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36話 死んでもお断りです

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「う、嘘だろ? お前が、ルイの王太子妃に? そんな!」

 アシュレイ殿下のような無能なお方でも、私という存在で王太子になれたのだから、ルイ殿下のような有能な方が私を王太子妃に迎え入れたら、もう勝ち目がないことはお分かりでしょう。諦めて心を入れ替えて真面目にルイ殿下を支えていくか、端っこで一人寂しく孤独に余生を過ごして欲しい。

「俺様が好きなクセに、どうしてルイなんかの王太子妃になる!? 王太子妃になりたいなら、俺と再婚して王太子妃になったらいーだろ!」

 だからお前のことなんてこれぽっちも好きじゃねーんだよ!過去お前と結婚したのは政略結婚! 愛なんて無かったんだよ!

「……いまいちよく分からないのですが、どうして私が貴方なんかを好きだと思ってるんですか? 私、一度もアシュレイ殿下を好きだなんて言った覚えがないのですが」

 そんな勘違いをさせるような振る舞いをした覚えも無い。

「母様が言ったんだ! 俺様みたいな格好いい最高な男を好きにならない女はいない! だから、リンカも絶対に俺様が好きだとな!」

 レイリン王妃が余計な世迷い事を言った所為で、貴方の息子がとんでもない勘違い男に成長されていますよ。

「ではハッキリ申し上げますが、私はアシュレイ殿下をお慕いしていません」

「何だと!?」

「どちらかといえば、出来れば二度と顔を見たくない程度には嫌いな分類に入ります」

「めっちゃ嫌いじゃねーか!」

「はい。ですので、何故そんな勘違いをされているのか不思議で仕方ありません。正直不愉快ですので、認識を早く改めて頂きたいです」

 嫌いな相手に俺の事好きだろ? 仕方ないから結婚してやる! なんて、鳥肌ものですよ。まだ以前のように暴言吐かれているほうが心情的にはマシです。

「そ、そんな……俺様の勘違いだと?」

「もうよろしいですか? 私、今からルイ殿下とお出掛けなんです」

 忙しい時間の間を作っては、ルイ殿下は私との時間を取ろうとしてくれる。体を休めて欲しいとも話したけど、気分転換に遊びに出掛けるのも大切な休息だよ? と言われ、渋々納得した。

「ま、待て! ルイなんかよりも、俺様の方が良い男に決まってる! ルイと結婚したら後悔するぞ!」

 どの口が言うか。
 アシュレイ殿下と結婚していた頃、一度だって一緒にお出掛けなんてしたことない。政略結婚に愛が無いことはよくあることだが、貴方は私と円滑な結婚生活を送る努力を一切しなかった。外に女を作り、遊び惚けた。

「貴方の王太子妃でいた時、私は一度も幸せだと思ったことがありませんでした。でも、ルイ殿下の王太子妃になれるだけで、心から幸せだと、嬉しいと思いました」

 この感情が好きというものなら、私はきっと――ずっと昔からルイ殿下が好きだったのでしょう。

「アシュレイ殿下とは政略結婚で仕方なく結婚しましたが、ルイ殿下は違います。私はルイ殿下が好きなんです。ですから、どうぞ私の事は諦めて下さい」

 一目見た時から、私はルイ殿下に強烈に惹かれた。この人こそ次期国王陛下に相応しいと、この人の傍にいて、一生尽くそうと思った。理屈では無く、そう心で感じたの。宰相としてもっと身近にいるようになって、余計にそう思うようになり、そんな彼が、私を王太子妃に選んでくれた。私を好きだと言ってくれた。
 ルイ殿下と結婚して後悔なんてするはずが無い。貴方と再婚した方が、私は後悔する。

「馬鹿な……俺様のような優秀で格好良くて強い誰よりも輝いている男よりも、ルイを選ぶなんて!」

 どんだけ自分に自信があるのよ! 自己肯定感の塊だな本当に!

「お前みたいな可愛げのない女が俺様を振るなんて絶対許さねぇ! 母様に言って、すぐにでもお前とルイの婚約を無かったことにしてやるからな!」

「はぁ、出来るものならどうぞ」

 捨て台詞みたいなものを吐いて、その場を文句を言いながら立ち去るアシュレイ殿下。
 余計な時間を食ってしまいました。てか、アシュレイ殿下は私とルイ殿下の婚約をまだ知らなかったんですね。私達の婚約は会議で可決されたんだから、貴方は知っていてもおかしくなかったでしょう? また誰にも教えてもらえなかったんですか?
 会議に出席していれば、直接耳にすることも出来たのに、会議には相変わらず一切出席されませんもんね。それでよく王太子になりたいとか言えるな。心を入れ替えてルイ殿下を支えるなんて不可能なのは分かりましたから、もう王太子になるのは諦めて、大人しく部屋でクイナ嬢と仲良く遊んでいればいいのに。
 そう言えば、クイナ嬢はもう臨月でしたね。出産したら追い出される彼女と過ごす時間はあとわずかですが、子供が産まれれば、まだ自分が王太子妃に戻れると夢見ている能天気な浮気女とどうぞ仲良くお過ごし下さい。

「お待たせしてしまい申し訳ありません、ルイ殿下」

 待ち合わせ場所には、もう既にルイ殿下の姿があった。ルイ殿下をお待たせしてしまうなんて……あの馬鹿王子の所為だわ。

「大丈夫だよ、全然待っていないから。何かあったの?」

「羽虫を追い払っていました」

「虫?」

「はい。視界にまとわりつく不愉快な虫でしたが、少しお相手をしてあげたらすぐに逃げ出しました」

「そうなんだ、それなら良かったね」

 ルイ殿下は本当の虫だと思っているみたいですが、似たり寄ったりなので訂正しなくても良しとしましょう。

「じゃあ行こうか」

「……はい、ルイ殿下」

 差し出された手を握り返すと、ルイ殿下は嬉しそうに微笑んだ。
 自分で言うのもなんですが、私は恋愛感情に疎い方なのだと思います。この感情が好きだと認識したのも、ついさっきですし。実は今もよく分かっていませんし。でも、ルイ殿下と手を繋ぎ、私だけに微笑んでくれる笑顔に、胸が熱くなって、鼓動が乱れて、何故だか嬉しいと、幸せだと感じる。
 きっと――これが誰かを好きになるってことなんだと思う。

「ルイ殿下、私はきっと、一目見た時から、ルイ殿下に恋に落ちたんだと思います」

「ケホッ! い、いきなり何言って!」

「自分の気持ちを正しく認識出来たので、お伝えしておこうと思いました」

 私の言葉に、顔を真っ赤に染める貴方を見て、可愛いなんて思ってしまう、幸せだと感じる。
 私がずっと、一生、ルイ殿下の一番近くで、彼を支えていく。一番近くにいる資格を得た、私の特権。だから――――この幸せを、誰にも邪魔させない。
 邪魔をするなら、許さない。誰が相手でも容赦しない――ルイ殿下が許してくれる範囲で、滅茶苦茶にして差しあげます。

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