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40話 一人ぼっちじゃない
しおりを挟むコトコリス領に聖女として来てから、一週間が経った。その間、私は――
「暇ですね」
何もしなかった。
「ユウナは聖女として活動している時は忙しなく動き回っているからな。こんな風に何もしないのは慣れないだろう」
「……はい」
私がお父様に提示した条件は、領民達の前で、ご自慢の娘が偽物の聖女であると認めること。お父様からは未だにその返答が無く、私達は何もすることが無いまま、時間だけが経過している。
「これ以上回復が遅れて、土地は大丈夫なのか?」
「そこはご心配無く。これ以上酷くならないよう、力は送っています」
聖女の力の制御が出来るようになった私は、こうやって少しだけ力を送ることも出来るようになったんですよ。
「とは言っても、領民達の不満もそろそろ限界じゃないですかね?」
ファイナブル帝国の聖女が来たというのに、一向に回復しない土地。
「コトコリスの領民達は、出来損ないの私をよく知っていますし、どうしてさっさと土地を回復しないのか、イライラしていると思いますよ」
ずっと私を見下していた領民達。そんな私が、ファイナブル帝国の聖女として戻って来た。さて、お父様やお姉様達は、コトコリスの領民に、どんな風に私のことを説明されているのでしょう?
まぁ、考えなくても答えは分かりますけどね。
「では、そろそろ町にも出てみましょうか」
「分かった。ユウナに危害が及ばないよう、僕が守るから安心してくれ」
「頼りにしています、レイン様」
大嫌いな故郷コトコリス。
本音を言うなら、今でも、町を歩くのは少し怖いけど……レイン様と一緒なら、何も怖くありません。
コトコリス領は、辺境にある小さな領土だ。
だから、全ての町の人は顔見知りで、コトコリス男爵邸がある町と入口付近にあるアクアも、歩いて行けるような距離にある。
『エミル様、いつもコトコリス領を賑わせてくれてありがとうございます!』
『エミル様は本当に素晴らしいお力をお持ちですね! 流石はコトコリスの聖女様です!』
『エミル様、今日も可愛いです!』
エミルが歩けば、領民達からは賞賛の声が上がり、エミルは笑顔でそれ等を受け取った。対して、私はそんなエミルの後ろで、俯きながら、町を歩いた。
『それに比べて出来損ないの姉の方は、エミル様の足を引っ張るばかりだな』
『自分が聖女だって嘘をつくなんて、最低』
『エミル様に嫉妬して、エミル様を虐めているらしいわ』
私はずっと、領民達からも、見下されてきた。
いつも私と妹を比較して、優秀な妹と比べて出来損ないの姉だと陰口を叩き、私を空気のように扱い、覚えの無い加害者扱いされる。
私は嘘なんてついてない、エミルの足を引っ張ってもいない、虐めだってしていない。何度も違うと訴えても、誰も私を信じてくれなかった。
私は何もしていない。妹がただ、姉は何もしていないと証言してくれれば、それで終わったのに。
『大丈夫ですかユウナお姉様? 皆から嫌われるなんて、ユウナお姉様は可哀想。でも、私がいるから大丈夫ですよ、ユウナお姉様、大好きです』
最初は気付かなかった。でも、気付けば、私を悪く言って孤立させていたのは、エミルだった。
「あらあら、大分荒みましたねー」
一度足を踏み出したアクアは、以前と違い、草一つ生えていないような枯れ果てた土地に変わっていた。
「土地を管理しないとそうなる。ただでさえ、聖女が産まれる前は枯れ果てた場所だったんだろう?」
「そうですね」
辺境にある領土なのに、コトコリスの聖女のおかげで、ここには沢山の人々も詰め掛け賑わっていたのに、今ではその面影も無い。寂しい町。
「あ、お前っ! 出来損ないのユウナじゃないか!」
「エミル様の足を引っ張る最低な女め! どれだけ妹を傷付ける気だ! この恥知らずが!」
アクアの住民が私を見つけ、指を刺して侮辱付きで名前を呼ぶ。
初めからアクセル全開ですねーいいんですか? 今の私にそんな口聞いて?
「おい! 口を慎め! ユウナ様はファイナブル帝国の聖女だぞ!」
「ひぃ!?」
私と一緒にコトコリス領に来た魔法騎士の一人が、剣を出して住民に威嚇する。
馬鹿ですねーこの状況見て、よく私にそんな口を叩けるものです。私の周りには、レイン様を筆頭に私を守る沢山の人達がいるというのに。昔と今では立場が違うんですよ?
「はぁ、その様子では、エミルもコトコリス男爵も、正しく私のことをお伝えになっていないようですね」
「な、なんの事ですか?」
「エミルが偽物で、私が本物の聖女だと皇室から認められたのは聞いているでしょう?」
いくら辺境の領土とは言え、こんな大きなニュースが伝わらないはずが無い。
でも、コトコリス男爵やエミルが、自分達に不利なニュースを、そのまま真実にしておくわけがない。きっと自分達の都合の良いように事実を捏造している。そう予想はしていたので、コトコリスの領民達の私に対する反応に驚きはしなかった。
だってここの人達は皆、私ではなくエミルを無条件に信じるものね。
「し、知ってはいますけど、それは嘘でしょう?」
「嘘とは?」
「エ、エミル様が言ったんです! 姉が、嘘をついていると! ユウナ様は、姉を大切に思うエミル様の気持ちを利用して、エミル様の聖女の力を自分のモノのように振舞っているんですよね!?」
「……」
「全てはエミル様の力なのに、それらを奪い、名声を手に入れるなんて、ユウナ様は最低ですよ!」
呆れた。が、最初の感想。
そして、最低なのはエミルの方だと、怒りが込み上げた。
私のことを悪く言っているとは予想していた、でもまさか、偽物の聖女の汚名まで、私の所為にするなんて――私の力を奪って、自分のものにしてきたのは、ずっと、エミルの方なのに!
「本当に最低な妹ね……私は、こんな妹のために、今まで生きて来たんだ」
心を押し殺して、我慢して我慢して、家族のために、妹のために生きてきたのに――
「ユウナ……」
優しく私の手に触れるレイン様の手が、とても温かくて、引き寄せられたその胸の中で、自然と涙が溢れた。
「……君達は馬鹿なのか?」
泣いている私に代わり、キッと、強く住民達を睨み付けるレイン様。
「エミル夫人が本物の聖女なら、どうして今、コトコリス領が腐敗している?」
「そ、それは……」
「ユウナがどうやってエミル夫人の力を自分のモノのように振る舞うんだ? ユウナがファイナブル帝国の聖女として認められたのは、この地から離れてからだというのに」
「あ……」
「ユウナがエミル夫人の力を奪うなら、ここにいる時からそうしている。一方的な意見だけを鵜呑みして、恥ずかしくないのか?」
レイン様……
私のために怒ってくれているレイン様に、傷付いた心が癒されていくのを感じる。
大丈夫、私はもう、一人ぼっちじゃない。
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