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23話 諸悪の根源②
しおりを挟むもしユーリ様の企みが上手くいっていたら、今頃アレン様に、新しい人身売買の悪評が流れているところですよ。疑惑は疑惑で、証拠なんてないから、アレン様が捕まる事はないでしょうけど、きっと背びれ尾びれがついて、悪魔の公爵の噂が広がる。
アレン様に一体どんな恨みがあるのか知らないけど、こんな事実無根の悪評を流して、アレン様を貶める行為をするなんて、絶対に許せない。
「……カリア様はアレン様を良く信じましたね?悪魔の公爵と呼ばれるような、冷酷非道な人なのに」
「アレン様はそんな呼び名をつけられるような方ではありませんーーー貴方も本当は、ご存知ですよね?」
張り付けていた笑顔を外し、真顔でユーリ様を見つめると、ユーリ様も、張り付けていた仮面を外し、無表情でこちらを見つめ返した。
「……グレイドル男爵家にいる時の貴女は、もっと弱い人だと思っていたのに、アレン様と結婚してからの貴女の変わりようには驚くばかりです」
「あの家で反抗しても倍になって返ってくるのが分かっていたので、適当にやり過ごしていただけです」
あの家に私の味方はいない。何の学も力も、女だからと学ばせてもらえなかった私に、家を出て行っても生き残る術はなく、言いなりになるしかなかっただけ。それでも、息を殺して耐えて、平気なフリをすることが、私が出来る唯一の反抗だった。
「あんな家から救い出してくれたアレン様には、心から感謝していますし、とても大切にしてくれています。私はこれからアレン様と、夢だった幸せな家庭を築いていくのでーーーくれぐれも、邪魔しないで下さいね」
「……邪魔だなんて、とんでもない。カリア様が幸せなら、俺も嬉しいです。差し出がましい真似をしてしまい申し訳ありません。貴女を心配するが故のお節介だと思い、お許し下さい」
私の忠告を込めた言葉に、しっかりと頭を下げ、謝罪するユーリ様。
アレン様とは違い、ユーリ様の心は、素直で汚く醜い。心を読んでいて、こんなに不快になるなんて、少しはアレン様の綺麗な心を得られるように、爪の垢を100倍煎じて飲んで欲しいくらいです。
「今後、アレン様の誤解は私が解いていくので、安心して、私の幸せを願っていて下さい」
私はそれだけ言い残すと、ユーリ様を置いて、ラドリエル公爵家の馬車に乗り込んだ。
馬車の中、窓から見えたユーリ様の表情は、さっきまでの穏やかな雰囲気とは一変して、険悪な表情をしていた。いつも笑顔を浮かべているユーリ様には似つかわしくないと、他の人は思われるかもしれないけど、私は彼の心の内を知っていたので、『ああ、本心が顔に出たのね』と、思うだけで、驚きはしなかった。寧ろ、そっちの方が、ユーリ様に相応しい顔だなと思った。
あんなに良い男を探すのに必死だったのに、お義姉様は男を見る目がありませんね。
ユーリ様を婚約者に選んだお義姉様に、私は馬鹿にしたように微笑んだ。
***
「くそっ!なんだあのクソ女!調子に乗りやがってーーー!」
険しい表情をしたユーリは、トランス伯爵邸に帰る馬車の中、ガンッ!と強く壁を叩いた。
グレイドル男爵家にいた頃のカリアは、マーガレットやスミン様、グレイドル男爵の言いなりだった。たまに小さく反抗することはあったが、結局は余計に罰を与えられて終わる。俺は、それを見るのが楽しかった。
どんなに理不尽な扱いを受けようと、平気な顔をするカリア。どうせ敵わないのに、時折、理不尽な扱いに反抗して、理不尽な罰を受けるその姿は、滑稽だった。無条件に降伏する奴等より、よっぽど面白い。楽しい玩具。他人の不幸な姿を見るのが、何より楽しい。
厄介者払いをしようとしていたマーガレットに、カリアの結婚相手としてアレンの名前を出したのも、俺だった。
ボロ屋敷に、役に立たない使用人、何より、悪名高い悪魔の公爵であるアレンーーー無口で口下手、不器用なあいつは、自分の悪評すら上手く否定出来ない男だ。
どうせ、カリアもすぐにあの男から逃げ出すーーーそうなったら、俺が優しく声を掛けて、死ぬまで使用人として雇ってやるつもりだった。
なのに、蓋を開けてみれば、カリアは結婚式の時からアレンに気に入られた。それでも、まだラドリエル公爵邸を見れば逃げ出すと思っていたのに、まさか、ラドリエル公爵邸を、綺麗に生まれ変わらせるなんてーーー!!!
「折角、全てが上手くいってたのにーー皇太子殿下といい、カリアといいーーーあんな不愛想で愛嬌の無い男なんかを庇いやがってーー!!」
アレンなんかよりも、俺の方が、公爵という爵位も帝国騎士の地位も、名声も、美しい妻も相応しい。
「許さねぇ……あのクソ女!カリアの分際で!たかが女のクセに!」
女はただ着飾って、馬鹿みたいに男に媚びを売っていればいいんだ。それで、美しくいる間は、可愛がってやるんだから。
「どうせアレンは、悪魔の公爵から抜け出せねぇんだから、後悔するのはそっちだ……!今更、逃げたいと泣きついてきても、絶対に助けてやらねぇからなーー!」
ユーリは怒りのまま、今度は前方の椅子を蹴りつけた。
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