私と離婚して、貴方が王太子のままでいれるとでも?

光子

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1話 寝言は寝て言え

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「お前なんかと結婚したことが俺様の人生の最大の汚点だ!」

 ――それはこちらの台詞ですけど?

 私に向かって高々に失礼なことを言い放つこの男は、この国、グレゴリー国の第一王子であり、現王太子であるアシュレイ殿下。
 アシュレイ殿下の母君……第一王妃様に頼み込まれ、この男と結婚して丁度一年目の結婚記念日。まさかこんな仕打ちを受けるとは思っていませんでした。

「クイナが俺様の子を妊娠したんだ。しかも、男の子だ!グレゴリー王家の跡継ぎを宿したんだ!これでお前は用なしだ!」

 夫の隣には、見知らぬ若い女の姿。
 若い女の肩に手を回しながら、まるで自分こそが正義だと言い張るように胸高々に告げる夫の姿に吐き気がする。
 確かに、王家に嫁いだ女性は跡継ぎの男児を産むことを強く求められ、重要視される。
 王太子の立場からしても、跡継ぎが出来ることは喜ばしいことでしょうけど……貴方は私と結婚しているのよ?腐っても、この国の王太子なのよ?そんな立場のある人が、外で女を作り、子供を孕ませるなんて、それが認められると思います?王家の特大スキャンダルになると分からないんですか?誰がそのスキャンダルの火消しをすると思ってるの?今まで、私が何度!お前が起こした問題の火消しをしてきたか――!

「俺はお前と離婚し、クイナと結婚する!異論は認めんぞ!」

「ごめんなさい王太子妃様……!私……アシュレイ殿下がリンカ様と結婚していると分かっていながら……それでも、愛してしまったんです!」

 ……言葉では謝罪してるけど、顔は嬉しそうね。その女の、勝ち誇ったような顔もムカつくわ。
 どこかの貴族のご令嬢……顔を見た事が無いから、地方出身者かしら?王太子殿下の心を掴んで自分が選ばれたものだから、ご満悦なんでしょうね。

「分かりました、子供が出来たなら仕方が無いですね。離婚に応じましょう」

「ふん、最後まで可愛げのない女だな!俺に惨めに捨てられて、途方に暮れるしかないクセに!」

 何言ってるんだこいつは……何で私、こんな男との結婚を了承しちゃったのか……人生間違えたかな。
 幸い、初めから私との結婚を納得していなかったアシュレイ殿下は、結婚後、少しも私に触れることはなく、純血は守られた。
 私との結婚を納得していないアシュレイ殿下は、王家主催の舞踏会の時でも、私を差し置いて、別の女性とファーストダンスを踊るなんて奇行をやってのけた。
 知ってます?この国では、ファーストダンスは婚約者や配偶者など、特別な相手と踊るんです。そんな常識を守らない馬鹿王子の為に、『体調が優れないので踊れないんです』なんて、私がわざわざ嘘をついていた。くだらないこの男の体裁を守るためにわざわざ!

