上 下
16 / 30

16話 買い物

しおりを挟む
 


 *****


 あれからまた一ヶ月が過ぎた。

 使用人を新しく迎えたラドリエル公爵邸はとても平和で、私を窓口にせずとも、スマルトとビオラはアレン様と会話出来るようになった(注意   まだその二人以外の使用人は、アレン様に大変怯えておられ、実は10名程、アレン様に睨まれたと退職の意向を示したりもしたが、説得により回避している)。
 特にスマルトは執事という職業柄、アレン様と共に過ごす時間が多く、沈黙の長さで何となく言いたい事が読み取れるようになったらしい。
 スマルトの成長が凄い……!妻である私を差し置いて……旦那様の理解力で抜かれるわけにはいかないわ!


「………なんだ?」
「いえ。スマルトに旦那様の理解力で負けていられないと奮起しているところです」
「ーーーは?」

 今日はアレン様と二人で、街に、に出掛けている。

 と言うのも、私があまりにも服や装飾品を持っておらず、購入もしないことに呆れたビオラが、遂にアレン様に直接物申したからだ。
 ビオラの進言に(無表情でいきなり部屋に来たと思ったら衣装部屋に連行され、持っているドレスや普段着、宝石やアクセサリーを無言で確認された)アレン様は、『…買い物に行く』と、日程を調整して付き合って下さることになった。
 グレイドル男爵家にいた時は、姉ばかり優遇され、私には必要最低限の物しか与えてくれなかったし、ラドリエル公爵に嫁いでからも、家を綺麗にする為の家具などの買い物はしたけど、個人的な買い物は一切していない。
 元から物欲が無く、新しいドレスも装飾品も必要無いと思っていたのですが、『ラドリエル公爵夫人として振る舞うのに、今持っているドレスや装飾品では心もとないです』とのビオラの助言も有り、アレン様に恥を欠かせない為にも必要だと思い直した。
 こうやって主人に進言も出来るなんて、本当にビオラは優秀よね……なんてしみじみ思いつつ、結果的には、こうしてアレン様と二人でお出掛け出来ることになったし、私には良い結果になった。

「アレン様、あれ見て下さい!とっても美味しそうなスイーツ店ですよ!」

 馬車の窓から見える街の景色にはしゃぐ私を、アレン様はジト目で見つめた。

「……何がそんなに楽しいんだか……」
「アレン様との初めてのお出掛け、私、凄い楽しみにしていたんです!」

 揺れる馬車の中、不愛想なアレン様に素直な気持ちを伝えると、アレン様は無言で私から視線を逸らした。

 これは、心を読まなくても分かりますよ?アレン様は照れていますね。

「………カリアは他に何か欲しい物は無いのか?」
「欲しい物ですか?」
「部屋に飾る絵画やら個人的な宝石や鞄、靴、指輪、何でもいい」
「……んー、ありませんね」

 正直、今から買いに行くドレスや装飾品も欲しいワケじゃありませんしね。ドレスなんて動きにくいし、窮屈だし、普段着の方がよっぽど楽。装飾品も別にじゃらじゃら付ける趣味はありません。絵画も別に興味無いし……

「あ!ーーーいえ、やっぱり何でもありません」

 一つ頭に思い浮かんだけど、直ぐにかき消した。
 昔、物欲の無い私が唯一欲しがったけど、お父様にもお義母様にもお義姉様にも、そんな物は必要無いと一蹴された物。

「……何だ?」
「いえ……その……」

 これを言ったら、アレン様にも必要無いと一蹴されてしまうと思い、言葉が言い淀んだ。

「ハッキリ言え」
「……魔法書です。私、昔から、魔法の勉強がしたかったんです」

 女に、学も力も必要無いと学ばせて貰えなかったけど、私はずっと、魔法の勉強がしたかった。

「………」
「あ、大丈夫ですよ。私はもう結婚した身ですし、今更、魔法を学びたいなんて思っていませんから」

 アレン様と結婚したからには、妻として家の管理をしたり、いつ何時、アレン様の隣に立っても恥ずかしくないよう身なりに気を使い、日々のお手入れをして、お茶会を開いて貴族の妻同士の交流を深め、情報交換したり、人脈を作ったりーーー面倒臭い!!!けど、頑張らないと……魔法の勉強なんてしてる暇は無い。魔法を学ぶためのお金を出してもらうなんて、もっと無いーーー。

「……何故だ?僕と結婚したからと、やりたいことを諦める意味が分からない」
「……え?」

 私の発言の意味が分からないアレン様は、首を傾げた。

「……女が魔法を学ぶなんて……無駄……です…から」
「……僕は一応、帝国の魔法騎士だ。妻が同じ魔法を学びたいと言っているのを咎めるつもりはない、学びたいなら、勝手にすれば良い」

 きっとアレン様は、何気なく言っているつもりなんでしょうけど、私にはアレン様のその発言は、とても衝撃的だった。
 お父様もお義母様も、貴族の女として重要なのは、良い条件の貴族の男を射止める事だと、女として価値が高い、見目美しいお義姉様ばかりを可愛がった。
 お義姉様が格上であるトランス伯爵のお眼鏡に叶った時には、お義母様もお父様も、お義姉様を自慢の娘だと褒めちぎり、学校で優秀な成績を残した私を、役立たずと非難した。

『成績優秀がなんだっていうの?女が優秀だと、それは男にとって、可愛げがなくなるのよ』

 ーーー私の努力は、全て否定された。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

召喚されたら聖女が二人!? 私はお呼びじゃないようなので好きに生きます

かずきりり
ファンタジー
旧題:召喚された二人の聖女~私はお呼びじゃないようなので好きに生きます~ 【第14回ファンタジー小説大賞エントリー】 奨励賞受賞 ●聖女編● いきなり召喚された上に、ババァ発言。 挙句、偽聖女だと。 確かに女子高生の方が聖女らしいでしょう、そうでしょう。 だったら好きに生きさせてもらいます。 脱社畜! ハッピースローライフ! ご都合主義万歳! ノリで生きて何が悪い! ●勇者編● え?勇者? うん?勇者? そもそも召喚って何か知ってますか? またやらかしたのかバカ王子ー! ●魔界編● いきおくれって分かってるわー! それよりも、クロを探しに魔界へ! 魔界という場所は……とてつもなかった そしてクロはクロだった。 魔界でも見事になしてみせようスローライフ! 邪魔するなら排除します! -------------- 恋愛はスローペース 物事を組み立てる、という訓練のため三部作長編を予定しております。

結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください

シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。 国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。 溺愛する女性がいるとの噂も! それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。 それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから! そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー 最後まで書きあがっていますので、随時更新します。 表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

処理中です...