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22話 王子様の専属侍女

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「遅れてごめんね、キアナ」

「いえ……何度も助けて頂いて……ありがとうございます」

 茫然自失となっているマックスをそのまま騎士の専門棟へ返却した後、バケツの水で汚れた私は、フィン殿下のご好意に甘えて体を綺麗にし、新品の制服も用意して頂いた。

「フォンク伯爵家……ここはミルドレッド侯爵家と繋がりがあってね。前ミルドレッド侯爵――ミルドレッド侯爵令嬢の祖父に恩義があるらしく、ミルドレッド侯爵令嬢からの頼みを断りきれず、下級メイドの推薦をしてしまったと、今日報告があったよ」

 ……偉大なるお爺様の力をこんなくだらない事で使って、アシュリーお嬢様は何がしたいの……?

「その所為でキアナの危機の対応が遅れてしまって……今度から君に護衛の騎士でもつけようかな?」

「えっと……お断り致します」

 そんなこと笑顔で言わないでくれませんか……?ただの男爵令嬢の王宮侍女が、王宮内で護衛の騎士なんて付けてたら目立ち過ぎます!

「そう?でもエメラルド公爵は賛成してくれると思うけどな」

 エメラルド公爵様は賛成……しそうで怖い。とても腕っぷしの良い優秀な騎士を派遣しそうでもっと怖い……!

「ヴィクター男爵令息……キアナの幼馴染で、マックスだっけ?ミルドレッド侯爵令嬢に随分、惚れ込んでるんだね」

「……はい」

 マックスは今、アシュリーお嬢様に恋をしていて、それはそれは盲目的に彼女を愛している。
 彼女の言う事は全て正しくて、マックスの中のキアナは、大切な恋人を虐める悪役令嬢に成り下がり、自分はか弱い恋人を悪役令嬢から守る騎士となった。
 私を見る友好的だった温かだった瞳は……敵意を向ける、冷たい瞳になった。

「あんな女に騙されるなんて、彼は女を見る目が無いな」

 私が知る限り、マックスにアシュリーお嬢様以外、女の影を感じたことは無い。いつも騎士になるのに必死で、鍛錬ばかりを繰り返していた。女っ気無しで育ったマックスは、初めての恋にのめり込んでいるように見える。

「エメラルド公爵から彼の話は聞いた事があるよ。『マックスは真面目で優秀な男で、将来、騎士団を背負っていく男になる』と、珍しくエメラルド公爵が褒めていた相手だけど――」

「……そうですか」

 幼い頃から、マックスが努力していたのを知っている。
 素直に応援していたあの頃と比べると、複雑ではあるけど……彼の努力が実った結果なら、喜ばしいことだと思う。

「――けど、今の評価はどうだろうね」

「……それは……どういう意味ですか?」

 私の問いには答えず、フィン殿下はただ、満面の笑みを浮かべた。
 その質問に答えるつもりはない……ですか。無理に聞き出すつもりは無いので、これ以上はこちらも聞かない。

「あ!いけない……!私、そろそろ仕事に戻ります!本当にありがとうございました、フィン殿下!」

 下級メイドに絡まれ、マックスに絡まれ、汚れた体や衣服を綺麗にするのでも大分、仕事に穴を空けてしまった。これ以上、フィン殿下とお話をしている場合では無い!戻ったらすぐに皆様に謝罪して、仕事に取り掛からなきゃ……!

「今日は戻らない方が良いかもしれないよ?」

「そういう訳にはいきません……!前回も仕事を休んでしまったのですから、今回はきちんと挽回しなくては……!」

「多分、キアナが僕のお気に入りだって噂が流れてる最中だと思うけど――」

「…………え?」

 お気に入り?私が?フィン殿下の?今はまだ男爵令嬢で、婚約の発表もしていないのに?

