貧乏男爵令嬢のシンデレラストーリー

光子

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9話 私がヒロインです

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 ***



 ミルドレッド侯爵邸―――。


「え?キアナに……コンスタンス男爵家に、慰謝料を払うように求めたのか?」

 マックスは上半身裸のまま、薄いネグリジェ姿でベッドに寝転ぶアシュリーに声をかけた。

「ええ。だって、凄く辛かったんですもの」

「……そこまでする必要は無かったんじゃないか?もうキアナも、君に近付いたりはしないだろうし」

 ヴィクター男爵令息であるマックスは、家ぐるみでコンスタンス男爵家と付き合いがあった。
 昔から良くしてくれたコンスタンス男爵おじさんコンスタンス男爵夫人おばさん、特にコンスタンス男爵令息であるモーリスは、自分を兄のように慕ってくれていた。

(キアナのしたことは許されることでは無いが……それでコンスタンス男爵家にまで被害が及ぶのは……)

 コンスタンス領が不作続きで財政難に陥っているのは知っている。そこに慰謝料の請求がくれば……おじさんとおばさんは心から優しい人だ。キアナにいくら非があっても、自分達が代わりにお金を出しかねない。

「マックス……酷いよ」
「え?!ご、ごめんアシュリー!アシュリーを傷付ける気は無かったんだ!」

 マックスは慌ててアシュリーに駆け寄ると、目に浮かべた涙を指で拭った。

「私だって……本当はこんな酷いこと、したくないんです。でも、私がしなきゃ……!キアナは、いつまでも反省することが出来ないじゃない……!」

「アシュリー……」

「マックスがコンスタンス男爵家を心配しているのは分かります。でも、ここでキアナを甘やかすコンスタンス男爵様にも、非があるのではないでしょうか?娘を甘やかすことだけが、父親の役目ですか?娘が間違ったことをした時に正しい道に戻してあげることが、本当の優しさではないでしょうか?」

 自分は父親に際限なく甘やかされているにも関わらず、アシュリーはもっともらしいこと述べた。

「……それは……そうだな」

(アシュリーの言い分はもっともだ。娘だからと甘やかし、キアナの罪を咎めず、ただ慰謝料を肩代わりするなんて……良くない)

「本当に娘の為を思うなら、勘当して家を追い出したり、修道院に送ったり……色々、対策が取れると思うんです。私だって、そうして下されば、慰謝料を求めたりしません」

(家を追い出す……修道院に送る……キアナを……)

 脳裏にふと、幼い頃にキアナと過ごした光景が浮かんだ。
 あの頃のキアナはまだ、誰かを虐めたり、物を盗んだりするような子じゃなかったのにーー。

「お願いマックス……マックスにだけは、理解して欲しいんです」

 アシュリーはそう言うと、マックスの首に手を回し、口付けを交わした。

「……はぁ、マックス……」

「アシュリー……君はなんて可愛らしいんだ。分かったよ、僕が間違っていた。君を虐めた者には、相応の罰を与えるべきだ。きちんと反省してもらわないとな」

 それでコンスタンス男爵家が没落しようと……自業自得だ。

「分かってくれて嬉しい……!ありがとうございます、マックス」

 そのまま二人は、口付けを交わしながら、ベッドへとなだれ込んだ。
 このまま恋人同士の熱い時間が始まる―――と思いきや、良い所で、アシュリーの部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「……なぁに?」

 一旦動きを中断し、部屋の外にいる侍女に用件を尋ねるアシュリー。

「お楽しみのところ失礼します。コンスタンス男爵家より、アシュリーお嬢様宛にお手紙が届いております」

「!本当?」

 アシュリーは嬉しそうにベッドから飛び起きると、扉を開け、侍女から手紙を受け取った。
 アシュリーはここ数日、手紙の返事が届くのが楽しみで仕方無かった。
 慰謝料を払おうが払うまいが、キアナが家から追い出されても追い出されなくても、どちらでも良い。ただ、キアナが苦しめばそれで良かった。
 別にキアナに何かされたワケじゃない。恨みがあるワケでもない。ただ、暇つぶしに貧乏令嬢の相手をしてあげている。そんな感覚だった。

