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4話 レイフ=エメラルド

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 ***


「……大きい馬車……」

 足取りが重く、もっと早くコンスタンス領に着くはずが、遅くなってしまった。
 その帰路の途中、普段、市街で見かけるよりもはるかに大きいサイズの馬車を目にし、自然と感想が漏れた。

 ここら辺では見掛けない馬車……凄く大きくて立派だけど、どこかの貴族の馬車かしら?うちの領にこんな立派な馬車を持ってる人なんていないから、とても目立ってるけど……。

 馬車の車体には、特定の貴族を示す紋章が記されていた。

(この紋章……まさか、エメラルド公爵家?!)

 エメラルド公爵――由緒正しい公爵家――その中でも、現エメラルド公爵は歴代最強と言われる、現王宮騎士団長!

 エメラルド公爵様の話は、マックスから何度も聞いたことがある……マックスはエメラルド公爵様に憧れて、騎士を目指した。
 会う度に最新のエメラルド公爵様の話をされるから、嫌でも覚えている。

 その美貌から実年齢より若く見えて、女性にモテモテだけど浮いた話一つなく、独身をつらぬいていて、幾つもの縁談を断り続けている騎士団一のモテ男。
 歴代最年少で王宮騎士団長に任命され、剣技にも優れ、魔法の才能も確かなその実力と、聡明な頭脳で騎士団をまとめる騎士達憧れの団長で、エメラルド公爵様に憧れる騎士達は後を絶たない。
 国王陛下とも幼い頃からの友人で、信頼されている。

『厳しくて笑顔一つ見せないけど、そこがまたクールで格好良いんだよなぁ』

 など、耳にタコが出来るくらい聞かされた。

(そんな方が……うちの領に何の用でしょう?)

 気にはなるが、たかが貧乏男爵令嬢が気安く話しかけていい相手ではない。きっと、用事の途中にでも立ち寄ったんだろうと思うことにし、少し歩くスピードを上げ、足を進めた。

「!」

 だが、急いで馬車を通り過ぎようと思っていたのに、急に、馬車の扉が開いた。

 うわ……マックスから聞いていた通り、すっごいイケメン……足長いし……顔も小さい……綺麗な――私と同じ、紫の瞳――この方が、レイフ=エメラルド公爵様!

 馬車から降りてきたエメラルド公爵様は、そのまま、私の前で足を止めた。

「君が……キアナか?」

「は、はい……!」

 名前を呼ばれただけなのに緊張が走る。え?何?どうして私の名前を知っているの?

「……君は、母親に良く似ているな」

「!母様を……ご存知なんですか?」

 エメラルド公爵様の口から出たのは、あまりにも思いも寄らない言葉で、耳を疑った。亡くなった私の実母を知る人は、私や義両親以外、会ったことが無い。
 エメラルド公爵様が……私の、母様と知り合い?

「……君は、母親から父親について、どの程度聞かされているんだ?」

「父……様?」

 どうしてエメラルド公爵様が私に父様のことをお尋ねになるの……?尋ねる意図は分からないが、別に隠してはいない。

「父様は……私が小さい頃に亡くなったと聞いています」

 母様は私を、女手一つで育ててくれた。でも、元から病弱だった母様は体を壊して病気になり、そのまま亡くなってしまった。
 そんな私を、今の家族が引き取ってくれた。

「あの……どうしてエメラルド公爵様が、私の両親のことを聞かれるのですか?私の両親は、エメラルド公爵様と何か関りがあるのでしょうか?」

 そんな話は母様から一度も聞いた覚えが無いけど……。

「それは……」

 エメラルド公爵様は私の問いにどう答えるべきなのか思案し、言葉を選んでいるように見えた。


「私が――君の本当の父親だ」
「……へ?」


 そうしてエメラルド公爵様が選んだ言葉は、ドっ直球の到底信じられないものだった。

 父親?エメラルド公爵様が?私の??え、何で?どういうこと?だって、私の本当の父様はもう死んでいるって……

「信じられないのも無理は無い。だが私はずっと、エレインを捜していた」

「!」

 エレインは、亡くなった母様の名前。
 母様の名前を知っているから、エメラルド公爵様が母様を知っているのは確かだけど……いきなり父親と言われても、信じられない……!

「……馬車に乗れ、とりあえず、コンスタンス男爵邸まで送ろう」

「……はい」

 私は頷くと、エメラルド公爵様にエスコートされ、馬車に乗り込んだ。

 ……こんな風に誰かにエスコートされるのも初めてなのに、まさか、エメラルド公爵様にされるなんて……まるで大切なものに触れるかのような、優しい手に、慈しむような優しい眼差し。どうしよう……私が本当にエメラルド公爵様の娘なんだと、勘違いしてしまいそう……。


「悪いが、君のことは調べさせてもらった。母親を……エレインを亡くし、彼女の遠い親戚にあたるコンスタンス男爵家の養女になっていること、生活が困窮し、ミルドレッド侯爵家に働きに出ていること」

「ミルドレッド侯爵家の侍女は本日付で辞めました」

「…そうか」

「……あの……母様を捜していたと言いましたよね?母様は、自分からエメラルド公爵様から離れたということですか?どうして、母様はエメラルド公爵様の元から姿を消したんですか?どうして母様は……父様が死んだなんて嘘を、私についたのでしょう?」

「……分からない……こちらが聞きたいくらいだ」

 エメラルド公爵様が見せた表情は痛々しいほど悲しくて、とても傷付いているのが分かった。
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