「ど、どうしてですか!?」

「どうもこうも……結構大々的にキアナを助けちゃったからね。身分違いの男爵令嬢が、婚約者を中々作らなかった第二王子の心を射止めた。なんて、玉の輿のシンデレラストーリーは噂の的には丁度良いよね」

 フォンク伯爵からミルドレッド侯爵令嬢に頼まれ、下級メイドの推薦をしたと報告を受け、侍女達からキアナが騎士に絡まれていると話を聞き、誰にも止める隙を与えず、一目散に駆け付けた。

 ――いち王宮侍女を助けに、公務の一環である侯爵夫妻との面会を後回しにしてまで、第二王子殿下が自ら足を運んだ――

 その様子は、後を追ってきた侍従達だけでなく、後回しにされた侯爵夫妻、追い出された下級メイド、騎士のマックス、その他にも目撃されている。

「特にあのお喋り好きの侯爵夫人に見られたなら、一ヶ月後には国中に広まってると思うな。ああ、侯爵夫妻にはきちんと謝罪してあるから安心して」

「……」

 ――絶句とはまさにこの事。いえ、どうせ婚約するので、いいんですけど……!ですけど、注目度が跳ね上がっている気がするのですが……!

「ごめんね、キアナ……助けなきゃって思って、つい体が動いちゃって……」

「!あ……いえ、その……謝らないで下さい……」

 フィン殿下が私を助けようと必死で駆け付けてくれたことは知っている。だから、それを責める気はない。そもそもが、私が何度も絡まれている所為ですし……。

「きっと、この話はミルドレッド侯爵令嬢にも伝わると思う。躍起になった彼女が何をしでかすか分からないから、王宮内でも出来るだけ一人にならないように」

「……はい」

「だから、暫くの間、特別に僕の専属侍女にでもなろうか?」

「……はい……って、はい!?え、無理です!フィン殿下には、優秀な侍従がついておられるじゃないですか!」

 そもそも、侍女は王子につくものじゃ無いし……!たまに人手不足で駆り出されたりするとは聞きますけど、それも補佐的な役割と聞いていますし……!

「その人手不足の名目でキアナを貸し出すよう、筆頭侍女にはもう許可を取ったから安心して」

 ……それって……益々噂が加速してしまう気がするのですが……!

「ごめんね、本当は僕達が本気になれば、ミルドレッド侯爵令嬢を王宮に立ち入り禁止にするのは容易いんだけど……あえて、警告に留めて、彼女に好き勝手にさせてるんだ」

「!……それは……ミルドレッド侯爵家の権力を弱めるためですか?」

「正解。理解が早くて助かるよ」

 ミルドレッド侯爵家はこの国で強い権力を持つ貴族の一つだ。このままでは、王宮で彼女を止めることは出来ても、彼女の家より弱い家を守る術がない。
 だからこそあえて問題を起こさせ、失脚を誘っている。

「平民にも横柄な態度を取っていると聞いているからね。出来れば、ミルドレッド侯爵家の所有する領地・権利の剥奪、爵位も廃位――降爵させたいところだけど……少なくとも、ミルドレッド侯爵家の影響力を落とせればと思ってるよ」

 フィル殿下……本当に迷惑されているのですね……本音が出ていますよ。
 それにしても……アシュリーお嬢様はどれだけ皆様に迷惑をおかけしているのですか……確か前ミルドレッド侯爵様が亡くなってまだ数年と経っていないはずですけど……

「前宰相には僕もお世話になっていたから、彼の生家であるミルドレッド侯爵家を追い詰めるのは心苦しくもあるんだけどね」

「フィル殿下……」

 一・二年で偉大なる祖父の功績にここまで泥を塗れるのが悲しいところです。

「そういうわけで、キアナには迷惑をかけてしまうけど、ごめんね。君に危害が及ばないよう、細心の注意を払えとエメラルド公爵からも再三言われているから、安心して守られて」

「……は、はい……そういうことでしたら……」

 ハッキリと明言はされませんでしたが、言うなれば私は囮のようなものでしょう。
 アシュリーお嬢様が恋焦がれる運命の王子様フィル殿下に、お気に入りの侍女が出来、自分がなりたかった特別な専属侍女にまでなった。それが、自分が今まで虐げていた私だなんて、アシュリーお嬢様には耐え難いことでしょう。

(……アシュリーお嬢様には……申し訳ありませんが、恨みがあります……)

 お世話になった覚えは無い。
 虐げられていたのは私で、その罪を全て私の所為にして、コンスタンス男爵家にまで被害を及ぼそうとした。許せないと……思った。

(……マックスのことも……)

 彼に嘘を吹き込み、私を悪者に仕立て上げた。
 最終的に、私では無くアシュリーお嬢様の主張を全て信じたマックスは……もう、私の好きだったマックスはいなくなったのだ――

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