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14話 お義母様しかない写真
しおりを挟むフォルク様の顔を思い出されたのか、セントラル侯爵様だと信じることにしたジェイド様は、慌てたように、さっきまでと百八十度変わったへりくだった態度を見せ始めた。
「セ、セントラル様! 恐れながら申し上げますが、ソウカは、酷く嘘吐きで野蛮で、性根の醜い女です!」
私の表し方がもっと酷くなった!
「セントラル様はこの女に騙されているのです! 僕は、こんな酷い女を野放しにすれば大変なことになると思い、こうして、元嫁を迎えに来たんです!」
「……ソウカが元妻、ね」
「ご存知ありませんでしたか!? そうです! 不本意ながら、ソウカは僕の元嫁なのです! 僕と離婚し、実家も爵位を剥奪されていて、戻る場所もなく平民落ちした底辺の人間なんです! こんな女、フォルク様のご友人に相応しくありません!」
これで私が、元貴族だってフォルク様にバレた……平民落ちのことは、誰にもバレたくなかったのに。
私の家は、コルンの外れにあるから、今はまだ騒動に気付かれていないかもしれないけど、もう少ししたら、私の薬を求めて、患者さんが来るから、バレるのは時間の問題。そうしたら、もう、町の皆に、私が平民落ちの元貴族であることがバレる。
早くコルンを出て行け。なんて言われるのかな。折角、町の皆と仲良く出来たのに……そうやって言われるのは、悲しいな。フォルク様も、私が平民落ちなのを、どう思われただろう。もし、冷たく突き放されでもしたら――
「それがどうしたんですか? ソウカが元貴族であることと、私の友人であることに、何か問題でもありますか?」
「へ?」
だが、フォルク様の口から出て来た言葉は、私が平民落ちだろうが、何も気にしていないような発言で、ジェイド様はあっけにとられたように、ぽかんと口を開けた。
「私が誰と友人になろうと、クレオパス子爵には関係の無いことです。それで? まだソウカに用が?」
「え、いや、あの! フォルク様には、そんな女よりも、僕の方が友人として相応しいと思います!」
「私の友人は私が決めます。少なくとも、軽々しく女性に手を上げるような人と友人になりたいとは思いませんので」
「なっ!」
「お引き取りをクレオパス子爵。これ以上、問題を大きくしたくないでしょう?」
フォルク様はそう言うと、光の魔法を解き、ジェイド様含む侍従達の体を解放した。
「……くっ! ソウカの分際で……!」
ジェイド様にとって私は、そこら辺にある石ころのように軽い存在。自分が好きに扱える、いつ壊れてもかまわない道具。そんな私が、雲の上の存在であるフォルク様の友人で、こうやって守られるだなんて、ジェイド様には屈辱的でしょうね。
悔しそうに私を睨み付けて去っていくジェイド様の表情が印象的だった。
絶対に許さない、ただじゃすまさない、覚えていろよ。と、言われているようだった。
「ソウカ、怪我はないか?」
「大丈夫です、助けて頂いてありがとうございました、フォルク様」
深く深く頭を下げて、お礼を告げる。
本当に感謝してる。あのままフォルク様が来なければ、私は無理矢理、あの地獄に連れ戻されていたに違いない。
「……元の身分を隠していたこと、心より謝罪します。申し訳ありませんでした」
バレたくないと、自分の都合で黙っていたのは事実。
「いいよ。でもこれで、ソウカが貴族みたいだって思った理由が分かったよ」
何も気に留めていないような笑顔で、変わらず声をかけてくれる。それだけで、私がどれ程救われているか……
「クレオパス子爵とどんな関係なのか、聞いてもいいか?」
「……はい、お話します」
ここまで巻き込んでおいで、何も話さないなんて出来ない。全てをありのままにお話ししよう。
踏み荒らされた薬草畑で塵尻になったタポンの花の欠片を一枚だけ拾い、私はフォルク様を家の中に案内した。
「――――離婚された後、私が住む場所に選んだのが、ここ、コルンでした」
得意の香草茶を淹れ、小さなリビングで、古い木のテーブルと椅子に座って、私は過去の話をフォルク様に淡々と語った。
気持ちを入れれば、泣いてしまうのは分かっているので、出来るだけ平常心を保つ。
全ての話を聞き終えたフォルク様は、部屋に飾ってあるお義母様の写真に視線を向けた。
「先代クレオパス子爵夫人の写真か」
「お義母様を知っているんですか?」
「ああ、過去、一度だけお会いしたことがある。まだお元気でおられた時だが……そうか、先代クレオパス子爵夫人は、魔力病にかかっていたんだな。とても優しく、穏やかな雰囲気をまとったご婦人だったと覚えているよ」
「……そうですか」
お義母様のことをこうして話すのは、モーリスさん以外いなかったから、新鮮で、お義母様の人柄を褒められたことが、嬉しい。
「ご両親の写真は無いのか?」
「嫁いだ時に全て捨てられました」
こんな物は必要無いと、お母様から譲り受けた櫛も、お父様から頂いた万年筆も、家族三人で並んで撮った写真も、全て捨てられた。
唯一、あの家を出る時に取り上げられなかったお義母様の写真だけが、今の私にある唯一の思い出の品。
「……」
「そんな顔をしないで下さい。私は大丈夫です。もう、心の整理はついていますから」
結婚当初、泣いていた私を慰めてくれたのが、お義母様だった。
「薄情なもので、時が経つにつれ、お母様やお父様の顔を鮮明に思い出せなくなるんです。でも、私を愛してくれていたことだけは、ハッキリと覚えています」
思い出の品は全て捨てられてしまったけど、両親が私に愛情を持って接してくれていたことは、覚えている。だから、私は大丈夫。
「お義母様の写真は手元に残っているので、お義母様の顔だけは、ずっと覚えていられると思います。それだけで、私は満足です」
最後、家を出て行く時、お義母様の写真だけは、取り上げられなかった。だから、この写真は、私の唯一の思い出の品。大切な大切な、お義母様の形見。
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