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17話 大切な一冊

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「やる気があるなら、今度、魔法の教師をつけてやる」
「……」

 本当に……?私の、好きなことをしていいの?私ーーー学んでも、いいの?

 席を立ち、アレン様の隣に移ると、私はアレン様の手に触れ、じっと彼を見つめた。

 《自ら学びたいと思うなんて、僕の妻は勤勉で、素晴らしい、素敵な女性だ。僕で出来る事があるなら、なんでもしよう》

 ーー嬉しい。

 グレイドル男爵家では、女が学ぶことを良しとせず、学校を卒業した私から全て取り上げたのに、アレン様はこうして、私が学ぶ事を心から応援して下さる。
 それで私がどれほど喜んでいるか、アレン様には分からないでしょうね。

「アレン様……ありがとうございます……!」
「…!なーー急に止めろ!」

 私はアレン様の体にギュッと抱き着いた。



 ***

 アレン様はあれから行き先を変更し、魔法書店に向かってくれた。
『全ての本を寄越せ』と言いだした時は、正気かこの人。と思いましたが、何とか食い止めて、初心者用の魔法書を一冊買って貰いました。
 よくよく考えたら、新しく購入しなくても、アレン様のお部屋にも魔法書が山ほどありましたし……まだ難しくてアレン様のお部屋にある魔法書は私には読めないでしょうけど、ラドリエル公爵邸を探したら、もう少し簡単な物も見つかるんじゃないかと思った。

 私には、この一冊だけでも、凄く嬉しいーー。

 買って貰った魔法書を大切に胸に抱く。

 もう、魔法なんて一生学べないと思っていたのに、こうして手に取ることが出来て、まるで夢の中にいるみたいに幸せ。

「……馬車に置いておけばいいものを」
「いいんです。これは、アレン様が私の為に買って下さった物だから、大切に持っていたいんです」

 宝物を手に入れてはしゃぐ、まるで子供みたいだと、自分でも思う。それでも、自由に学びたいことを学べることが、本当に嬉しくて、その自由を与えて下さったアレン様に、感謝の気持ちで胸がいっぱいだった。


「いらっしゃいまーーーアレン様?!?!何故?!どうされたんですか?!?!」

 仕立屋に入ると、結婚式でお世話になったデザイナー兼この店のオーナーが慌てた様子で私達のもとに駆け付けた。

「……僕を舐めているのか?」
「ええ?!滅相もございません!舐めてなどいません!」

 舐めているのかって……もう少し言葉選び他にあるでしょう。ギロリとデザイナーを睨み付けるアレン様はとても高圧的で怖い。
 多分だけど、『店に来たんだから、ドレスを買いに来たに決まっているだろう。僕をおちょくっているのか?』と、言いたいんだと思う。多分、怒ってもいないはずなんですけど、どう見ても怒ってるように見えますよね。

「貴方の作った結婚式のドレスがとても素敵だったので、また購入したいと思い、立ち寄らせて頂きました。予約無く来てしまい、大変申し訳無いのですが、ドレスを見せて頂く事は可能でしょうか?」

 デザイナーさんはアレン様への恐怖で震えていますし、話は噛み合っていないし、アレン様では話が進みそうに無いので、私が間に入る。

「貴女様は……確か、アレン様の花嫁の……!」
「ラドリエル公爵夫人のカリアと申します」
「アレン様がーーー女性を連れてご来店をーーー!!!」

 衝撃が走ったかのようにスローモーションで倒れ込むデザイナーさん。ど、とうしました?アレン様が女性と一緒に来たことが、そんなに衝撃でしょうか?

「代々、ラドリエル公爵にドレスを販売し続けていますが、アレン様がここに女性をお連れしたのは初めてです!おめでとうございます!」
「あ、ありがとうございます???」

 お礼を言うのが正解かも分からない。

 デザイナーさんは感極まった状態で、私の手を握り締めた。

 《悪魔の公爵に、遂に逃げ出さない妻が?!これでアレン様が少しでも穏やかに!せめて人を殺さず、暴力を振るわず、権力を振り翳して人を蹴落としたり、好き勝手なさらないようになればーーー!!》


 誰がそんな冷酷非情な悪魔みたいなことするかーー!アレン様に謝って!!

 心を読みつつ、つい口から感情が吹き出しそうになるのを抑える。

 クレパスやサザンカの影響もあるとは言え、悪魔の公爵の噂が酷過ぎでしょう!言っておきますけど、アレン様はそんなこと一切していませんから!!

「……おい、早くドレスの準備をしろ、ノロマが」
「は、はいぃぃい!!!」
「……」

 ドレスの準備に颯爽と店の奥に走り去ったデザイナーさんを横目に、私はそっと、アレン様の手に触れた。

 《急に来てしまったから、早くドレスを見て終わらせないと、店の迷惑になってしまう》

 アレン様……どうして、そんなに天邪鬼なんですか?どうしてそんなに口下手なんですか?そのまま素直に言葉に出してくれればいいのにーーこうして口下手なのも、悪魔の公爵の噂の原因の一つなんですよ?

 心の声と、表の声とが全く噛み合っていないアレン様に、私は大きく、ため息を吐いた。


「ーーーおや、先客がいると思ったら、アレン様とカリア嬢ーー様ではありませんか」

「ーーユーリ様…と、お義姉様…」

 店の扉が開いたと思ったら、嫌な見知った顔が現れて、私は露骨に視線を逸らしたのに、向こうからこちらに近寄り、声を掛けてきた。ユーリ様は笑顔だが、その隣にいるお義姉様は、私を鋭く睨み付けている。

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