「なんて書いてあるんでしょう」

 ワクワクしながら、アシュリーは手紙の封を開けた。


『アシュリー=ミルドレッド様


 お手紙拝読しました。
 ですが、アシュリー様の仰っていることは、全てでたらめです。我が娘キアナは、人様の物を盗んだり、虐めをするような人間ではございません。事実無根でございます。よって、コンスタンス男爵家は慰謝料の支払いを拒否します。
 また、娘に無実の罪を着せ、名誉を傷付け、不当に解雇したアシュリー様に対して、慰謝料を請求致します。


 どうか罪を認め、謝罪し、罪を償い下さい。


 コンスタンス男爵』



「――は、あ?」

 書いている手紙の内容は、アシュリーが思い描いていたものとは、180度違った。

(キアナのクセに……私に逆らうの?)


「アシュリー?」

「……マックス、私、とても悲しいです……!どうして……どうして、こんなこと言われなきゃいけないの?私……折角、キアナに反省のチャンスを上げたのに!」

 アシュリーは目に涙を浮かべながら、心配で様子を見に来たマックスの胸に飛び込んだ。

「これは……」

「グスッ、残念です。まさかコンスタント男爵が、娘を溺愛するあまり、娘の罪をお認めにならない方だったなんて……」

「おじさんがこんな――」

 マックスは手紙の内容が信じられず、もう一度、手紙を読み返した。だが、書いている内容は変わらない。

「うぅ……酷い……私……キアナが反省するようにって……心を鬼にしたのに……それなのに、こんなに酷い事を言われるなんて……」

「アシュリー……」

 涙を流し悲しむアシュリーを、マックスは慰めるように抱き締め、頭を撫でた。


(――ふふ、とっても面白い――)

 マックスの胸の中、アシュリーは気付かれないように微笑んだ。

 貧乏男爵家が自分に逆らったところで、適うはずが無いのは、明白。例え、キアナが無実だったとしても、侯爵令嬢である私が罪だと言えば、それは有罪になる。どうせ有罪になるなら、最初から素直に罪を認めて、アシュリーお嬢様を虐めていたのは私ですと認めていれば良かったのに。
 全部、キアナが悪い。

(キアナ如きに反抗されるなんて……これって、正真正銘、虐めですよね?私、キアナなんかに虐められてるのね!ああ……私ってなんて可哀想なの……!)

 アシュリーはまるで、自分が本当にキアナに虐められているかのような感覚になった。
 キアナに虐められている自分は可哀想。悪役令嬢に虐められる可哀想なヒロインは私。ヒロインは、勇気を出して悪役令嬢に立ち向かい、打ち勝つ。それが、物語の筋書き。

「このままコンスタンス男爵家を野放しにしておけば、また、キアナは他の誰かを虐めるかもしれません……私は、それを見逃すことは出来ません……私……お父様にこの件をお話してきます!」

 涙を浮かべたまま、アシュリーはマックスの胸の中から顔を上げた。
 その表情は、まるで勇気を出して、悪役令嬢に立ち向かおうと決めたヒロインのよう。

「アシュリー……」

「心配なさらないで下さい。お父様の手にかかれば、なんて敵ではありません」

「え……」

「だって、男爵家ですよ?貴族の中の底辺……侯爵家に逆らっていいはずありませんよね?」

「……あ……っと、僕も一応、ヴィクター令息…なんだけど…」

「やだ、勿論、マックスは別ですよ!同じ男爵令息でも、マックスは若くして王宮騎士になるような、将来有望な人じゃない!本当に凄いです……!マックスみたいな人が傍にいてくれて、私はとても、心強いんです。貴方がいるから……キアナにも立ち向かえます」

「そ、そうか、良かった……それにしても、アシュリー……!なんて君は健気で可愛い人なんだ」

 マックスはそう言うと、アシュリーの肩を抱きながら、何度目かの口付けを交わした。
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