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第二章 『殺人鬼の襲来』
第二章1 『再会』
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森から抜けた山道では、大学生たちを追って来た西村と了が立ち止まり、視線を巡らせている。日が落ちた森。街とは違い明かりのない森は一層暗さを増して、見渡すのもさえも困難になってきた。
遅れて佐々木がやってくると、肩で息をした。
「……いたか?」
西村は一目瞭然の状況に、何も答えずに中指で、サングラスを掛け直す。
「いやぁ、だめっすね。見失ったみたいっす」了が代わりに答えた。
「みたいっす……じゃねぇんだよ。あいつら、口止め……しなきゃ、まずいだろ。おまえ、立場……分かってんの、かよ……」
普段から運動などはまったくしない上に、明らかにたばこを吸い過ぎている影響で、息を切らして喋る佐々木の様子が堪らなくおかしく、了は腹を抱えて笑いそうになったが、笑いを堪えて、いつもの調子で淡々と答える。
「まぁ、そうっすよねえ」
なんだ、その言い方はよ! と佐々木は言いたいのはやまやまだが、息が苦しく、声にならない。苦言を言う代わりに了を睨みつけた。この表情、まだ諦めねえ気かよ。ったく、仕方ねぇな。ここは探す努力を一応見せておくか。と了は周りを見渡す。すぐに視線は止り、指を差した。
「あ、多分、向こうっすね」
「あ? なんで分かんだ。行先はこっちです、とでも書いてあったのかよ」佐々木は眉根を寄せる。
「ええ、まぁ」
了が示す先には、「キャンプ場」と書かれた看板が見える。自分が言ったままのものがそこにあり、口を噤んだ佐々木を見て、了はまた笑いを堪え、体を揺らした。
落ち着きを少し取り戻したみさえをソファに座らせて、大学生たちが囲んでいる。受け入れがたい仲間の死。しかし、状況を把握しないで放っておくわけにもいかない。
「それで、叫び声が聞こえて、キッチンから戻って来たら、先輩が死んでいた、というのか」大の質問に、みさえはこくりとうなずく。
共子が和真の死体を見て、「死んでいたというより、この状況は明らかに、殺されていた、だよね」と言う。
「どうして、どうして和真先輩が殺されなきゃならないの」と早希が訴えるも、誰も答えることはできない。
殺人? こんな山奥でいったい誰が……。と早希は考え込むと一つの答えに到達する。
「もし、もしだよ。仮に先輩が殺されたとすると、その犯人がまだこの辺りにいる、ってことになる、よね……」と早希は皆へ問いかけた。
「そうかもしれない。だけど、この殺し方。これは人の仕業なのか。動物、例えば熊とかの可能性はないか」と大は私見を述べる。
「確かに熊がいる可能性はあるけれど。殺した後、持ち帰りもせず、食べもせずに、去っていくのは、多分、考えられない」共子が否定した。
「みさえ、よく思い出してくれ、誰か怪しい奴とか見なかったのか」隣に座る晴斗が訊く。
みさえは俯き、「先輩の叫び声が聞こえて、冗談だと思って。でもリビングに戻ったときには誰も――」と言いかけた時だった。
「てめぇら! 逃げ切れるって思ってんじゃねぞ!」佐々木が威勢よく啖呵を切り、扉から入って来た。
だが、佐々木は血が散漫する床、惨たらしい死体を目にすると、それ以上、何も言えなくなった。
次にログハウスへとやって来た了も、異様な状況を見て、「どうなってんすかね、こりゃあ」と西村に背を向けたまま訊ねた。
茫然とするヤクザたちが事態を把握しきる前に、それは起こった。獣とも人間とも区別がつかない、不気味な雄叫びがログハウスの外から聞こえてくる。
「何、この音」早希が左右を見回す。
雄叫びを聞いたみさえは目を見張り、両手で自分を抱きしめるように手を腕にやる。爪が食い込み、血が出そうなくらいの力を込め怯え始めた。
「この音、さっきも聞こえた。先輩の冗談だと思った。けど違う。これ、先輩を殺した奴よ。今度はあたしを狙ってるんだ!」と言い、みさえは立ち上がった。晴斗も立ち上がり、みさえを落ち着かせようと肩に手を置いた。
