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25話 鼓動
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ジェイド様と離婚して、コルンに住んで、フォルク様のところでお世話になって、一度は、幸せになれないと思ったけど、帰る故郷も出来て、セントラル侯爵家の皆様に良くしてくれて、とても幸せ。
――嫌……助けて! 助けて!
「っ! はぁっはぁっ!」
汗が額から流れて、息も荒い。
「また……夢……」
それでも、悪夢は定期的に、私を襲った。
ジェイド様が私を連れ戻しに来て、また、あの地獄で、ミレイ様と一緒に、私をボロ雑巾のように扱う夢。
私がいないと知り、怒り任せに壊された家を見て、恐怖を覚えた。
ああ、ジェイド様は、私を諦めていないんだ。私をどんな目に合わせようとも、連れ戻そうとする気なんだ。
「……香草茶……」
セントラル侯爵邸で用意された私の部屋は、一階の隅にある使用人が使う小さな部屋で、私が自分で、ここが良いと望んだ。
ここからだと、すぐに厨房にも行けて便利。
大きな家は、コルンで生活していた時の家と違い、長い廊下を歩いて厨房まで行かないと香草茶を作れないんですよね。
悪夢を見た日は、ぐっすり眠れる香草茶作るのが通常だが、最近悪夢を見過ぎていて、少し、いつもとは違うことをしたくなった。
「風でも当たりに行こうかな」
ベッドから降り、白衣を羽織ると、私はお義母様の写真を持って、部屋の外に出た。
「んー、風が気持ちいい」
グイっと腕を上げて、伸びをする。
夜のセントラル侯爵邸の庭に来るのは初めてだけど、魔法のランプが灯っていて、何だか神秘的で綺麗。
アンシア様の容態が落ち着いたので、夜、アンシア様の様子を見に頻回に覗く必要も無くなったし、これでゆっくり眠れると思っていたら、今度は悪夢を見るようになった。
今までは一週間に一二回だったのに、今ではほぼ毎日、悪夢にうなされる。
(私って、自分が思っているより弱い人間なんだな)
あんな人達に怯える自分が、嫌になる。でも、私はただの市民で、相手は貴族。普通に立ち向かえる相手じゃない。もし、連れ戻されたらと思うと――――
「ソウカ?」
「!」
急に名前を呼ばれ、ビクリと体が反応する。
「驚かす気は無かったんだが……どうしたんだ? こんな時間に」
「フォルク様」
フォルク様の体からは、薬草の匂いがした。きっと、今の時間まで、庭の奥にある薬学の研究所で薬の調合をしていたのだろう。
「あ、いえ、ごめんなさい。眠れなくて、散歩をしていました」
フォルク様と会うのは、アンシア様の部屋で集まった時以来。あれから、フォルク様は復興中のコルンに出向いたり、コリー様に任せていた領主の業務、セントラル侯爵家の事業にと忙しくされ、中々お顔を拝見出来ずにいた。
「散歩? そうか……」
ジッとこちらを見つめるフォルク様に、何故だかドギマギしてしまう。
嘘はついていない、眠れなくて散歩は本当だもの。ただ、悪夢のことを黙ってるだけ。
「ソウカ、少しここで待っていてくれ」
「え?」
フォルク様は踵を返して、研究所に戻られた。
(な、何? 忘れ物? 忘れ物なら、どうして私に待てだなんて……)
考えてみても、答えは分からない。
「……お義母様、今日、アンシア様は勉強を始めたんですよ。偉いですよね」
体の調子が良い時間が増え、起き上がることが出来るようになったアンシア様は、自分の夢だった、兄のお手伝いをするための勉強を再開した。
机に座り、夢に向かい勉学に励む姿は、女の私から見ても格好良いと思った。
写真の中のお義母様に向かい、語り掛けるのは、悪夢を見た後の日課のようなもの。
「……お義母様にも、良いお薬を用意出来ていたら、もっと、楽に生きていけたのに……」
お義母様は私の薬を飲んでも、ベッドから起き上がるまで回復することは出来なかった。ずっとベッドの上、苦痛に苦しんで生きていた。
(私がもっと、お金を稼ぐことが出来ていたら――)
「ソウカ、お待たせ」
「これ……香草茶ですか?」
物思いにふけていたら、いつの間にか戻って来たフォルク様に、湯気の出ている、温かい香草茶が入ったコップを手渡された。
「そう、いつもはソウカが作ってくれるから、たまには私がお返しするよ」
「あ、ありがとうございます」
フォルク様に誘導されるがまま、庭にあるベンチに二人で並んで座ると、受け取った香草茶を一口、口に含んだ。
「美味しい……! この香草茶、何が入ってるんですか? 飲んだら凄く体が温かくなりました」
「睡眠が深くなる効果があるものと、リラックス効果、後は、太陽草を少し入れた」
「太陽草って、毒がある薬草じゃ……」
「毒を取り除く方法があるんだ。毒を取り除いて使えば、薬にもなる」
「そうなんですか!?」
初めて知る薬草の知識です! まさか太陽草が薬になるだなんて! それに、毒を取り除く方法も知らない!
「あの、今度お時間がある時に教えて頂きたいのですが」
「勿論。良かった、まだ私も、ソウカに教えられることがあるみたいだな」
「そ、そんなの当たり前じゃないですか」
名高い薬師のフォルク様と、まだ駆け出しの薬師の私を一緒にしないで欲しい。魔力病に関しては私の方が詳しいかもしれませんが、後のことについては、フォルク様の足元にも及びません。
「これで、ソウカが悪い夢を見なければいいが」
「! どうして……私が悪夢を見ていることを知っているんですか?」
悪夢を見ていることは、誰にも話していないのに。
「睡眠が不十分なのは顔を見たらすぐに分かったから、後は勘、だな」
流石は名高い薬師のフォルク様。上手く隠していたつもりなのに、体調の変化に気付くのはお手の物ですね。
「どんな夢か聞いても?」
「……地獄に落ちて苦しむような、ありきたりな夢ですよ」
私は、いつか故郷に戻りたいし、アンシア様の病気を、魔力病を治したい。立派な薬師になりたい。したいことが一杯あって、それを奪われることが、とても怖い。いつ、あの地獄に連れ戻されるか分からない、恐怖に駆られている。
(また、幸せを奪われると思うと……こんなにも怖い!)
「――――ソウカをクレオパス子爵に渡しはしないよ」
「フォルク様……」
「大丈夫、ちゃんと君を守るから、信じて欲しい」
優しく私の頭に触れる、温かい手。
フォルク様は私をジェイド様から助けてくれて、こうして、私をここに連れて来てくれた。
フォルク様は、いつも優しい。優しくて、頼りになって、とても素敵な人。
「……はい、ありがとうございます」
胸がドキドキと動悸がしたけど、これは仕方がないことだと思った。
フォルク様みたいな人にあんな風に言われたら、ドキドキしない方がおかしい。だからこれは、正常な反応なの。
残っていた香草茶を、一気に飲み干す。
フォルク様が作った香草茶は本当に美味しくて、優しい、温かな味がした。
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