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12話 元凶②
しおりを挟む私の髪をとくサザンカの腕は、優秀なメイドであるビオラと比べて雑で、どうしても粗が目立った。隣にビオラがいれば、注意の一つや二つ飛んでいると思う。
「奥様のお世話をさせて下さって嬉しいです。本当は昔からいる私が、奥様のお世話をするのが当然なのに、ビオラさんが私にさせてくれないかったんです。自分ばっかり奥様のお世話をしてーー」
メイドの中で、主人とその夫人のお世話係に選ばれるのは、とても優秀であることの証明だった。
身支度一つおいても、ただ主人の選んだ服を着せるのではなく、外出先に合わせた服装と異なるものであれば、やんわりと苦言を呈し、正しい服装に選ぶように誘導する。髪型も、服装に合わせたものにするなど、優秀なメイドであれば、主人の意見に合わせるだけでは無く、主人を正しい道に引っ張る。
それでいて、髪のお手入れ、肌のお手入れーーー極めれば極めるほど、メイドの道は厳しいが、サザンカは、その全てが未熟だった。
髪のお手入れもせず、ただ髪を乱暴に櫛でとき、事もあろうに、自分の愚痴を主人に聞かせるーーーメイドとしてあってはならない。
ビオラは他のメイドの愚痴を、私に一言も話した事は無い。報告として、サザンカの遅刻や勤務態度を話す事はあるけど、彼女のように、自分の感情で話したりはしない。
「ビオラは年齢を重ねて、経験を積んでいるもの。貴女も、年齢を重ねれば立派になるわ」
「ビオラさん、もうおばさんですもんね」
嫌味ったらしく答えるサザンカは、完全にビオラを敵視していた。
「……そう言えば、奥様。私、実は小耳に挟んだんですけど……アレン様が、その……奥様を、人身売買の商品にしようとしている、と……」
「……そうなの。ついこの間、私も知ったんだけど……」
私はわざとらしく、怯えたように答えた。
「やっぱり本当なんですね!実は、ビオラさんもそのことを知っていて、アレン様と共謀して、奥様を売り払おうとしているみたいなんです!」
「ビオラも?」
「はい!アレン様が新しく迎え入れた使用人達は、皆、アレン様がその為に集めた人達なんです!だから、絶対に信用しないで下さい!」
「……そうなんですね」
壮大な墓穴を掘りましたね。アレン様が集めたわけないじゃない。私自身が、ビオラを面接して、心を読んで採用したんだから。
「お可哀想な奥様……でもご安心下さい!私とクレパスは、奥様の味方です!奥様が無事にここから逃げられるように、お手伝い致しますね!」
そう言うと、サザンカは私の手を握り締めた。
《さっさと出て行って、アレン様に人身売買で売られそうになったって言いふらしなさいよ!そうしたら、またアレン様の悪評が広がって、使用人達も辞めるに違いないんだから!》
「……ありがとうサザンカ」
そちらから手を握ってくれて助かりました。手間が一つ減ったわ。
これで確信出来た。
アレン様の歴代の奥様や、屋敷の使用人達がこぞって逃げ出し、ありもしないアレン様の悪評が流れているのがーーー貴女達の所為だっていうのが。
不出来な身支度に大袈裟にお礼を告げ、サザンカを帰らせると、私は窓から外を覗いた。
警戒心ゼロなサザンカは、そのまま、私の部屋から見える場所で、クレパスと落ち合っていた。
あいつ等ーーー絶対しばく!
きっと、彼等がこれまでに話した内容は、殆どが嘘ーー!人身売買は勿論、アレン様が私と、隣の部屋を望まないと言ったのも嘘!おかしいと思ったんです!私がアレン様の隣の部屋に移りたいと言ったら、アレン様はすぐに応じて下さった。きっと初めから、部屋を離せなんて命じていない!あの人達が勝手に決めたこと!
私のようにボロボロの屋敷を見ても逃げ出さなかった、これまでの歴代の奥様や使用人達にも、何かしらの嘘をついて逃げ出すように仕向けた。
『アレン様が、料理の味が気に食わないと、その手を切り落とそうとしています』
『アレン様が、妻としての魅力が無いからと、貴女の命を奪おうとしています』
そうして逃げ出した人達が、命からがら、アレン様から逃げてきたと発言してーーーアレン様のありもしない悪評が広がる。
今考えれば、アレン様と中々出会わなかったのも、クレパスやサザンカが仕組んでいたのかもしれない。アレン様が出掛ける時、帰ってくる時間に合わせて、私に声を掛けて、玄関付近に近付けさせないようにしていた。
人が少ない事を免罪符に、適当に仕事して楽してお金を稼げ、更には、名のあるラドリエル公爵の執事とメイドとしての立場を得ていたクレパスとサザンカ。だけど私が新しくアレン様の妻になり、ラドリエル公爵邸を正常化したことで、自分達の無能さが露呈し、立場を追いやられることになった。
あの人達にとって、私がアレン様に怯えないことが、一番の予想外だったでしょうね。
今までは全てが貴方達の思惑通りにいっていたかもしれないけど、私がアレン様の妻になったからには、そんなこと、絶対に許さない!
「私が心を読めて残念でしたねーー絶対、後悔させてあげるから」
私は仕事をサボっていちゃついているクレパスとサザンカを窓から睨み付けた。
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