「大丈夫だって、そんなわけねぇし。皆いるんだ、心配すんなよ。それに誰が来たって、俺が守るからさ」。
雄叫びは徐々にログハウスへと近づいてくるように聞こえた。雄叫びは、聞く者によっては、怒りとも、悲しみとも、捉えることができる音をしていた。みさえは肩の痣を見つめ、震えあがる。
「この痣、先輩にも同じものがあった。あたし見たもん。きっと、お爺さんに呪われちゃったんだ。次はわたしの番。絶対、そうよ! もう、嫌!」
なんなんだこいつらは。こっちはヤクザだぞ。人を殺してんだぞ。なんで、いないように事が進んでやがんだ。ヤクザの組長の息子として育った佐々木は、幼少の頃から、いかなるときも自身のコントロールが効かない状況を嫌った。
「てめぇら、なに勝手に騒いでんだ。俺を無視すんじゃねぇぞ!」
「知るかよ。そもそも誰だよ、おまえら!」晴斗が佐々木に苛立ちをぶつけた。
ヤクザたちが死体を埋めていたことを目撃していた大は、晴斗に説明する。
「いや、だから。追いかけてきた奴らって言うのが、こいつらのことで」
「なんだと、てめぇ。こいつらだぁ? こいつらって、俺たちのこと言ってんのか、 あ?」了が大の言葉遣いに過敏に反応した。
「いや、そういう意味で言ったんじゃ」大が困惑した表情で言う。
「じゃあ、どういう意味だよ」了が凄んでみせた。
「今はそんなこと、どうのこうの言ってる場合じゃないでしょ!」二人に割って入った早希に苛立ちを募らせ、佐々木は現場をなんとか仕切ろうとする。
「どうのこうの言ってる場合だろうが、なかろうが、分かってんのか、俺は――」
ズドンと重量感ある銃声が轟くと、部屋が静まり返った。西村は天上に向けている銃を懐に仕舞うと、「誰でもいい。何がどうなっているのか、説明しろ」とドスが利いた声で言う。
沈黙の中、三度、不気味な雄叫びが聞こえてくる。体に纏わりつくような嫌な音。
「やだ。こんなとこで死ぬなんて、絶対に嫌!」
みさえは晴斗を振り払い、飛び出すと、扉に向かって走っていく。
「待てよ、みさえ!」晴斗は、すぐに後を追った。みさえはヤクザたちを無視して、扉から出て行く。晴斗の足が扉に差しかかったところで、行く手を阻むように扉が独りでに閉まった。直後、扉の向こう側からは、みさえの絶叫が聞こえてくる。
「みさえ!」取り乱した晴斗は、扉を開けようとするが、びくともしない。
「なんだよ、これ! なんで開かねぇんだよ!」
晴斗は開かない扉を激しく叩く。遅れてやってきた大が手を貸そうとすると、ガチャリと音を立て、扉が開いていく。開いていくとともに、みさえの体がゆっくりと部屋の内側に倒れてくる。晴斗は条件反射的にみさえの頭を抱えた。なぜか異常に軽く感じる。理由は時を待たずに分かった。みさえの頭から下の胴体は斬り離され、胴体が晴斗をすり抜けていったからだった。頭を失った体が床に叩きつけられると、首からは溢れるように血が飛び散った。
晴斗をはじめ、大学生たち、そしてヤクザたちまでもが、信じがたい光景をただ静観することしかできなかった。
「う……、う……」晴斗は唸った。
切り離された頭から流れ出る血の生暖かさを手に感じる。紛れもなく血だった。さっきまで抱きしめていた、生きていた、みさえの血だ。まだ温かみのある顔は、いつ目が開いても不思議ではないほど生気があった。みさえ……、みさえ……。晴斗は心の中で繰り返し名前を呟く。何度呼んでも、みさえからの返事は聞こえてこない。死を実感した晴斗はみさえの頭を抱き抱え、泣き崩れた。
「嘘だろ、なんでだよ! みさえ! みさえッ!」
早希は父親が刑事だからといって、自身も正義感が強いなどと思われたくはなかった。嫌でも周りからそう見られてしまう反動から、幼少のころは父親を毛嫌いし、距離を置いていた時期もある。父親の見方に変化が訪れたのは、中学になったころだった。父が子供を救った事件を目の当たりにして以来、考えは尊敬へと変わっていく。気がつけば、自然と人を助けたいと思う正義感が身についていた。
怖さよりも、犯人が許せない気持ちが膨れてくる。早希は考える前に、ログハウスの外へと飛び出ていた。日は落ちたが、まだ森の輪郭は見える。早希は周りを、目を凝らして見た。しかし、人の気配はどこにもない。それどころか、不気味な雄叫びも、いつの間にか聞こえなくなっていた。
