悪魔の家

光子

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「くっ…」
 あかりは、2階の窓から身を乗り出し、必死で木を掴もうと、手を泳がす。
 上手くいかなければ、地面に落ちる。
 (ここにいても……死ぬだけ……)
「っ!!!」
 もう少しで木の枝を掴める所で、体のバランスが崩れた。
 (落ちる!!!)
 無意識的に、あかりは自身のお腹を守るように腕を丸めたーーー
「おっと」
 ーーー所で、グイッと、背後から引き寄せられ、体が室内に戻された。
 体に触れる体温に、耳元から聞こえた声に、鳥肌が立つ。
「っ!嫌!!!!」
 ばっと、あかりは手で振り払った。
 ガタガタと震える体。
「ーー危なかったですね」
 目の前にいる、笑顔を浮かべる照史ーーー殺人鬼の姿。
 照史がここに来た。
 その意味を、あかりは涙をポロポロ流しながら、尋ねた。
「刑事…さん…は…?」
「死にました」
 即座に、照史は答えた。
「う…ゔ…」
 分かっていた答えだったが、事実を突きつけられ、心臓が痛む。
 そんな悲しみに暮れるあかりを見ながら、照史は言った。
「あかりさんと刑事さんは前からお知り合いだったんですね」
 手には、血に濡れたメスが握られていた。
「確かに。あかりさんは他の人の事は苗字で呼んでいたのに、敬二さんだけは、名前で呼んでいましたね。これは、敬二けいじでは無く、刑事けいじと最初から呼んでたんですね」
 照史は納得したように、手をポンッと叩いた。
「……」
 これだけ、人が死んだのに、普段と変わらない様子の照史に、あかりは、恐怖した。
「人じゃ…無い…」
 小さく、ポツリと呟く。
「貴方はーーー《悪魔》よーー!!」
 キッと、あかりは照史を睨んだ。
「悪魔…」
 言われた言葉を復唱する。
「んー」
 考える素振りをした後、照史は微笑んだ。
「そうですね。そうかもしれないですね。僕はとっくに壊れている」
 そう言い、照史はメスをあかりに向けた。
「でも貴女も同じでしょう?」
「え…」
「父親に汚された可哀想な人」
「ーーー」
 時間を稼ぐ為に、敬二が話したのだと理解する。
「貴女も既に壊れてる。違いますか?貴女がこの森に来たのは、死ぬ為でしょう?」
 違わない。
 私は、死ぬ為に、此処に来た。
「なら、僕に殺されてもいいでしょう?どうして、生きようとするんですか?」
「ーーー」
 言葉が出なかった。
 自分でも、ずっと不思議で、分からなかったから。
「……」
 照史は、1歩1歩、あかりの方に近寄った。
 (私…死ぬの?)
 悪魔が命を狙いに歩いてくるのに、あかりは逃げ出せなかった。
 ずっとーー死にたかった。
 (死にたくない)
 あんな男の子供なんて要らない!
 (殺せない…!)
 私は、この子を愛せない!!!


 でも、私は、無意識に、この子を守ってしまっている。


 あかりを押し倒すと、敬二はメスを彼女の首筋に押し付けた。
 抵抗が無い。
「……」
 照史は、血が滲む程度で薄く、首筋を切った。
「ーー嫌!死にたく無いっっ!」
「!」
 黙り込んでいた彼女から出た、生を懇願する言葉に、照史はメスの動きを止めた。
 見下ろす彼女の表情は、苦悩が滲んでいて、照史は、敬二の最後の言葉が頭をよぎった。


『ーーだからこそ俺は、あかりちゃんを、あかりちゃんのお腹の子を、守りたかった…!』
 あかりは照史の母親と同じだと敬二は言った。
 それは、父親に犯され、お腹の中に子供がいるのだと容易に想像出来た。
『彼女と、彼女のお腹の中の子供は……君のお母さんと、君なんだ……』
『……』
 敬二は、昔救えなかった母と自分を、あかり達に重ねて見ている。
『でも、彼女は死ぬ為にここに来たんでしょう?』
 あかりは1人、目的を明言しなかった。
『あかりちゃんは…子供を…殺さないよ…』
 本人でも無いのに、断定した言い方をする敬二に、照史は首を傾げた。
『……何度も……あかりちゃんは、無意識にお腹を守ってた……彼女は悩んでる……それは、当然の事なんだ…!義理の父親に…ずっと、虐待されていたんだ…』
『……』
 自身も、母親に虐待をされていた。
 今は忘れてしまったけれど、とても、辛かったように感じていた気がする。
『君のお母さんも…きっと1人で苦しんでいた…助けがいたんだ……なのに……俺は、助けてあげれなかった……』
 引き離してあげるべきだった。
 寄り添うべきだった。
 どれも、出来なかった。
『だからーーー今度こそーーー助けて……あげ……』
 そこで、敬二の命は事切れた。
『……』
 もし、バスの事故が無ければ、敬二は最後まであかりに寄り添い、命を落とさないように説得し、彼女がどんな決断をしたとしても、守ったかもしれない。
 (これは理想論)
 現実では、結局、父親の手から彼女を救い出せなかったかもしれない。
 それでも、最後の最後まで、あかりや、お腹の子の事を気にかけて、亡くなった。
『……刑事さんが最後まで、僕達の傍にいてくれたらーー何か、変わっていたのかな』
 照史はポツリと、事切れた亡骸に向かい、結果の分からない事を、呟いた。




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