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15話 さようならコルン
しおりを挟む「ソウカ、暫く、私の家に来ないか?」
「え?」
フォルク様の家ってことは――セントラル侯爵邸!?
「あの様子だと、クレオパス子爵がいつまた、ここに来るとも限らないしな」
「お、お気持ちはありがたいのですが、ご迷惑ではありませんか? 私、このまま、セントラル領を出ようかと思っていて……」
フォルク様の言う通り、ジェイド様はきっと、また私を連れ戻そうとするでしょう。
恥を欠かされた私を、ジェイド様がこのまま見過ごすわけがない。きっと、連れ戻して、もっと滅茶苦茶に扱われるのは目に見えている。
私一人の力でどこまで逃げ切れるか分からないけど……私はここから去って、ジェイド様から逃げるつもりでいいた。
「平民落ちの私を、町の皆様も良い気はしないでしょうし……」
出て行けと言われる前に、傷付く前に、自分から出て行きたい。
「平民落ちの貴族は確かに敬遠されるが、それは、その本人が無礼な態度を取ることが原因だ。ソウカは何も悪くない」
「……だと良いのですが」
自信が無い。
幸せになったと思っていたのに、急に足元がぐらついて、不安定な場所に立っているみたい。いつ地獄に落ちるか分からない、とても怖い場所。
「不安に思う気持ちは分かる。だがそれなら尚更、私の家に身を寄せればいい。セントラル侯爵家なら、クレオパス子爵も簡単に手は出せない、安全な場所だ。それに、コルンからも一時的に離れられるだろう? うん、いい考えだ。決まりだな」
「え? え?」
「荷物をまとめてくれ。ああ、ゆっくりで構わないぞ」
「フォルク様にそこまでお世話になるわけにはいきません! 私、そんなことをされても、フォルク様に何もお返し出来るものがなくて……」
「お返しなんていらないよ。っと言いたいところだが、実は私からもソウカにお願いがあるんだ」
「私に……お願いですか?」
フォルク様ほどのお方が、私にお願い?
「ああ。私には歳の離れた妹がいるんだが、その妹を、ソウカに診て欲しいんだ」
「妹を診る? どうして私が……? 私は、フォルク様に比べれば、まだまだ駆け出しの薬師で、私が診るよりも、フォルク様が診た方が良いと思いますが……」
現に、私は一緒に冒険していた仲間の体調不調すら気付かなかったような、未熟な薬師だ。絶対に、私よりもフォルク様の方が薬師に相応しい。
「色々と理由はあるが、一番の理由は、ソウカの魔力病に対する、熱意だ」
魔力病を治す薬を作りたい。
壮大な夢を語る姿に、嘘偽りはない。ソウカは本気で、そう思っている。その姿に、フォルクもまた共感した。
「私も、いつか必ず、魔力病を治す薬を作りたいと思っている」
「フォルク様……も……」
「このお願いをするために、今日、ここに来たんだ。来て良かったよ、ソウカを助けられた」
「……フォルク様の妹は……どういったご病気なんですか?」
聞く前に、予想はついた。でも、きちんと確認しておきたかった。
「私の妹は――魔力病患者だ」
ああ、フォルク様もまた、私と同じように、大切な人を、病気で失おうとされている。助けようと、もがいている。苦しんでいる。
「……分かりました。私がどこまでお力になれるかは知りませんが、一度、私にも診せて下さい」
私はフォルク様に救われた。私なんかの力で、どこまでお役に立てるか分からないけど、少しでも、フォルク様の力になりたい。
それに――――私は、魔力病を治したい。
両親やお義母様達のように、魔力病に苦しむ人達を、救いたい。
(私もいつか、魔力病を発症してしまうかもしれない)
『お前の両親も、僕の義母も、お前の近くにいる人間は皆死んだ! ならお前も、惨めに死ぬべきだろう!』
まるで私が病気を引き起こした原因のように言い捨てたジェイド様の言葉は、いつものように、私の心を深く傷付けた。
魔力病患者は珍しい。
魔力を持っていて魔法が使えなかったとしても、最後まで魔力病を発症しない人間の方が多いのに、私の周りでは、大切な人が次々と魔力病を発症した。だから、ジェイド様は私が傷付くのを分かった上で、嫌味を込めて、ああいった言い方をしたのしょう。
魔力病は伝染したりするものじゃない。
分かってはいるけど、ああやって言われるのは……私の心を傷付けるのには十分。
簡単に身支度を整え、家の外に出ると、騒ぎを聞きつけた町の人達が、家の周りを囲んでいた。
「あ……」
町の人達は、私が視線を合わせようとすると、それを避けるように、視線を逸らした。
そうだよね……私は、皆を騙してたんだもん。もう、以前のように、私に話しかけてくれないよね。
コルンの人達は、よそ者の私にも皆優しかった。
余った野菜をお裾分けしてくれて、多く採れた薬草を持ってきてくれて、私の薬に、笑顔で感謝を伝えてくれた。
この町が……大好きだったんだけどな。
ずっと、この町で暮らしていきたいと思うくらい、温かな自然溢れる町だった。
あ、駄目だ。また泣きそう。我慢しなきゃ。こんなことでいちいち泣いてたら駄目。また、新しい住処を見付ければいいだけだもの。幸せになるの。皆と、家族と約束したんだから――
「ソウカちゃん!」
「! ヒナギクさん……」
御年九十歳とは思えないほど俊敏な動きで駆け寄るヒナギクさん。
「大丈夫かい? 変な貴族様が、ソウカちゃんを連れ戻しに来たって聞いたよ」
「……あ……ごめんなさい、ヒナギクさん! 私、自分が平民落ちの貴族であることを黙っていました。私……皆さんに、嫌われたくなくて……!」
優しくしてくれたことが嬉しかった、自分の居場所を見つけたようで、嬉しかった。失いたくなかった。
自分勝手な思いから、内緒にしていた。責められても仕方ない。
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