早希は握った手を胸にあて、「何が起こっているの……」と絶え入るような声で言った。
遅れて佐々木がやってくると、肩で息をした。
「……いたか?」
西村は一目瞭然の状況に、何も答えずに中指で、サングラスを掛け直す。
「いやぁ、だめっすね。見失ったみたいっす」了が代わりに答えた。
「みたいっす……じゃねぇんだよ。あいつら、口止め……しなきゃ、まずいだろ。おまえ、立場……分かってんの、かよ……」
普段から運動などはまったくしない上に、明らかにたばこを吸い過ぎている影響で、息を切らして喋る佐々木の様子が堪らなくおかしく、了は腹を抱えて笑いそうになったが、笑いを堪えて、いつもの調子で淡々と答える。
「まぁ、そうっすよねえ」
なんだ、その言い方はよ! と佐々木は言いたいのはやまやまだが、息が苦しく、声にならない。苦言を言う代わりに了を睨みつけた。この表情、まだ諦めねえ気かよ。ったく、仕方ねぇな。ここは探す努力を一応見せておくか。と了は周りを見渡す。すぐに視線は止り、指を差した。
「あ、多分、向こうっすね」
「あ? なんで分かんだ。行先はこっちです、とでも書いてあったのかよ」佐々木は眉根を寄せる。
「ええ、まぁ」
了が示す先には、「キャンプ場」と書かれた看板が見える。自分が言ったままのものがそこにあり、口を噤んだ佐々木を見て、了はまた笑いを堪え、体を揺らした。
落ち着きを少し取り戻したみさえをソファに座らせて、大学生たちが囲んでいる。受け入れがたい仲間の死。しかし、状況を把握しないで放っておくわけにもいかない。
「それで、叫び声が聞こえて、キッチンから戻って来たら、先輩が死んでいた、というのか」大の質問に、みさえはこくりとうなずく。
共子が和真の死体を見て、「死んでいたというより、この状況は明らかに、殺されていた、だよね」と言う。
「どうして、どうして和真先輩が殺されなきゃならないの」と早希が訴えるも、誰も答えることはできない。
殺人? こんな山奥でいったい誰が……。と早希は考え込むと一つの答えに到達する。
「もし、もしだよ。仮に先輩が殺されたとすると、その犯人がまだこの辺りにいる、ってことになる、よね……」と早希は皆へ問いかけた。
「そうかもしれない。だけど、この殺し方。これは人の仕業なのか。動物、例えば熊とかの可能性はないか」と大は私見を述べる。
「確かに熊がいる可能性はあるけれど。殺した後、持ち帰りもせず、食べもせずに、去っていくのは、多分、考えられない」共子が否定した。
「みさえ、よく思い出してくれ、誰か怪しい奴とか見なかったのか」隣に座る晴斗が訊く。
みさえは俯き、「先輩の叫び声が聞こえて、冗談だと思って。でもリビングに戻ったときには誰も――」と言いかけた時だった。
「てめぇら! 逃げ切れるって思ってんじゃねぞ!」佐々木が威勢よく啖呵を切り、扉から入って来た。
だが、佐々木は血が散漫する床、惨たらしい死体を目にすると、それ以上、何も言えなくなった。
次にログハウスへとやって来た了も、異様な状況を見て、「どうなってんすかね、こりゃあ」と西村に背を向けたまま訊ねた。
茫然とするヤクザたちが事態を把握しきる前に、それは起こった。獣とも人間とも区別がつかない、不気味な雄叫びがログハウスの外から聞こえてくる。
「何、この音」早希が左右を見回す。
雄叫びを聞いたみさえは目を見張り、両手で自分を抱きしめるように手を腕にやる。爪が食い込み、血が出そうなくらいの力を込め怯え始めた。
「この音、さっきも聞こえた。先輩の冗談だと思った。けど違う。これ、先輩を殺した奴よ。今度はあたしを狙ってるんだ!」と言い、みさえは立ち上がった。晴斗も立ち上がり、みさえを落ち着かせようと肩に手を置いた。
「大丈夫だって、そんなわけねぇし。皆いるんだ、心配すんなよ。それに誰が来たって、俺が守るからさ」。
雄叫びは徐々にログハウスへと近づいてくるように聞こえた。雄叫びは、聞く者によっては、怒りとも、悲しみとも、捉えることができる音をしていた。みさえは肩の痣を見つめ、震えあがる。
