2 / 26
2話 貧乏男爵令嬢キアナ
しおりを挟む私の名前はキアナ=コンスタンス。
コンスタンス男爵の娘――正確には、義理の娘だ。私の本当の母親は、病気で亡くなった。
その後、今の義父が私を引き取り、育ててくれた。
ただでさえコンスタンス男爵家は貧乏で大変なのに、それでも私を引き取ってくれて、本当の娘のように育ててくれた。義父と義母には、感謝してもしきれない。私は義父と義母の力になりたくて、学校卒業後、すぐに働きに出た。
アシュリーお嬢様は、そんな私の就職先であるミルドレッド侯爵家のご令嬢だ。
「君がこんな人だと思わなかった――失望したよ」
そう言って私を冷たい目で睨み付けるこの人は、私が密かに想い続けていた私の幼馴染みであり、ヴィクター男爵令息のマックスだった。
私とマックスは、幼い頃から、家同士が同じ男爵家で仲が良く、私の家が貧乏でも変わらず、私に接してくれていた。
騎士を目指しひたむきに頑張る彼に恋焦がれ、その夢を叶え、見事騎士になった彼に、いつか気持ちを伝えられたと思いながら、幼馴染として良い関係を築いてきたつもりだった。
「もう金輪際、僕に話しかけないでくれ」
どうしてそんなことを言うの?貴方の隣にいる、アシュリーお嬢様が関係しているの?
どう見てもただの知り合いだとは思えないくらい、体が密着しているのは、何故?アシュリーお嬢様を後ろから守るように抱き締めているマックスの姿を見ると、胸がとても痛くて、苦しくなった。
「どうして……どうして、マックス?私……貴方に何かしてしまった?」
「何かしたじゃないだろう!アシュリーから話は聞いた!君は、アシュリーを虐めていたそうじゃないか!」
私がアシュリーお嬢様を虐めた?雇い主である主人の大切なご令嬢を?貴方は、私からアシュリーお嬢様を守っているの?
「私、そんなことしてない!」
「五月蠅い!アシュリーは君に虐められたと、僕に泣きながら訴えてきたんだぞ!」
そんな演技に、簡単に騙されるの?貴方に見えないように、私には見えるように、アシュリーお嬢様は面白そうに微笑んでいるのに?私との今までの関係は、何だったの?侯爵令嬢であるアシュリーお嬢様を親しげに呼び捨てで呼ぶのは、貴方とアシュリーお嬢様がいつの間にか、とても深い仲になってしまったからなの?
「もう君を信用出来ない。これからは僕が、アシュリーを守る!アシュリーにもう二度と近付くな!」
「そんっ!私、ここで働いているのに、そんなこと出来ないわよ!」
マックスがアシュリーお嬢様に何を吹き込まれたのかは知らないけど、私は、最愛の家族のために、働き口を失うわけにはいかない!
「卑しい女だな!この期に及んで、まだアシュリーを虐めようとするのか?!」
「私は虐めなんてしてない!」
「嘘をつくな!自分の家が貧乏な男爵家だからと、お金持ちの侯爵令嬢であるアシュリーが妬ましくなったんだろ!恥を知れ!」
(――酷い)
貴方だけは……そんな事を言わないと、思っていたのに!
「マックス、もう止めて下さい。私は大丈夫ですから……!」
目に涙を溜め、上目遣いで、マックスの胸元から声をかけるアシュリーお嬢様。
その姿はまるで、控えめで可憐な儚いヒロインで、そんなヒロインを守っている主人公がマックス、さしずめ私は、か弱いヒロインを虐める悪役令嬢。
アシュリーお嬢様はこちらを見ると、まるで可憐なヒロインが、勇気を振り絞って悪役令嬢を断罪するように、言葉を発した。
「キアナ……貴女を、今日付けで解雇します」
「ええ?!そんなっ!急に言われても困ります!」
「これはミルドレッド侯爵であるお父様も了承済みのことです!私はもう、キアナに虐められたりしません!私には、私を大切に思うお父様や、マックスが傍にいてくれるんだもの……!」
――まるで、私が本当にアシュリーお嬢様を虐めていたみたい。
二人して見つめ合うその視界に私は映っておらず、完全に二人だけの世界に入り込んでいる。
目の前で熱い口付けを交わしたのを見た時は、何かの猿芝居を見せられているような感覚になった。
「……アシュリー、君は僕が守るからね」
「はい……若くして王宮騎士になられたマックスに守ってもらえたら、私は何も怖くありません」
「……」
目の前で行われる劇をただ見ている自分が、酷く―――惨めに思えた。
「キアナ、今まで、私のために尽くしてくれたことには、感謝します」
一通りのラブロマンスが終わったあと、アシュリーお嬢様は思い出したように私に視線を向け、笑顔でそう告げた。
「アシュリー!君はなんて優しいんだ!自分を虐めていた相手に、そんな優しい言葉をかけるなんてーー!」
虐められていたのは、私の方なのに――
貧乏な男爵令嬢だと見下され、水を頭からかけられたり、服を切られたり、階段から突き落とされたり――――『ごめんねぇ?大丈夫、キアナ』と、悪気が無いフリをしながら、私を攻撃する。
私はずっと……お金のために、家族のために、耐えて働いてきたのに。
娘に激甘のミルドレッド侯爵様は、例えアシュリーお嬢様が間違っていようと、娘を優先する。
きっと、今回のことをミルドレッド侯爵様に訴えても、逆に娘を虐めた責任を取れ!と激高しかねない……。
「分かりました……今まで、大変お世話になりました」
私はミルドレッド侯爵邸の侍女が付ける帽子を外すと、そこら辺の机の上に置き、アシュリーお嬢様の部屋を出た。
そもそもこの修羅場は、アシュリーお嬢様の部屋の清掃に赴いた私が、部屋にいた二人と出くわしたことから始まった。物を盗まれたと泣いているアシュリーお嬢様を慰めていたマックスは、私を見るなり、睨み付けた。
……ずっと……好きだったのにな。
胸に秘めた片思いは、バラバラに砕け散った。
私が好きだったマックスは、もうどこにもいない――。
「……ううっ」
ミルドレッド侯爵邸を出たキアナは、一人、声を殺して、涙を流した。
402
お気に入りに追加
739
あなたにおすすめの小説
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね
江崎美彩
恋愛
王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。
幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。
「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」
ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう……
〜登場人物〜
ミンディ・ハーミング
元気が取り柄の伯爵令嬢。
幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。
ブライアン・ケイリー
ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。
天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。
ベリンダ・ケイリー
ブライアンの年子の妹。
ミンディとブライアンの良き理解者。
王太子殿下
婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。
『小説家になろう』にも投稿しています
悪役断罪?そもそも何かしましたか?
SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。
男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。
あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。
えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。
勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。
母の中で私の価値はゼロのまま、家の恥にしかならないと養子に出され、それを鵜呑みにした父に縁を切られたおかげで幸せになれました
珠宮さくら
恋愛
伯爵家に生まれたケイトリン・オールドリッチ。跡継ぎの兄と母に似ている妹。その2人が何をしても母は怒ることをしなかった。
なのに母に似ていないという理由で、ケイトリンは理不尽な目にあい続けていた。そんな日々に嫌気がさしたケイトリンは、兄妹を超えるために頑張るようになっていくのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる