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「ありがとうございます……。もし、次があるのならば!次こそは釣り上げてみせます!」
「……また来る気なんやな」
  魔物の出る危険な区域で、半分無理矢理行かされた感覚のイマルからしたら、もう二度と来るのはごめんなのだが、リーシャは再来の決意を吐いた。
  だが、ここでイマルが行かへん!と主張しても、また村長に良いように言いくるめられ、来てしまう予感がしたので、とりあえず、口を慎んだ。リーシャに主張するよりも、村長に抗議する方が重要だ。


「でも、思ったより魔物出てこんかったな」
  帰り道、魚っぱいのバケツを持ちながら、イマル達は四季の森ガーデンを後にし、村のすぐ近くの場所まで帰ってきた。
「そうだね。最初の1匹だけだったもんね」
  最初に熊の魔物を倒して以降、釣りをしている最中も、魔物は現れなかった。
  四季の森、更に、川がある場所は森の奥に入った所なので、そこそこ魔物が出る区域。釣りをしてる最中も、いつ魔物が襲って来るかと一応警戒していたのだが、徒労に終わった。
「ま、出ーへんのは良い事やけど」
「聖女様のおかげなのかな?聖女様が魔王を倒してくれて、世界が平和になったんだよね?」
  サクヤは、ゲンから聞いた情報を、そのままイマルに尋ねた。
  聖女は仲間と共に、魔王を倒し、世界を平和に導いた。
  魔王がいなくなり、魔物の数は減り、その凶暴性は、だいぶ落ち着いたーーーと、辺境の村であるここヘーゼルにも、風の噂で伝わっている。
  実際、辺境の村に住むイマル達も、その恩恵は感じていた。
「どーなんやろな?前と比べて、魔物の数は減ったし、弱なってくれたから、そら助かるけど、魔物がいなくなった訳やあらへんし。四季の森には魔物はいてるはずやねんけどなー」
  狩りで四季の森に度々行く機会があるイマルは、そう言って首を傾げた。
「お姉ちゃん、都会に住んでたんだよね?」
「はい」
  都会も都会。この国の中心である王都カナン出身。
「聖女様に会った事ある?」
「………………会った事は、無いのでしょうか?」
「何で疑問文?」

  自分自身が聖女だったので、会った事は無い。で、正しいのでしょうか?私以外の聖女と会った事は無いので、無い。が正解でしょうか。

「無いですね」
「そっかぁ。やっぱり、中々聖女様になんて会えないよね。1度で良いから、会ってみたいなぁ」
「そうですね」

  サクヤが会いたそうにしているのに申し訳無いのですが、私は元・聖女なので、今は聖女ではありませんから、サクヤの願いを叶えてあげる事が出来ませんね。

「イマル兄ちゃんも、聖女様に会ってみたいでしょ?」
「んー?まーそーやな。噂では、お淑やかで清楚で儚げな絶世の美女って話やから、見てはみたいな」

  お淑やかで清楚で儚げな絶世の美女??それは誰の事でしょう?私の他に聖女がいたのでしょうか??

「……兄ちゃん、兄ちゃんの事を好きって言ってるお姉ちゃんがすぐ近くにいるのに、他の女の子の事、そんな風に言ったら駄目だよ!」
  耳打ちでイマルにこっそり注意するサクヤ。
「サクヤはんは、ほんまに8歳の男の子とは思えんくらい、しっかりしとんな」
  リーシャの気持ちが筒抜けなのは当然として、恋愛模様にまで気を使えるサクヤに、イマルは改めて感心した。




  聖女の地位を捨てて4ヶ月ーーー。
  王都から遠く離れた辺境の村でも、聖女の名前が、時折聞こえる。それは、聖女の活躍や、容姿、性格、雰囲気を要するもの。
(私の名前はーー絶対に出て来ない)
  城でも、冒険の間立ち寄った街や村でも、私はリーシャでは無く、聖女と呼ばれていたから。
  誰も、私の名前を知らないんじゃないかと思う位。途中、私自身も、私の名前を、忘れてしまうじゃないかと思った。

(でもーーそう言えば、1人だけーー)
  私の名前を、リーシャと呼んでくれる人がいた。
  何度王様や王子に窘められても、彼だけは、私の名前を呼び続けてくれたーー。




「リーシャはん、危ないで」
  物思いにふけていて前を良く見ておらず、木にぶつかりそうになった所を、イマルが腕を掴んで、止めてくれた。
「何ぼーとしとんの」
「ご、ごめんなさい。少し、昔の事を思い出していまして…」
  王都や聖女の事を聞かれ、ふと、思い返してしまった。


  元・聖女である事は、出来るだけ、知られたくない。
  今は、ただの村娘ですし、元・聖女なんて前職ーーー私でも、特殊な職業であるのは分かりますし、もしーーーもし、私が元・聖女だとバレてーーー皆さんがーーー普通に接してくれなくなったら?
  村の人達が、私を、城にいた時と同じ様に、扱われるようになったらーーー?


  リーシャは、顔を上げ、真っ直ぐにイマルを見つめた。
  (もしーーーイマルが、私の名前を呼んでくれなくなったらーーー)
  私は、耐えられない。


「リーシャはん?何で泣きそうになってんの?!」
「え?」
「イマル兄ちゃん……お姉ちゃんに何したの?」
  自分でも気付かない内に、表情に出ていたみたいで、驚く。
  悲しみを見せないよう、弱さを見せないように生きてきたはずなのに、ここでは、皆が、私の感情の変化に気付く。



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