたっけ?」
「違う違う。兄ちゃんの名前はドゲドーだよ」
「ロクドーだ。マリナ、だっけ? あと妹よ、よく覚えとけ。ロクドーだ」
それを聞いているのか、聞いていないのか。
両手にナイフとフォークを持っていたリィネは、それを箸に持ち替えながら脚で椅子を器用に引いてやった。
マリナは少しだけ躊躇したようにそれを見たが、思い直したのかそれに座る。
「今日は、あのバカ貴族はいないのか?」
「一応、私の主ですので接頭語については聞いてないことにさせていますが、あの方はおりませんよ」
マリナは、目線で店員を呼んだ。
マリナが注文すると、なぜかついでにとリィネも注文を続けた。
ロクドーが財布代わりの袋を心配そうにさする。
「あのバカと一緒に飯は食っちょらんの?」
「接尾語はつけてください。誰かに聞かれたらめんどくさいので」
そういって水を一口飲む。
「苦手なんですよ。あの方は朝からステーキ二枚にハンバーグ一個食べるんです。無駄な贅肉つける暇があるなら、知識の一つでも……」
そこまで言ってリィネをちらと見る。
ちょうど、ナイフで刻んだ鶏の照り焼きを箸で掴んでいた。
「えっと、鶏肉は脂肪分少ないですもんね」
「その右の空になった皿には豚肉が三枚乗ってたぞ。サイドに脂がたっぷりと付いたタイプの奴だ」
「なんかちゃ、ウチはいくら食っても太らんタイプやからいいんやし」
リィネは不満そうに口を膨らませた。そして、その口に肉を豪快に放り込む。
「ま、最近は何をしてるのか知りませんが、金を稼ぎ出したみたいですけどね。怪しい商売でもしてなきゃいいんですが……」
「不満があるなら出ればいいだろ。あんたの腕なら引く手あまたのはずだ」
ロクドーは立ち会った時のことを思い出していた。
勝ったとはいえそれはケンカの上での話。
きちんとした、それこそ立会人のいるような清廉潔白な試合の場ではどうなるかわからない。
「無理ですね。私はあの方の所有物ですから」
マリナはそういいながら注文したパスタをくるくるとフォークで巻き始めた。
ロクドーは右眉を動かしながら、一緒に来たラーメンの海苔を箸で沈める。
海苔が青に近い発色をしながらしわしわとなっていくのを見ながら、発した言葉を飲み込めないことを思い出していた。
その真ん中のテーブルにリィネとロクドーは座っていた。
「と、いうことがあったわけだが」
ロクドーはサラの持ってきた水で唇を湿らせる。
「大変…… もぐもぐ……やった、もぐもぐ、ね」
リィネはそこでゴクンと肉を飲み込んだ。
ロクドーには目もやらず次いでスープに手を伸ばす。
「お兄ちゃん、ホントに死にかけたのよ。君たちを守るためには命もいらないって。ねぇ、食べるのやめなさい。そして、お兄ちゃんの話をちったぁ聞けよ、ボンクラ娘」
「聞いちょるって。んで、また袖無くなったのも意気揚々と敵陣乗り込んで演説ぶったら恥かいたのも聞いたっちゃ。ご愁傷さまでした」
「ひどい、お兄ちゃん泣いちゃう」
そういいスープを取りやめ、再度肉を頬張らんとするリィネをしり目に、ロクドーは思わず両腕で自信を抱きかかえるようにした。
リィネは、あの後チョーカの言った「安全地帯」にて身を隠し、朝になってから街まで女性達を送り届けたそうだ。
ちなみに安全地帯付近で何人か――リィネがブチ切れていたとすれば、リィネの感触の十倍はいたとロクドーは予想している――をぶっ飛ばしたらしい。
マダムの精鋭たちが現れなかったことと無関係であることをロクドーは心底願った。
街について官憲に女性達を引き渡した際に、ロクドーのコートを着ていた女性から返してもらったそうだ。
おかげでロクドーは、アシンメトリー袖丈スタイルからいつものもっさりコートスタイルに戻っている。
「そういやぁ、お前寝てないのによく食欲あるな」
ロクドーはテーブルの上の食事を見まわす。肉、にく、ニクの29祭りだ。
ロクドーは馬車でわずかに居眠りして以降、現在まで一睡もできていない。
二徹目である。
