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21話 初めてのお礼

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「分かりました、いってらっしゃいませ」
「……」

 笑顔でお見送りしていると、アレン様は入り口付近で一旦立ち止まり、何故か、こちらに戻って来た。

「…………………店主」
「はい!まだ何か御用でしょうか?!」

 無表情でこちらまで戻って来たかと思ったら、私では無く、デザイナー兼店のオーナーに声を掛けた。

「…………」
「あ、あの、アレン様…?私めが、何か無礼なことでもしてしまいましたでしょうか…?」

 アレン様の無言の圧と冷たい眼差しに耐えかねて、デザイナーさんが震え上がっていますけど……

 アレン様が何がしたいのか、心を読んでいないから、私にも読み取れない。
 間に入った方がいいのでしょか?それなら、今からアレン様の心を読んで、私がアレン様の代わりに、お伝えしますけどーーー

 そんな風に考え、アレン様の心を読もうと、手に触れようとした所で、アレン様は口を開いた。


「……………妻に似合うドレスを選んでくれたこと……感謝する」

「ーーーへ?」

 それだけ言い残し、デザイナーさんの返答や反応を見る間も無く、今度こそ外に出て行くアレン様。

 アレン様が……お礼を伝えた?素直な気持ちを、口に出した?
 無表情で冷たい声色で、感謝を伝えているようには一切見えなかったけど、言葉には出した。

 今世紀最大の驚きと言っていいほどの衝撃を受けたデザイナーさんは、ポカンと口を大きく開けたまま、しばらく固まっていた。

「こ、これは夢ですかな?まさかあのアレン様が、私めにお礼などーーー」

 自分のほっぺたを赤くなるほど強くつねるデザイナーさん。気持ちは分かりますけど、夢じゃありません。

「夢じゃない……アレン様が……悪魔の公爵が、初めて、お礼を伝えて下さるなんて……!明日、世界が滅びる前触れでしょうか?!」

 アレン様の自業自得ですけど、お礼一つで衝撃が凄いですね!世界滅亡ですか?

「アレン様は結婚式の時も、急なお願いにも関わらず素敵なドレスを用意して下さったことを感謝していましたよ」

 これは心の声を読んだんですけどね。内心は本当に素直で可愛い旦那様なんです。ただ、それを素直に口に出せないだけーーーアレン様は、私が、少しでも素直になって欲しいと言ったことを覚えて下さっていたのでしょうか?
 アレン様が自分で素直な気持ちを言葉にしてくれたことが、私は嬉しい。


「アレン様が……何てことでしょう……素晴らしい……素晴らしいです!カリア様!」

 ーーーん?私???

「あのアレン様が、まるで人間のように感謝の心を持てるようになられるなんてーー!」
「アレン様は元から人間ですけど?!」
「全てカリア様の!奥様のおかげです!カリア様はアレン様を人間にして下さったんです!」
「だから!アレン様は元から人間なんです!元から、優しい人なんです!」

 私がラドリエル公爵夫人だってこと忘れていません?妻の前で夫を悪く言わないでくれません?侮辱罪で通報しますよ?しませんけど。

「本当にありがとうございますカリア様!」
 《アレン様にこんな素敵な奥様をプレゼントして下さり、感謝します神よ!ああ!アレン様に感謝を伝えられるなんて、生きていて良かったーー!!》

 手を握り感謝を伝えるデザイナーさんの心からは、悪い感情は読み取れない。心の奥底から、アレン様のお礼の言葉を喜ぶ声と、私への感謝でいっぱい。

「……もういいです……」

 私は否定するのを諦めて、デザイナーさんからの感謝を受け止めたーーー。



 ***


 あの後、アレン様のお礼の言葉を聞いていた他の店員からも、『あの冷酷非道、血も涙もないアレン様に感謝の気持ちを持たせてくれてありがとうございます』と感謝を伝えられ、店を出るのが遅くなってしまった。

 皆、アレン様を何だと思っているの?本当に人間じゃなくて悪魔だと思っているの?

 確かに、アレン様の件で流れている噂は、人の道から外れるような酷い物が多い。
 殺されそうになったところを、命からがら、アレン様から逃げ出した。手を斬り落とされそうになった。
 敵味方関係無く、自分に害があると判断した者に容赦なく罰を与える。有りもしない罪をでっち上げ牢獄に落とす。ある時は命さえ奪う。
 クレパスやサザンカが仕組んだ噂だけでは無い。
 アレン様の誤解されやすい口下手も要因ですが、この悪魔の公爵の噂が前提にあるからこそ、皆が、アレン様を誤解する。

 きっと、誰かがアレン様を貶めようとしているのは間違いないーーー。


「カリア嬢」

「!ユーリ様…?どうして……」

 仕立屋を出て、馬車に乗り込もうとしている私の前に現れたのは、お義姉様と一緒に帰ったと思っていた、ユーリ様だった。
 何でまだここにいるの?
 ユーリ様は、私が仕立屋から出て来たのを見計らって、姿を現したように見えた。

「アレン様なら、仕事で一足先に出て行かれましたけど」
「知ってるよ。俺は、君を待っていたんだ」

 笑顔で私に話しかけるユーリ様。
 人当たりの良い優しい笑顔を絶やさないユーリ様は、アレン様と違って、第一印象から好印象を持たれやすい。
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