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しおりを挟む「……大袈裟やな」
「そんな事有りません、事実ですから」
聖女でしか無かった私が、リーシャになれたこの場所が、私にとってどれ程大切な場所になったのか、皆は知らない。
「なら、ほい」
イマルは持っていた肉の入った袋を、リーシャに手渡した。
「せめて物々交換なら受け取ってくれるやろ?」
「いえ、こちらもーー」
「いーから、受け取っときぃ。少しでもなんか返さな、こっちだってモヤモヤするし、皆、気ぃ使って頼みずらなるで」
「!気を使う…!」
要らないと拒否する言葉を遮るイマルの台詞に、リーシャは暫く黙って思考を働かせた。
「ーー分かりました!頂く事にします!」
「よし、それでええ」
後日、話を聞き付けた、リーシャに治療を受けた村人達が、揃って食べ物や衣服、大きい物で、家具を持ってリーシャの家に押し掛けたーーー。
***
王都カナンーーー。
「聖女が城を離れ、そろそろ1ヶ月かーー」
優雅な巨大な城の、王の間にて、王座に座る王様が、綺麗に手入れされた長い髭に触れながら、周りの臣下に向かい、声をかけた。
「はい、父上」
隣に立つのは、この国の王の息子である、王子様の姿。
「もうそろそろ、聖女も根をあげる頃合だろう」
約1ヶ月前ーー。
城で開かれた、国を救いし聖女を祝う催しで、聖女本人が公の場で望んだ、聖女の地位を捨て、村娘として生きたいとの願い。
公の場、沢山の証人の前で、何でも願いを叶えると約束した手前、国としての体裁も有り、要望を叶える他無かった。
「あれは箱入りで育った、何も出来ない娘だ。1人で生活する事がどれ程困難か、よく分かったであろう」
豪華な品物を身につけさせ、豪華な食事をし、生活の全てを、周りの者達に行わせた。
大切に大切に、聖女として相応しくなるよう、育てた。
国を救う聖女としてある為に。
強く気高く美しくーーー微笑みを絶やさず、強くある事で、国の住民達が安心して生活が送れるように、余計な事は一切させず、ただ、聖女としてあるように求めた。
「あれ程大切に育ててやったにも関わらず、外に出たいとはーー恩知らずなものだ」
何不自由無い生活。
寧ろ、贅沢な生活を送らせていた。
「聖女様も1人の女性ですよ、父上。たまには羽を伸ばして、外の空気を吸いたくなるものです」
王子は、怒る父を宥めるように、声をかけた。
「ふむ…。お前がそう言うなら、今回は、第1王子の顔をたて、聖女が我に謝罪し、城に戻る事を望むのならば、城に戻って来るのを、許しても構わん」
王の言葉に、ザワっと、周りの臣下達がざわめいた。
聖女の地位を自ら捨てた者を、もう一度、聖女に戻る事を許す。と発言したのだ。
それは、本来許される事の無い、とても特別な事だった。
「ありがとうございます、父上」
王子は、王に向かい、頭を下げた。
異例の対応だが、それ程、臣下達からは不満の声は上がらず、逆に、歓声の方が大きかった。
それ程ーーー元・聖女であるリーシャの名声や、聖女としての佇まい、魔王を倒したという実績は、大きなものだった。
「して、聖女の村での様子はどうだ?確か、随分遠い、辺境の村を選び、旅立ったようだがーー」
王は、聖女の様子を確認するよう命じた者に、村での様子を尋ねた。
「食べる物が無く、雨風を防げる場所も無く、助けてくれる者はおらず、聖女の地位を捨てた事を毎日後悔して過ごしておるのでは無いか?」
城から出て行く聖女に、所持金はほんの僅かしか持たせなかった。
生活能力も無い、お金も持たない聖女は、城を離れれば生きて行く事は出来ないと、王以外にも、王子や臣下達も皆、信じて疑っていなかった。
「報告しますーーー
聖女様は、毎日とても楽しそうに、村でのびのびと生活しておいでです」
「「「ーーーは?」」」
聖女の様子を偵察に行かせた者からの報告に、全員が耳を疑った。
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