イベントごとが多すぎたからだ。それについていたリィネもそのはずである。
「ウチ寝たし」
「いつだよ」
「安全地帯、だっけ? そこで」
「いやいや、お前敵の真っただ中だぞ!?」
リィネは、ポテトを器用に三本フォークに突きさすと、たっぷりとマヨネーズをつける。
「あの子たち、寝れんっていうから。代わりに眠いウチが寝たの」
「ってことは、お前、れい…… 乱暴されたり監禁されてた人たちを歩哨に立たせたの?」
「うん」
あっけらかんと肯定する。
それを見てこれ以上詮索すると胃が痛くなりそうだったロクドーは会話を変えた。
「ところで、金はあるのか?」
リィネは目を一瞬だけロクドーに向けた。
そして、また下を向く。
今度はポテトをケチャップで食べる気の様だ。
「うちら、リック倒したやん。それで食えるやろ」
ロクドーはその言葉に渋い顔をした。
「実は来る前にギルドに寄ったんだが……」
「おお! 仕事早い!!」
ロクドーは遠い目をする。
「お前殺したろ? 俺も殺した。賞金首は生け捕りが基本だそうだ」
「えぇぇぇえええ! 殺したらダメとか聞いてないし!」
リィネの不穏当な叫び声に店員がビクリと震え、二人を遠巻きに眺めている。
「ばば…… マダムからもらった金がある…… もう少しくらいなら食っていいぞ」
ロクドーが、肺にある空気をすべて吐きだすように長いため息をついたところで、店の入り口に人の気配がした。
そちらに視線だけ送る。
そこには赤い髪をした女性が立っていた。
「あ、あの時の……」
ロクドーの視線に気が付いたのか、女は少し頬にしわを寄せた。
が、しかし観念したのかロクドー達のテーブルに歩み寄ってきた。
「先日は失礼いたしました。えっと、ハクジョーさんでしたっけ?」
「違う違う。兄ちゃんの名前はドゲドーだよ」
「ロクドーだ。マリナ、だっけ? あと妹よ、よく覚えとけ。ロクドーだ」
それを聞いているのか、聞いていないのか。
両手にナイフとフォークを持っていたリィネは、それを箸に持ち替えながら脚で椅子を器用に引いてやった。
マリナは少しだけ躊躇したようにそれを見たが、思い直したのかそれに座る。
「今日は、あのバカ貴族はいないのか?」
「一応、私の主ですので接頭語については聞いてないことにさせていますが、あの方はおりませんよ」
マリナは、目線で店員を呼んだ。
マリナが注文すると、なぜかついでにとリィネも注文を続けた。
ロクドーが財布代わりの袋を心配そうにさする。
「あのバカと一緒に飯は食っちょらんの?」
「接尾語はつけてください。誰かに聞かれたらめんどくさいので」
そういって水を一口飲む。
「苦手なんですよ。あの方は朝からステーキ二枚にハンバーグ一個食べるんです。無駄な贅肉つける暇があるなら、知識の一つでも……」
そこまで言ってリィネをちらと見る。
ちょうど、ナイフで刻んだ鶏の照り焼きを箸で掴んでいた。
「えっと、鶏肉は脂肪分少ないですもんね」
「その右の空になった皿には豚肉が三枚乗ってたぞ。サイドに脂がたっぷりと付いたタイプの奴だ」
「なんかちゃ、ウチはいくら食っても太らんタイプやからいいんやし」
リィネは不満そうに口を膨らませた。そして、その口に肉を豪快に放り込む。
「ま、最近は何をしてるのか知りませんが、金を稼ぎ出したみたいですけどね。怪しい商売でもしてなきゃいいんですが……」
「不満があるなら出ればいいだろ。あんたの腕なら引く手あまたのはずだ」
ロクドーは立ち会った時のことを思い出していた。
勝ったとはいえそれはケンカの上での話。
きちんとした、それこそ立会人のいるような清廉潔白な試合の場ではどうなるかわからない。
「無理ですね。私はあの方の所有物ですから」
マリナはそういいながら注文したパスタをくるくるとフォークで巻き始めた。
ロクドーは右眉を動かしながら、一緒に来たラーメンの海苔を箸で沈める。
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