「この痣、先輩にも同じものがあった。あたし見たもん。きっと、お爺さんに呪われちゃったんだ。次はわたしの番。絶対、そうよ! もう、嫌!」
なんなんだこいつらは。こっちはヤクザだぞ。人を殺してんだぞ。なんで、いないように事が進んでやがんだ。ヤクザの組長の息子として育った佐々木は、幼少の頃から、いかなるときも自身のコントロールが効かない状況を嫌った。
「てめぇら、なに勝手に騒いでんだ。俺を無視すんじゃねぇぞ!」
「知るかよ。そもそも誰だよ、おまえら!」晴斗が佐々木に苛立ちをぶつけた。
ヤクザたちが死体を埋めていたことを目撃していた大は、晴斗に説明する。
「いや、だから。追いかけてきた奴らって言うのが、こいつらのことで」
「なんだと、てめぇ。こいつらだぁ? こいつらって、俺たちのこと言ってんのか、 あ?」了が大の言葉遣いに過敏に反応した。
「いや、そういう意味で言ったんじゃ」大が困惑した表情で言う。
「じゃあ、どういう意味だよ」了が凄んでみせた。
「今はそんなこと、どうのこうの言ってる場合じゃないでしょ!」二人に割って入った早希に苛立ちを募らせ、佐々木は現場をなんとか仕切ろうとする。
「どうのこうの言ってる場合だろうが、なかろうが、分かってんのか、俺は――」
ズドンと重量感ある銃声が轟くと、部屋が静まり返った。西村は天上に向けている銃を懐に仕舞うと、「誰でもいい。何がどうなっているのか、説明しろ」とドスが利いた声で言う。
沈黙の中、三度、不気味な雄叫びが聞こえてくる。体に纏わりつくような嫌な音。
「やだ。こんなとこで死ぬなんて、絶対に嫌!」
みさえは晴斗を振り払い、飛び出すと、扉に向かって走っていく。
「待てよ、みさえ!」晴斗は、すぐに後を追った。みさえはヤクザたちを無視して、扉から出て行く。晴斗の足が扉に差しかかったところで、行く手を阻むように扉が独りでに閉まった。直後、扉の向こう側からは、みさえの絶叫が聞こえてくる。
「みさえ!」取り乱した晴斗は、扉を開けようとするが、びくともしない。
「なんだよ、これ! なんで開かねぇんだよ!」
晴斗は開かない扉を激しく叩く。遅れてやってきた大が手を貸そうとすると、ガチャリと音を立て、扉が開いていく。開いていくとともに、みさえの体がゆっくりと部屋の内側に倒れてくる。晴斗は条件反射的にみさえの頭を抱えた。なぜか異常に軽く感じる。理由は時を待たずに分かった。みさえの頭から下の胴体は斬り離され、胴体が晴斗をすり抜けていったからだった。頭を失った体が床に叩きつけられると、首からは溢れるように血が飛び散った。
晴斗をはじめ、大学生たち、そしてヤクザたちまでもが、信じがたい光景をただ静観することしかできなかった。
「う……、う……」晴斗は唸った。
切り離された頭から流れ出る血の生暖かさを手に感じる。紛れもなく血だった。さっきまで抱きしめていた、生きていた、みさえの血だ。まだ温かみのある顔は、いつ目が開いても不思議ではないほど生気があった。みさえ……、みさえ……。晴斗は心の中で繰り返し名前を呟く。何度呼んでも、みさえからの返事は聞こえてこない。死を実感した晴斗はみさえの頭を抱き抱え、泣き崩れた。
「嘘だろ、なんでだよ! みさえ! みさえッ!」
早希は父親が刑事だからといって、自身も正義感が強いなどと思われたくはなかった。嫌でも周りからそう見られてしまう反動から、幼少のころは父親を毛嫌いし、距離を置いていた時期もある。父親の見方に変化が訪れたのは、中学になったころだった。父が子供を救った事件を目の当たりにして以来、考えは尊敬へと変わっていく。気がつけば、自然と人を助けたいと思う正義感が身についていた。
怖さよりも、犯人が許せない気持ちが膨れてくる。早希は考える前に、ログハウスの外へと飛び出ていた。日は落ちたが、まだ森の輪郭は見える。早希は周りを、目を凝らして見た。しかし、人の気配はどこにもない。それどころか、不気味な雄叫びも、いつの間にか聞こえなくなっていた。
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