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7話 現実に引き戻された手紙

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 *****


 私がエメラルド公爵様……父様と再会して、一週間が過ぎた。
 今日は私が、エメラルド公爵様の元に行く日。

「義姉様……寂しいよぉ」

 私の可愛い義弟が、離さないと言わんばかりに、ギュッと私を抱き締めた。

「また顔を見に来るわ、モーリス」
「絶対だからね!約束だよ!」

 早速、エメラルド公爵様はモーリスの為に良い薬を用意して下さり、モーリスの体調は安定した。
 ベッドから一歩も出れない日と比べれば、凄い回復よね……良かった。

「エメラルド公爵様と仲良くするんだよ」
「体調には気をつけてね」

「はい……お義父様、お義母様、今まで……本当にありがとうございました」

 血の繋がりの無い私を、本当の娘のように優しく接し、時に厳しく躾てくれたお義母様とお義父様。家は貧乏だったかもしれないけど、私はずっと、温かな家族に囲まれて、幸せだった。

「あれ?あれだけ泣いたのに……おかしいな」

 この一週間、別れを悲しみ、昼夜問わず色々な場所で泣き続けたのに、まだ涙が溢れる。

「キアナ……ここはいつまでも貴女の第二の家よ。いつでも、帰ってきていいんだからね」

「キアナが幸せでいることが、私達の幸せだよ」

「お義母様……!お義父様……!モーリス……!」

 お義父様、お義母様、モーリス……三人は私を優しく、包み込むように抱き締めてくれた。

 私を家族にしてくれたこと……本当に、嬉しかった……!例えエメラルド公爵様のもとに行っても、私はずっと、三人をかけがえのない大切な家族だと思ってる。
 だから皆も――どうか、幸せに――



 トントンッ。

「――失礼します」

 ノックの音が聞こえ、扉が開いた。
 扉を開けて応接室の中に入ってきたのは、エメラルド公爵様が用意して下さった侍女。
 おかげさまで、コンスタンス男爵邸も掃除が行き届き、大分、綺麗になった。後日、家具も新調して下さるそうだ。至れり尽くせり過ぎて、お義父様はエメラルド公爵様に足を向けて寝られないと思う。

「キアナお嬢様にお手紙が届いております」
「私に?」

 何だろう……手紙を貰う相手に、心当たりが無い。社交界には全く顔を出していないし、仕事で忙しく、数少ない友人達も皆、疎遠になった。

 手紙を受け取り、差出人の名前を見て、夢心地だった気分が一気に、現実に引き戻された。

(アシュリーお嬢様……!どうして……!?)

「どうしたんだい?顔色が真っ青だよキアナ」

「……お義父様……」

 家族に心配をかけたくなかった私は、ミルドレッド侯爵家の侍女を辞めたこと、マックスと仲違いをしてしまったことは話したが、詳しいことは話さなかった。


『キアナ=コンスタンス様

 私、アシュリーは貴女に虐められ、深く傷付きました。よって、私は貴女に、精神的苦痛を受けた代償として、慰謝料を請求します。勿論、拒否権はありません。
 私を虐めたり、私の物を盗んだりしていたのは、私の家の者が証人です。言い逃れは出来ません。

 どうか、心を入れ替え、罪を償って下さいね。


 アシュリー=ミルドレッド』

 手紙には、女の子らしい可愛い文字で、そう記されていた。

 アシュリーお嬢様……私にいわれのない罪を着せ、不当に解雇した上に、さらに、慰謝料まで請求してくるなんて……!

「キアナ、これは一体、どういう事だい?ミルドレッド侯爵邸で何があったんだい?」

「……わた……し……は……」

「―――キアナ?」

「!エメラルド公爵様……!」

 予定より早く私を迎えに来たエメラルド公爵様は、私の顔を見るなり、ただ事では無いと思ったのか、険しい表情を浮かべて、足早にこちらに来た。

「何があった?」
「――っ!」

 怖い。
 もし、エメラルド公爵様が、アシュリーお嬢様の言い分を信じてしまったら?そんなことをする人間は私の娘ではないと、突き放されたら?
 幼馴染として長い時間を過ごして来たマックスですら、私よりもアシュリーお嬢様を信じてしまったのに――――つい先日再会した父様が、私を信じるはずない……!

 折角、父様と再会したのに……私……また、離れ離れになるの……

 悲しくて、自然と、頬を伝い涙が流れ落ちた。

「……その手紙が原因か?」

「……」

 隠し切ることは出来ない。私は素直に頷くと、アシュリーお嬢様からの手紙を、エメラルド公爵様に手渡した。

「……キアナ」
「……はい」

 私に向けられる視線に、私は顔を上げることが出来なかった。否定しないといけないのに……また、信じて貰えないのが怖い――!


「エレインが大切に育てた私達の娘が、キアナがそんなことをする子では無いと、私は信じている。だから、本当のことを話して欲しい」

「……エメラルド公爵様……!」

 私を……信じてくれた。侯爵令嬢のアシュリーお嬢様より、私を信じてくれる!その言葉に背中を押され、もう一度、真実を主張する勇気が出た。

「私は……虐めなんてしていません!アシュリーお嬢様の物を盗んだこともありません!」

「ああ」

「当然だよ、キアナがそんなことをするはずが無い」

「アシュリー様は嘘つきだ!義姉様はすっごく優しいのに、酷いよ!」

 エメラルド公爵様だけでなく、お義父様もモーリスもお義母様も、アシュリーお嬢様ではなく、私を信じてくれた。
 マックスに信じてもらえず、傷付いた心が……少しずつ、癒えていくのを感じた。

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