「さっさと王城から消え失せろ!」

 ――舐めてんの?誰のおかげで王太子になれたか分かっていないのね。

「何で私がアシュレイ殿下の命令で消え失せなきゃならないんですか?消え失せるわけないでしょう。馬鹿なんですか?」

「何だと!?貴様、グレゴリー国第一王子である俺様に向かってなんて口の利き方だ!不敬罪で牢にぶち込んでやる!」

 馬鹿王子……間違えた、アシュレイ殿下が必死の形相で王城の騎士達を呼び込む。王城の騎士達だって暇じゃないんだから、仕事の邪魔しないであげてよね。

「この女は王太子であるこの俺様を馬鹿にした!さっさと牢に連れて行け!」

 大きな声で騎士達に命令するが、誰も王太子の指示に従おうとはしなかった。ただ困惑の表情で、私とアシュレイ殿下の顔を見比べるだけ。

「おい、どうした!聞こえないのか、このノロマども!全員、父様に言いつけてクビにしてやるぞ!」

「王城の優秀な騎士達を勝手にクビにしないで下さい」

「こいつ等は王城の騎士だ!なら、将来国王になる俺のもんになるんだから、俺様がどう扱おうが俺様の勝手だろうが!」

 ……呆れた。貴方みたいな愚かで馬鹿な王子が国王になったら、貴方の代でこの国は滅びるわ。

「貴方が国王陛下になんかなれるワケないでしょう。私が断固拒否します」

「お前が拒否したところで何になる!?大体、お前も王妃の座目当てに俺と結婚したんだろうが!?結婚の時に母様が言ってたもんな?王妃になるべく俺の結婚相手に選ばれましたって!それはつまり、俺と結婚するから、王妃になれるってことだろーが!」

「……寝言は寝て言え?」

「ああ!?」

「これは失礼。失言でしたね」

 あまりにも馬鹿過ぎて、つい本音がこぼれてしまう。
 アシュレイ殿下は、私との結婚について、全く話を聞いておられなかったんですね。それとも、理解するだけのおつむも無いのかしら。

「アシュレイ殿下、貴方が王になるなら、私は王城から出て行きます」

「だから、さっさと出て行けと言ってるだろうが!目障りなんだよ!」

 あらあら……アシュレイ殿下のお馬鹿な発言に、騎士の皆さんが困惑されているのが分かりませんか?騎士の皆さんですら、私の立場を理解しているのに、王太子である貴方は全く理解していない。無能な馬鹿で愚かな救いようの無い王子様。折角、王太子殿下になられたのに、これではもう――王太子の座は剥奪されるしかありませんね。

 折角この私が、あんたみたいな馬鹿な男と結婚してあげたのに。


「出来るものならしてみれば?アシュレイ殿下に、そんな力がおありならですが」

「な――んだと!?」


「リンカ様、陛下がお呼びです」

「はっはっ!ほら見ろ!きっと父様がお前を城から追放するために呼び出したんだ!残念だったな!」

 騎士の一人が出した言葉に反応して、馬鹿みたいに高笑いしちゃって、気持ち悪い。もう喋らない方がいいですよ、見当違いの発言に馬鹿なのが露呈しまくってますから。

「今行きます」

「はっ、さっさと失せろ!二度と俺様とクイナの前に現れるな!未練タラタラで俺様に付きまとうんじゃねーぞ!」

「……寝言は寝て言え?」

「ああ!?お前、また馬鹿にしたな!」

 おっと、また馬鹿の相手をしちゃったわ。こんな馬鹿な男、相手にするだけ時間の無駄だって分かってるのに、つい反応しちゃう。私もまだまだ未熟ね、気をつけなくちゃ。

 私達夫婦の寝室を出ると、中から早速、二人がいちゃつく声が聞こえてきた。お盛んなことで。
 王太子として公務も勉強も何もせずに、一体何をしているのやら……それで国王陛下になれると本気で思っているのだから、馬鹿も休み休みお願いしたい。

「陛下は?」

「会議室にいらっしゃいます。リンカ様のご到着を首を長くしてお待ちです」

「そう、少し時間に遅れてしまっているものね」

 時計を確認し、少し早足で王城の廊下を歩く。

 アシュレイ殿下と結婚して一年、私は誰に案内されるまでも無く、広い王城内を把握している。
 一年だけの結婚生活で王城を知り尽くしたわけではない、私はここ数年、仕事で毎日、王城を訪れていた。


「リンカ、来たか!待っていたぞ」

 陛下を筆頭に、国の重鎮達が何十人も待つ会議室。
 私はそこに、いつものように足を踏み入れた。

「お待たせ致しました陛下」

 何故なら私は――この国の女性宰相だから。
 国の頭脳、国を支えている支柱である私を追い出せるものなら、どうぞお好きになさって下さい。

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