63 / 82
63
しおりを挟む「ありがとうございます……。もし、次があるのならば!次こそは釣り上げてみせます!」
「……また来る気なんやな」
魔物の出る危険な区域で、半分無理矢理行かされた感覚のイマルからしたら、もう二度と来るのはごめんなのだが、リーシャは再来の決意を吐いた。
だが、ここでイマルが行かへん!と主張しても、また村長に良いように言いくるめられ、来てしまう予感がしたので、とりあえず、口を慎んだ。リーシャに主張するよりも、村長に抗議する方が重要だ。
「でも、思ったより魔物出てこんかったな」
帰り道、魚っぱいのバケツを持ちながら、イマル達は四季の森ガーデンを後にし、村のすぐ近くの場所まで帰ってきた。
「そうだね。最初の1匹だけだったもんね」
最初に熊の魔物を倒して以降、釣りをしている最中も、魔物は現れなかった。
四季の森、更に、川がある場所は森の奥に入った所なので、そこそこ魔物が出る区域。釣りをしてる最中も、いつ魔物が襲って来るかと一応警戒していたのだが、徒労に終わった。
「ま、出ーへんのは良い事やけど」
「聖女様のおかげなのかな?聖女様が魔王を倒してくれて、世界が平和になったんだよね?」
サクヤは、ゲンから聞いた情報を、そのままイマルに尋ねた。
聖女は仲間と共に、魔王を倒し、世界を平和に導いた。
魔王がいなくなり、魔物の数は減り、その凶暴性は、だいぶ落ち着いたーーーと、辺境の村であるここヘーゼルにも、風の噂で伝わっている。
実際、辺境の村に住むイマル達も、その恩恵は感じていた。
「どーなんやろな?前と比べて、魔物の数は減ったし、弱なってくれたから、そら助かるけど、魔物がいなくなった訳やあらへんし。四季の森には魔物はいてるはずやねんけどなー」
狩りで四季の森に度々行く機会があるイマルは、そう言って首を傾げた。
「お姉ちゃん、都会に住んでたんだよね?」
「はい」
都会も都会。この国の中心である王都カナン出身。
「聖女様に会った事ある?」
「………………会った事は、無いのでしょうか?」
「何で疑問文?」
自分自身が聖女だったので、会った事は無い。で、正しいのでしょうか?私以外の聖女と会った事は無いので、無い。が正解でしょうか。
「無いですね」
「そっかぁ。やっぱり、中々聖女様になんて会えないよね。1度で良いから、会ってみたいなぁ」
「そうですね」
サクヤが会いたそうにしているのに申し訳無いのですが、私は元・聖女なので、今は聖女ではありませんから、サクヤの願いを叶えてあげる事が出来ませんね。
「イマル兄ちゃんも、聖女様に会ってみたいでしょ?」
「んー?まーそーやな。噂では、お淑やかで清楚で儚げな絶世の美女って話やから、見てはみたいな」
お淑やかで清楚で儚げな絶世の美女??それは誰の事でしょう?私の他に聖女がいたのでしょうか??
「……兄ちゃん、兄ちゃんの事を好きって言ってるお姉ちゃんがすぐ近くにいるのに、他の女の子の事、そんな風に言ったら駄目だよ!」
耳打ちでイマルにこっそり注意するサクヤ。
「サクヤはんは、ほんまに8歳の男の子とは思えんくらい、しっかりしとんな」
リーシャの気持ちが筒抜けなのは当然として、恋愛模様にまで気を使えるサクヤに、イマルは改めて感心した。
聖女の地位を捨てて4ヶ月ーーー。
王都から遠く離れた辺境の村でも、聖女の名前が、時折聞こえる。それは、聖女の活躍や、容姿、性格、雰囲気を要するもの。
(私の名前はーー絶対に出て来ない)
城でも、冒険の間立ち寄った街や村でも、私はリーシャでは無く、聖女と呼ばれていたから。
誰も、私の名前を知らないんじゃないかと思う位。途中、私自身も、私の名前を、忘れてしまうじゃないかと思った。
(でもーーそう言えば、1人だけーー)
私の名前を、リーシャと呼んでくれる人がいた。
何度王様や王子に窘められても、彼だけは、私の名前を呼び続けてくれたーー。
「リーシャはん、危ないで」
物思いにふけていて前を良く見ておらず、木にぶつかりそうになった所を、イマルが腕を掴んで、止めてくれた。
「何ぼーとしとんの」
「ご、ごめんなさい。少し、昔の事を思い出していまして…」
王都や聖女の事を聞かれ、ふと、思い返してしまった。
元・聖女である事は、出来るだけ、知られたくない。
今は、ただの村娘ですし、元・聖女なんて前職ーーー私でも、特殊な職業であるのは分かりますし、もしーーーもし、私が元・聖女だとバレてーーー皆さんがーーー普通に接してくれなくなったら?
村の人達が、私を、城にいた時と同じ様に、扱われるようになったらーーー?
リーシャは、顔を上げ、真っ直ぐにイマルを見つめた。
(もしーーーイマルが、私の名前を呼んでくれなくなったらーーー)
私は、耐えられない。
「リーシャはん?何で泣きそうになってんの?!」
「え?」
「イマル兄ちゃん……お姉ちゃんに何したの?」
自分でも気付かない内に、表情に出ていたみたいで、驚く。
悲しみを見せないよう、弱さを見せないように生きてきたはずなのに、ここでは、皆が、私の感情の変化に気付く。
36
お気に入りに追加
136
あなたにおすすめの小説
美形軍人に連行された少女の末路 ~辿り着く先は見知らぬ夫の元か、投獄か!?~
当麻月菜
恋愛
『アルベルティナ・クラース。悪いが何も聞かずに、俺たちに付いてきてもらおうか』
パン屋で店主を泣かせるほど値切った帰り道、アルベルティナことベルは、突然軍人に囲まれてしまった。
そして訳がわからないまま、鉄格子付きの馬車に押し込まれどこかに連行されてしまった。
ベルを連行した責任者は美形軍人のレンブラント・エイケン。
人攫い同然でベルを連行した彼は人相が悪くて、口が悪くて、いささか乱暴だった。
けれど、どうやらそうしたのは事情があるようで。
そして向かう先は牢屋ではなく、とある人の元らしくて。
過酷な境遇で性格が歪み切ってしまった毒舌少女(ベル)と、それに翻弄されながらも毒舌少女を溺愛する他称ロリコン軍人(レン)がいつしか恋に発展する……かもしれない物語です。
※他のサイトでも重複投稿しています。
※2020.09.07から投稿を始めていた作品を加筆修正の為取り下げ、再投稿しています。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
つがいの皇帝に溺愛される皇女の至福
ゆきむらさり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡
〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。
完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗
ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️
※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。
身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
不能と噂される皇帝の後宮に放り込まれた姫は恩返しをする
矢野りと
恋愛
不能と噂される隣国の皇帝の後宮に、牛100頭と交換で送り込まれた貧乏小国の姫。
『なんでですか!せめて牛150頭と交換してほしかったですー』と叫んでいる。
『フンガァッ』と鼻息荒く女達の戦いの場に勢い込んで来てみれば、そこはまったりパラダイスだった…。
『なんか悪いですわね~♪』と三食昼寝付き生活を満喫する姫は自分の特技を活かして皇帝に恩返しすることに。
不能?な皇帝と勘違い姫の恋の行方はどうなるのか。
※設定はゆるいです。
※たくさん笑ってください♪
※お気に入り登録、感想有り難うございます♪執筆の励みにしております!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる