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19話 ヒロインの願い
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アシュリーが帰宅したミルドレッド侯爵邸からは、大きな物が割れる音と、金切り声が響き渡った。
「何なの……!何で、キアナごときが、私の邪魔するのよ……!?」
アシュリーの脳内には、今日、王宮で起きたキアナとフィン殿下とのやり取りが駆け巡った。
自分が働きたかった場所に、何食わぬ顔でいるキアナ。大好きな運命の王子様に守られるキアナ。まるで自分が、キアナを虐める悪役令嬢のような立場!
全てが気に食わない。
「貧乏男爵令嬢が何で王宮で働けるの……!?私は駄目だったのに……!」
数ヶ月前、急に王宮への立ち入り禁止を言い渡され、フィン殿下に会えなくなった。
まるで、愛し合う二人を引き裂く障害……これがフィン殿下の意思で無いことは、私にはちゃんと分かっていた。だから、私はフィン殿下との愛を貫くために、王宮勤めを決意した。特別にフィン殿下専属の侍女になって、結婚前の甘ーい王宮生活を楽しむのも素敵!なんて思っていたら、それも駄目だと言われた。
婚約者にもなれず、専属侍女にもなれず、王宮にも入れないなんて……神様はどうして私に試練ばかり与えるの?なんて思っていたら、よりによってキアナが王宮で働き出した!
あそこで働くのに相応しいのは私の方なのに!
(王宮で働けるのも、フィン殿下に守られるべきなのも私の方なのに!)
悪役令嬢に虐められる可哀想なヒロインを、フィン殿下が守ってくれる!それが正しい道筋なのに!
こんなに可愛くて、健気で、一途にフィン殿下を想い続けている私こそが、ヒロインなの!ヒロインに相応しいの!キアナじゃない!
「お父様はまだ忙しいみたいで話が出来ないし……!悪役令嬢を放置してたら、ヒロインにこんなに酷いことをするなんて……!」
コンスタンス男爵家をめちゃくちゃにすれば、すぐにキアナは負けを認めるはずなのに、それが出来ないでいるから、調子に乗っているのね……!
「折角、王宮にはいれて、フィン殿下にお会い出来たのに……!」
だから、わざわざ王宮にはいる用事を作るために、都合のいいマックスを用意したのに、それも駄目だと、王宮から通達があった!
「もー、せっかく飼い慣らしたのに……」
マックスはただの男爵令息だが、若くして王宮騎士になった、将来の有望株であることは間違いない。だからこそ、自分のかりそめの相手にも選んだ。
(もういらないかな、マックス……でも、王宮での様子を教えてくれるし、騎士団のことも教えてくれるし……まだ何かしらに使えるかな)
キアナの想い人であることは、マックス様との会話の中で知った。鈍いマックスは、キアナの想いに全く気付いていなかった――余計に面白くなって、マックスを飼い慣らそうと思った。
マックスの名前を出した時の、キアナの表情が歪むのを見るのは、とても快感だった。
「……そうよね、これもヒロインの試練よね!悪役令嬢の妨害を乗り越えた先に、フィン殿下との恋が成就するの!」
一目見た時から、フィン殿下に恋焦がれた。
遡れば、おじい様にも、フィン殿下と結婚したいと、フィン殿下の婚約者になりたいとお願いしていた。
おじい様には、『フィン殿下に相応しい女性になるよう努力しなさい』と言われた。だから私は努力して、フィン殿下に相応しい、か弱いヒロインになった!
「ああ……早くフィン殿下と結ばれたい……!フィン殿下……大好きです……!」
久しぶりに会ったフィン殿下も格好良かった。
私を見つめる目は、私を好きだと、愛していると物語っていた。
(マックスとの三角関係も良いかも……私を二人して取り合うの!騎士と王子様……素敵!二人に愛されて、私のために喧嘩しないで!なんて、言っちゃうの!)
妄想が膨らむアシュリー。
アシュリーはめちゃくちゃになった部屋の窓から、夜空を見上げた。
生憎の曇り空で、星は一つも見えない。
「ああ……綺麗な星空……この景色を、マックスとフィン殿下も見ているのかしら……」
星一つ見えない夜空を見上げながら、アシュリーは恍惚とした表情で、呟いた。
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