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9話 私がヒロインです
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ミルドレッド侯爵邸―――。
「え?キアナに……コンスタンス男爵家に、慰謝料を払うように求めたのか?」
マックスは上半身裸のまま、薄いネグリジェ姿でベッドに寝転ぶアシュリーに声をかけた。
「ええ。だって、凄く辛かったんですもの」
「……そこまでする必要は無かったんじゃないか?もうキアナも、君に近付いたりはしないだろうし」
ヴィクター男爵令息であるマックスは、家ぐるみでコンスタンス男爵家と付き合いがあった。
昔から良くしてくれたコンスタンス男爵にコンスタンス男爵夫人、特にコンスタンス男爵令息であるモーリスは、自分を兄のように慕ってくれていた。
(キアナのしたことは許されることでは無いが……それでコンスタンス男爵家にまで被害が及ぶのは……)
コンスタンス領が不作続きで財政難に陥っているのは知っている。そこに慰謝料の請求がくれば……おじさんとおばさんは心から優しい人だ。キアナにいくら非があっても、自分達が代わりにお金を出しかねない。
「マックス……酷いよ」
「え?!ご、ごめんアシュリー!アシュリーを傷付ける気は無かったんだ!」
マックスは慌ててアシュリーに駆け寄ると、目に浮かべた涙を指で拭った。
「私だって……本当はこんな酷いこと、したくないんです。でも、私がしなきゃ……!キアナは、いつまでも反省することが出来ないじゃない……!」
「アシュリー……」
「マックスがコンスタンス男爵家を心配しているのは分かります。でも、ここでキアナを甘やかすコンスタンス男爵様にも、非があるのではないでしょうか?娘を甘やかすことだけが、父親の役目ですか?娘が間違ったことをした時に正しい道に戻してあげることが、本当の優しさではないでしょうか?」
自分は父親に際限なく甘やかされているにも関わらず、アシュリーはもっともらしいこと述べた。
「……それは……そうだな」
(アシュリーの言い分はもっともだ。娘だからと甘やかし、キアナの罪を咎めず、ただ慰謝料を肩代わりするなんて……良くない)
「本当に娘の為を思うなら、勘当して家を追い出したり、修道院に送ったり……色々、対策が取れると思うんです。私だって、そうして下されば、慰謝料を求めたりしません」
(家を追い出す……修道院に送る……キアナを……)
脳裏にふと、幼い頃にキアナと過ごした光景が浮かんだ。
あの頃のキアナはまだ、誰かを虐めたり、物を盗んだりするような子じゃなかったのにーー。
「お願いマックス……マックスにだけは、理解して欲しいんです」
アシュリーはそう言うと、マックスの首に手を回し、口付けを交わした。
「……はぁ、マックス……」
「アシュリー……君はなんて可愛らしいんだ。分かったよ、僕が間違っていた。君を虐めた者には、相応の罰を与えるべきだ。きちんと反省してもらわないとな」
それでコンスタンス男爵家が没落しようと……自業自得だ。
「分かってくれて嬉しい……!ありがとうございます、マックス」
そのまま二人は、口付けを交わしながら、ベッドへとなだれ込んだ。
このまま恋人同士の熱い時間が始まる―――と思いきや、良い所で、アシュリーの部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「……なぁに?」
一旦動きを中断し、部屋の外にいる侍女に用件を尋ねるアシュリー。
「お楽しみのところ失礼します。コンスタンス男爵家より、アシュリーお嬢様宛にお手紙が届いております」
「!本当?」
アシュリーは嬉しそうにベッドから飛び起きると、扉を開け、侍女から手紙を受け取った。
アシュリーはここ数日、手紙の返事が届くのが楽しみで仕方無かった。
慰謝料を払おうが払うまいが、キアナが家から追い出されても追い出されなくても、どちらでも良い。ただ、キアナが苦しめばそれで良かった。
別にキアナに何かされたワケじゃない。恨みがあるワケでもない。ただ、暇つぶしに貧乏令嬢の相手をしてあげている。そんな感覚だった。
「なんて書いてあるんでしょう」
ワクワクしながら、アシュリーは手紙の封を開けた。
『アシュリー=ミルドレッド様
お手紙拝読しました。
ですが、アシュリー様の仰っていることは、全てでたらめです。我が娘キアナは、人様の物を盗んだり、虐めをするような人間ではございません。事実無根でございます。よって、コンスタンス男爵家は慰謝料の支払いを拒否します。
また、娘に無実の罪を着せ、名誉を傷付け、不当に解雇したアシュリー様に対して、慰謝料を請求致します。
どうか罪を認め、謝罪し、罪を償い下さい。
コンスタンス男爵』
「――は、あ?」
書いている手紙の内容は、アシュリーが思い描いていたものとは、180度違った。
(キアナのクセに……私に逆らうの?)
「アシュリー?」
「……マックス、私、とても悲しいです……!どうして……どうして、こんなこと言われなきゃいけないの?私……折角、キアナに反省のチャンスを上げたのに!」
アシュリーは目に涙を浮かべながら、心配で様子を見に来たマックスの胸に飛び込んだ。
「これは……」
「グスッ、残念です。まさかコンスタント男爵が、娘を溺愛するあまり、娘の罪をお認めにならない方だったなんて……」
「おじさんがこんな――」
マックスは手紙の内容が信じられず、もう一度、手紙を読み返した。だが、書いている内容は変わらない。
「うぅ……酷い……私……キアナが反省するようにって……心を鬼にしたのに……それなのに、こんなに酷い事を言われるなんて……」
「アシュリー……」
涙を流し悲しむアシュリーを、マックスは慰めるように抱き締め、頭を撫でた。
(――ふふ、とっても面白い――)
マックスの胸の中、アシュリーは気付かれないように微笑んだ。
貧乏男爵家が自分に逆らったところで、適うはずが無いのは、明白。例え、キアナが無実だったとしても、侯爵令嬢である私が罪だと言えば、それは有罪になる。どうせ有罪になるなら、最初から素直に罪を認めて、アシュリーお嬢様を虐めていたのは私ですと認めていれば良かったのに。
全部、キアナが悪い。
(キアナ如きに反抗されるなんて……これって、正真正銘、虐めですよね?私、キアナなんかに虐められてるのね!ああ……私ってなんて可哀想なの……!)
アシュリーはまるで、自分が本当にキアナに虐められているかのような感覚になった。
キアナに虐められている自分は可哀想。悪役令嬢に虐められる可哀想なヒロインは私。ヒロインは、勇気を出して悪役令嬢に立ち向かい、打ち勝つ。それが、物語の筋書き。
「このままコンスタンス男爵家を野放しにしておけば、また、キアナは他の誰かを虐めるかもしれません……私は、それを見逃すことは出来ません……私……お父様にこの件をお話してきます!」
涙を浮かべたまま、アシュリーはマックスの胸の中から顔を上げた。
その表情は、まるで勇気を出して、悪役令嬢に立ち向かおうと決めたヒロインのよう。
「アシュリー……」
「心配なさらないで下さい。お父様の手にかかれば、たかが男爵家なんて敵ではありません」
「え……」
「だって、男爵家ですよ?貴族の中の底辺……侯爵家に逆らっていいはずありませんよね?」
「……あ……っと、僕も一応、ヴィクター男爵令息…なんだけど…」
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「そ、そうか、良かった……それにしても、アシュリー……!なんて君は健気で可愛い人なんだ」
マックスはそう言うと、アシュリーの肩を抱きながら、何度目かの口付けを交わした。
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