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1話 プロローグ

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 私の家は、貧乏な男爵家だった。
 ツギハギだらけの服、履き潰した靴、穴の空いた靴下、一日一食しか出ない食事……でも、私は優しい義両親と、笑顔の可愛い義弟に囲まれて、幸せだった。


 ――――たとえ、家の為に働きに出ている勤め先で、どんな理不尽な目に合おうと、私は家族のために一生懸命働いていた。


「あはは。ごめんなさぁいキアナ。手が滑っちゃったの」

 ポタポタと滴り落ちる雫。
 私が仕えるミルドレッド侯爵家のご令嬢であるアシュリーお嬢様は、私の顔に、何をどう滑ったのか、コップに入った水をぶちまけた。

「怒りました?」
「……いえ、滅相もありません」
「本当にごめんなさい。キアナが怒っていなくて良かったぁ。あ、でもぉ、貧乏で働きにでるしかない男爵令嬢は、私に逆らってお金が貰えなくなったら大変ですから、怒りたくても怒れませんよね」

「……」

 貧乏でも、私は胸を張って生きていたし、こんな私の傍にいてくれる、大切な幼馴染のマックスもいた。
 彼は私を貧乏だからと見下さず、ずっと、私と仲良くしてくれていた。
 彼が騎士になった時には、一緒になって喜んだ。
 王宮の騎士になるのはとても名誉なことで、少し、手の届かない存在になったことを悲しくも思ったけど、彼が幸せになるなら応援しようと、例え、私の想いが届かなくても、幼馴染の友人でいれるなら、それでいいと思った。

 それなのに、彼は『キアナに虐められている』と言うアシュリーお嬢様の言い分を信じて、私を強く非難した。

「嘘をつくな!自分の家が貧乏な男爵家だからと、お金持ちの侯爵令嬢であるアシュリーが妬ましくなったんだろ!恥を知れ!」

 ……酷いよ、マックス。
 私と過ごして来た時間は一体なんだったの?私よりも、アシュリーお嬢様を信じるの?アシュリーお嬢様を……好きになったの?


 貧乏でも、不幸だと思ったことなんて無い。
 本当の両親を失い、孤独になった私を引き取ってくれた優しい義両親や義弟に囲まれて、私は幸せ。だけど……ほんの少しだけ、悔しいと……思ってしまった。

 あの人達を見返したい……誰か、助けて欲しい。なんて、思ってしまったの。



 まさかその願いが、現実に叶うとは思いもしなかったのに――




「ごきげんよう、アシュリーお嬢様……いえ、ミルドレッド侯爵令嬢、アシュリー様」

 ツギハギだらけの服、履き潰した靴、穴の空いた靴下とは違う、いかにも高級で綺麗なドレスは、私だけに作られた一点もの。シンデレラのガラスの靴のような光輝く靴に、身につけるのはどれも希少で珍しい宝石達で作られたアクセサリー。

 いつもと違う私の装いを見たアシュリー様は、目を丸くして、体を震わせていた。

「な……なんなんですか、その格好は……!どうして、キアナが……貴女なんて、ただの、貧乏男爵令嬢だったのに―――!」

 そうですね。以前までの私は、確かに貧乏男爵令嬢でした。
 お金の為に務めていたミルドレッド侯爵家では、私を貧乏男爵令嬢と見下し、陰湿な嫌がらせを沢山されたものです。アシュリーお嬢様にも、水を頭からかけられたり、熱湯をかけられそうになったり、服を切られたり……私の好きな人に、ありもしない話を吹き込んで、私から奪ったり。
 悪気が無いフリをしながら、私を攻撃する。

 確か、貧乏人は住む世界が違うんでしたっけ?身分の高い自分に従うのは当然とも言っていましたよね。
 その理屈で言うと、今度は貴女が私に従うべきですね。


「今日ここに、我が息子フィンと、エメラルド公爵令嬢キアナとの婚約を発表する!」

「嘘……フィン殿下と……婚約?!」


「キアナが公爵令嬢……!」

 私の昔の友人マックスに、私を散々見下していたアシュリーお嬢様。
 貧乏な男爵令嬢は、エメラルド公爵令嬢、そして、第二王子であるフィン殿下の婚約者になって、貴方達とは住む世界が違ってしまいました。
 どうぞ、私には二度と関わらないで下さい。

 そして――――罪を認め、心から反省して下さい。


 私はこのまま、華麗なシンデレラストーリーを歩んでいきます。
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