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2話 貧乏男爵令嬢キアナ
しおりを挟む私の名前はキアナ=コンスタンス。
コンスタンス男爵の娘――正確には、義理の娘だ。私の本当の母親は、病気で亡くなった。
その後、今の義父が私を引き取り、育ててくれた。
ただでさえコンスタンス男爵家は貧乏で大変なのに、それでも私を引き取ってくれて、本当の娘のように育ててくれた。義父と義母には、感謝してもしきれない。私は義父と義母の力になりたくて、学校卒業後、すぐに働きに出た。
アシュリーお嬢様は、そんな私の就職先であるミルドレッド侯爵家のご令嬢だ。
「君がこんな人だと思わなかった――失望したよ」
そう言って私を冷たい目で睨み付けるこの人は、私が密かに想い続けていた私の幼馴染みであり、ヴィクター男爵令息のマックスだった。
私とマックスは、幼い頃から、家同士が同じ男爵家で仲が良く、私の家が貧乏でも変わらず、私に接してくれていた。
騎士を目指しひたむきに頑張る彼に恋焦がれ、その夢を叶え、見事騎士になった彼に、いつか気持ちを伝えられたと思いながら、幼馴染として良い関係を築いてきたつもりだった。
「もう金輪際、僕に話しかけないでくれ」
どうしてそんなことを言うの?貴方の隣にいる、アシュリーお嬢様が関係しているの?
どう見てもただの知り合いだとは思えないくらい、体が密着しているのは、何故?アシュリーお嬢様を後ろから守るように抱き締めているマックスの姿を見ると、胸がとても痛くて、苦しくなった。
「どうして……どうして、マックス?私……貴方に何かしてしまった?」
「何かしたじゃないだろう!アシュリーから話は聞いた!君は、アシュリーを虐めていたそうじゃないか!」
私がアシュリーお嬢様を虐めた?雇い主である主人の大切なご令嬢を?貴方は、私からアシュリーお嬢様を守っているの?
「私、そんなことしてない!」
「五月蠅い!アシュリーは君に虐められたと、僕に泣きながら訴えてきたんだぞ!」
そんな演技に、簡単に騙されるの?貴方に見えないように、私には見えるように、アシュリーお嬢様は面白そうに微笑んでいるのに?私との今までの関係は、何だったの?侯爵令嬢であるアシュリーお嬢様を親しげに呼び捨てで呼ぶのは、貴方とアシュリーお嬢様がいつの間にか、とても深い仲になってしまったからなの?
「もう君を信用出来ない。これからは僕が、アシュリーを守る!アシュリーにもう二度と近付くな!」
「そんっ!私、ここで働いているのに、そんなこと出来ないわよ!」
マックスがアシュリーお嬢様に何を吹き込まれたのかは知らないけど、私は、最愛の家族のために、働き口を失うわけにはいかない!
「卑しい女だな!この期に及んで、まだアシュリーを虐めようとするのか?!」
「私は虐めなんてしてない!」
「嘘をつくな!自分の家が貧乏な男爵家だからと、お金持ちの侯爵令嬢であるアシュリーが妬ましくなったんだろ!恥を知れ!」
(――酷い)
貴方だけは……そんな事を言わないと、思っていたのに!
「マックス、もう止めて下さい。私は大丈夫ですから……!」
目に涙を溜め、上目遣いで、マックスの胸元から声をかけるアシュリーお嬢様。
その姿はまるで、控えめで可憐な儚いヒロインで、そんなヒロインを守っている主人公がマックス、さしずめ私は、か弱いヒロインを虐める悪役令嬢。
アシュリーお嬢様はこちらを見ると、まるで可憐なヒロインが、勇気を振り絞って悪役令嬢を断罪するように、言葉を発した。
「キアナ……貴女を、今日付けで解雇します」
「ええ?!そんなっ!急に言われても困ります!」
「これはミルドレッド侯爵であるお父様も了承済みのことです!私はもう、キアナに虐められたりしません!私には、私を大切に思うお父様や、マックスが傍にいてくれるんだもの……!」
――まるで、私が本当にアシュリーお嬢様を虐めていたみたい。
二人して見つめ合うその視界に私は映っておらず、完全に二人だけの世界に入り込んでいる。
目の前で熱い口付けを交わしたのを見た時は、何かの猿芝居を見せられているような感覚になった。
「……アシュリー、君は僕が守るからね」
「はい……若くして王宮騎士になられたマックスに守ってもらえたら、私は何も怖くありません」
「……」
目の前で行われる劇をただ見ている自分が、酷く―――惨めに思えた。
「キアナ、今まで、私のために尽くしてくれたことには、感謝します」
一通りのラブロマンスが終わったあと、アシュリーお嬢様は思い出したように私に視線を向け、笑顔でそう告げた。
「アシュリー!君はなんて優しいんだ!自分を虐めていた相手に、そんな優しい言葉をかけるなんてーー!」
虐められていたのは、私の方なのに――
貧乏な男爵令嬢だと見下され、水を頭からかけられたり、服を切られたり、階段から突き落とされたり――――『ごめんねぇ?大丈夫、キアナ』と、悪気が無いフリをしながら、私を攻撃する。
私はずっと……お金のために、家族のために、耐えて働いてきたのに。
娘に激甘のミルドレッド侯爵様は、例えアシュリーお嬢様が間違っていようと、娘を優先する。
きっと、今回のことをミルドレッド侯爵様に訴えても、逆に娘を虐めた責任を取れ!と激高しかねない……。
「分かりました……今まで、大変お世話になりました」
私はミルドレッド侯爵邸の侍女が付ける帽子を外すと、そこら辺の机の上に置き、アシュリーお嬢様の部屋を出た。
そもそもこの修羅場は、アシュリーお嬢様の部屋の清掃に赴いた私が、部屋にいた二人と出くわしたことから始まった。物を盗まれたと泣いているアシュリーお嬢様を慰めていたマックスは、私を見るなり、睨み付けた。
……ずっと……好きだったのにな。
胸に秘めた片思いは、バラバラに砕け散った。
私が好きだったマックスは、もうどこにもいない――。
「……ううっ」
ミルドレッド侯爵邸を出たキアナは、一人、声を殺して、涙を流した。
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