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16話 魔力持ちの薬師
しおりを挟む「いいんだよソウカちゃん、ソウカちゃんはソウカちゃんさ。うちに優しくしてくれていたこと、忘れていないよ」
「ヒナギクさん……」
「全く、ちょっとソウカちゃんが平民落ちだと知ったくらいで騒いで、後で町の皆にはこっぴどく説教しといてやるから! 安心して、今はフォルク様のとこでお世話になりな」
「……っ! はい……はい、ありがとうございます」
私の頭を撫でる温かいヒナギクさんの手に、堪えていた涙は、頬を伝った。
「ソウカちゃんのこと、どうぞよろしくお願いします。フォルク様」
「ああ。責任を持ってお預かりする」
フォルク様に案内され、私はセントラル侯爵家が所有する馬車に乗り込み、ヒナギクさんは、そんな私に、一人で最後まで手を振り続けてくれた。
「ソウカ……」
「大丈夫です、嬉しかった。ヒナギクさんが、変わらないでいてくれたこと……」
拒絶されても仕方無いのに、最後まで温かい言葉で、お見送りまでしてくれた。
「フォルク様にも、感謝しています。こんな私を助けてくれて、友人だと言ってくれたことも」
「ソウカはソウカだ。私はソウカを、志が同じ、薬師の友人だと思っている」
「……ありがとうございます、フォルク様」
足元が覚束なくて、幸せがガタガタと崩れ落ちる音がしたけど、寸前で耐え忍んだような、そんな感覚。耐え忍べたのは、私を助けてくれたフォルク様や、私を信じてくれたヒナギクさんのおかげだと、そう思った。
必要最低限の荷物には、勿論、お義母様の写真もあって、荷物の隙間から見えたお義母様は、写真の中で変わらない表情をされていたけど、どこか、『大丈夫よ』と言ってくれている気がした。
***
田舎町コルンから馬車で一時間。
コルンよりも遥かに大きな街は、セントラル領の主都であり、フォルク様が住まうセントラル侯爵邸がある場所。
「ガランカサランへようこそ、ソウカ」
「ガランカサラン……ここが」
薬学に精通しているセントラル領の主都であり、皇帝陛下より薬学の研究をも任されている、重要な場所。
「ここには世界中の薬草が届くようになっているから、ソウカも退屈しないと思うよ」
「世界中の薬草!」
それって、私が図鑑とかでしか見たこと無いような珍しい薬草が、直接この目で見れるということ!? 嬉しい!
「やっと笑ったな」
「え……あ」
「辛いことも多いと思うけど、出来るだけソウカには笑顔で過ごしていて欲しいと思ってるよ」
「……ありがとうございます、フォルク様」
セントラル侯爵邸は、私が想像していたよりもずっとずっと、クレオパス子爵邸なんか比べ物にならないくらいの大きなお屋敷で、着いた途端、思わず息を飲んだ。
私……こんな立派なお屋敷で、お世話になるの?
「ソウカ、こっちだ」
案内されるがまま玄関の扉を開けると、主人であるフォルク様を出迎える使用人達が、ズラリと列をなした。
「お帰りなさいませセントラル侯爵様」
「ああ、ただいま」
――――帰りたい。
完全に場違い感が凄い! 私の生家であるグローリア男爵家は勿論、クレオパス子爵家とは規模が違う! ただの平民、駆け出しの薬師がいていい場所じゃない!
「どうしたソウカ」
「いえ、動揺から、心拍の回数が増え、目眩と動悸、少しの耳鳴りがしているだけです」
「だ、大丈夫か?」
「兄さん!」
「!」
階段の上から、フォルク様に向かい、兄と呼び掛ける人物。
フォルク様には、妹の他に、もう一人兄弟がいる。自身も単独で子爵の爵位を持つ、弟のコリー様。
「ただいまコリー。留守を預かってくれてありがとう」
「別にいつものことなので構いませんけど……」
どことなくフォルク様に似ているコリー様は、横目でチラリと私に視線を送った。
「こちらの女性は? 流石に、女の人を連れて帰ってくるとは思っても見なかったんですけど」
そうですよね、いきなり兄が家に女性を連れて帰ってきたらそりゃあ驚きますよね!
「諸々の事情からうちで預かることにしたんだ。彼女は私の友人で、ソウカと言う。優秀な薬師だ」
「薬師? 聞いたことが無い名前ですね」
無名の、ただの駆け出しの薬師ですから、コリー様が知らなくて当然です。
「初めましてコリー様、薬師のソウカと申します。突然お邪魔してしまい、申し訳ございません。フォルク様は、私を助けて下さり、ここまで連れて来て下さったんです。私を不審に思う気持ちは重々理解しておりますが、ほんの少しだけ、こちらでお世話になれればと――」
「兄さんが突然薬師を連れて来ることはたまにあるので、気になさらなくて結構ですよ。最も、家にまで連れて来たのは、ソウカさんが初めてですが」
コリー様の話によると、フォルク様は優秀な薬師を見つけると声をかけ、セントラル侯爵家にスカウトすることがあるらしい。
「勿論、その土地の薬師がいなくなって困ることがないよう、配慮はしてるよ」
「兄さんが連れて帰ってくるのは、不当な扱いをされていたり、向こうが望んでこちらに来たいと言った人達だけです。兄さんが人様に迷惑をかけることをするはずがありません」
ハッキリとそう断言されるコリー様は、兄であるフォルク様を、心から信頼しているように見えた。
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