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9話 アイナクラ公爵家での休息

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「そう言えば最近、ファイナブル帝国にエミル以外の聖女が現れたそうですよ」

「何だと?」

 ルキの発言に、コトコリス男爵は眉間に皺を寄せて反応した。

「詳しくは知りませんが、以前お義父様が断った土地の再生をしたり、災害で傷付いた人々を癒したりと、エミルの真似事をしている者がいるそうです」

「くだらん、所詮エミルの偽物だろう。何せ聖女は数百年に一度現れるかどうかの奇跡の存在だ! エミル以外に現れるなど有り得ん!」

「そうは思いますが、その偽物の聖女は、人々からファイナブル帝国の聖女と呼ばれているようです」

「何だと?」

 ルキの話に、コトコリス男爵は眉をつり上げた。
 自分の可愛い娘は、この辺境の地をなぞったコトコリスの聖女と呼ばれているのに、新しい聖女は、帝国の名前をなぞらえている。

「エミルを差し置いて、偽物をファイナブル帝国の聖女と呼ぶなど!」

 コトコリス男爵には、到底許せることでは無かった。

「お怒りはご最もですお義父様。ああ、そうだ、皇室から聖女への依頼が来なくなったと聞きましたが、それは本当ですか?」

「む、そう言えばそうだな」

 以前までは断っても断っても聖女へ奇跡の力の要請が来ていたが、今はすっかり来なくなった。あれだけしつこかったアイナクラ公爵家からも、何の便りも無い。

「お義父様が断り続けたので諦めたのでしょうか?」

「我が家門を放置するとは、聖女を蔑ろにしているようなものだ!」

 要請を断り続けていたのはコトコリス男爵の方だが、いざ要請が来なくなると、放置されていると激怒した。 

「落ち着いて下さいお義父様。流石に断り過ぎたのかもしれませんよ? 皇室にもアイナクラ公爵家にも、プライドはあるでしょうから」

「ふん、くだらん」

「そう仰らずに。たまにはこちらから折れて、皇宮に顔を出して来ては如何ですか? このままでは、その偽物の聖女が帝国中をかき乱し、エミルの地位が霞むことになるかもしれません」

「……そうだな、その偽物の聖女について苦言を呈しておく必要があるな」

 まだエミルは活動を再開する様子は無い。
 その間に、百分の一の可能性でも、偽物の聖女が本物の聖女であるエミルを出し抜くのは許し難い。

「陛下にその偽物の聖女を厳しく罰するよう、進言しよう。そして、エミルこそがファイナブル帝国の聖女と呼ばれるに相応しいと、皆に分からせんとな」

「ええ、頑張って下さいお義父様」

 帝都へ向かうと決めたコトコリス男爵は、早速、家の者に出発の準備を命じた。
 その背後にある机の上には、《ユウナ様の居場所について》と書かれた未開封の封筒。その中身には、《帝都にてユウナ様の目撃情報有り》と、記載されていた――



 ◇◇◇


 聖女の活動を一通り終え、束の間の休息。
 枯渇した大地は一度復活すれば、きちんと手入れを行うことで、今後、聖女が力を与えなくても、正常な状態を維持することが出来た。

 今は緊急で困っている土地も無いと、当初の約束通り、アイナクラ公爵家にてお世話になっている最中。
 アイナクラ公爵邸は、辺境にあるコトコリス男爵邸とは違い、帝都の中にある。
 アイナクラ公爵家は帝都で、アイナクラ公爵邸がある土地のみの領土を持つ、領民がいない貴族であり、アイナクラ公爵家は、代々皇帝陛下に仕える臣下として、その功績から、最高爵位を授かった名誉ある貴族である。

「はぁー極楽」

 テーブル一杯に広がる美味しいご馳走を前に、頬を頬張る。
 流石は名誉あるアイナクラ公爵家! 食事が美味しい! 寝具はふかふか! 服は新品! お風呂はピカピカ! 何より、誰も私を無視しない! きちんとお世話して、お話してくれる!

 レイン様は約束通り、私に自由を与えてくれた。
 好きに食事をしたり、お昼寝したり、お風呂にのんびり浸かってみたり、勉強したり、花を育ててみたり、お散歩したり――色々と自由を満喫している。

「ユウナ」
「レイン様」

 食事を終え、ゆっくりと食後の珈琲を楽しんでいると、レイン様から声をかけられた。

「どう? 何か困ったことや欲しい物はない?」

「何もありません。十分過ぎるくらいです」

 綺麗なお部屋に美味しい食事、清潔な服に、何より自由に、自分の好きに時間を使える。それだけで満足。

「本当にユウナは無欲だな。比べるのもおこがましいが、コトコリスの聖女は宝石やらアクセサリーやらを山のように望んだと聞くのに」

「妹はそういった物が好きでしたが、私はあまり興味が無いんです。それなら、美味しい食材をくれた方が嬉しいです」

 聖女として名が知れたら、皆、私に美味しい野菜とか魚とかくれるようになって、嬉しいんだよね。アイナクラ公爵邸に持って帰れば、美味しく調理してくれるし。聖女様様です。

「皆、ユウナが喜んで受け取ってくれるのが嬉しいんだろう」

「喜ぶに決まってるじゃないですか。新鮮なお野菜は美味しいんですよ?」

 私が帝都に留まるようになったから、今、帝都では、農作物フィーバーが発生している。
 実りを与える聖女が滞在しているので、豊作豊作豊作。しかも、いつもより味も美味しくて大きいと、騒ぎを聞き付けた人達が次から次へと作物を育て出し、帝都は今、自然に溢れていた。

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